この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Fifth Chapter...7/23

否応なしの日常

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 目が覚めると、俺は自分が拳を強く握りしめていることに気付いた。
 ……昔の記憶だ。もうあまり思い出すこともあるまいと考えていたが、夢はどこまでも無遠慮なようだった。
 外鯨美波。中学時代の数少ない友人だった少年。
 ある意味では彼が、俺の中学時代の全てを象徴していた。

「何でかねえ」

 昨日までの体験が、嫌な記憶の呼び水になったのかもしれない。ここ数日の出来事は、驚きの連続だったが決して良いサプライズではなかった。
 満生台の謎めいた構造と計画、そして三鬼村時代まで遡るだろう負の遺産……本当に、平和な街だと思っていたのが嘘のようだ。俺はまだマシな方で、玄人や龍美のショックはとてつもなく大きかっただろう。
 あいつらも、嫌な過去が夢に出たりしているかもしれないな。
 ……まあ、いつまでも沈んだ気分でいたって、学校に行くのが遅れるだけだ。俺は布団から身を起こし、さっさと朝の身支度を済ませた。
 朝食はオヤジの当番だったので、ありがたくいただく。寝付きが悪かったのが一目瞭然なのか、オヤジは眠れなかったかと訊ねてきたが、俺は答えを濁した。
 昔のことなんて、オヤジも忘れてほしいに違いないのだし。

「考え込まないようにな」
「解ってるさ」

 心配されることもすることも、そりゃ無い方がいいに決まっている。
 普段通りの時間に家を出て、学校へ向かう。空は曇天だが、雨は止んでいた。季節はすっかり夏だが、長雨になることだってあり得たのでそこは良かった。ぬかるんだ道は大敵だ。
 教室に着くなり龍美は俺たちを呼び、昨日の探検については他言無用だと念を押してくる。彼女自身も深入りするつもりはなさそうだ。それならそれでいいと、俺は欠伸を噛み殺しながら適当に相槌を打っていた。
 玄人にも龍美にも、背負う必要性の感じられない問題だ。それはもちろん俺にとってもそうなのだが、まあ俺は意地が悪いからな。
 とりあえず、表面上だけでも平和が戻るならそれで構わないだろう。
 ……とは思ったのだが。

「やっぱ、いないか」

 話題は変わったのだが、相変わらず憂鬱そうな表情の玄人に龍美が反応して、

「理魚ちゃんのこと?」

 玄人はこくりと頷く。
 河野理魚、か。精神疾患のある彼女のことを、玄人は殊更に気にかけているように見える。決して仲がいいわけではないはずなのだが、どんな事情があるんだろうな。
 深入りはしないが、いつか聞かせてもらってモヤモヤを解消したい気持ちはある。
 ……精神疾患か。彼女もまた、満生総合医療センターの世話になっているわけだ。身体的な問題だけでなく、精神的なものも含めて幅広い対応が出来ねば、満生台のスローガンは果たせないだろうしな。
 ただ、あの子は治る気配もないし、対処療法くらいしか手立てが打つ手がないのかと気にはなるが。

「双太さんも理魚ちゃんのことくらい理解してるし、自宅で試験を受けるとか、そういう措置はとってるわよ」
「うん。そうだね」

 ……そうだな、試験だった。
 綺麗さっぱり忘れていたわけではないものの、GHOSTやら日本軍やらに意識が割かれていたせいで何もしていない。まあ、どうせいつも捨て鉢で臨むのだし、今回もその姿勢に変わりはなかった。
 とびきり面倒で、達成感もなく、ただ淡々と時間が過ぎゆくのを待つ試験。でもそれが、一番荒んだ心を落ち着けてくれるのかもしれない。
 変な論理を組み立てながら、俺は試験問題がやってくるまでの猶予期間を、欠伸をしながらのんびり待つのだった。
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