この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Fifth Chapter...7/23

鈍色の記憶

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「ねえ、またサボりなの?」

 声が天から降ってくる。重たいまぶたを何とか開くと、そこには童顔の少年の顔があった。相も変わらず、この世の悪などまるで知らないような純朴な目でこちらを覗き込んでいる。
 だが、その覗き込む対象は悪そのものだし、彼が陥っている状況もまた悪でしかないのだが。

「……外鯨(とくじら)」

 名前を呼ぶと、彼はニッコリと笑う。その頬には輝かしい笑みとは対照的に、痛々しい痣が僅かに浮かんでいて。

「お前だってこんなところにいたらまずいだろうが」
「僕は保健室に行くって申告してきたので」

 それは結局サボりだろ、と思ったが、口には出さなかった。始めから教室に行っていない俺よりは幾分かマシだろうし。

「あんまり目立つなよ」
「義本くんには言われたくないなあ」

 ほら、やっぱり言い返される。
 ……この、なよなよした少年の名は外鯨美波(とくじらみなみ)。同じクラスの男子生徒であり、特にこちらが仲良くしているわけでもないのだが、勝手に俺を慕ってくるのだ。
 理由はないでもないが、そんなことでかと首を傾げたくなるものだった。
 自衛のために始めた不良の真似事。余計な人間を巻き込まないようにと考えてはいたが、決して上手くやれていたわけではない。間接的にではあれ、害のない人間を傷つけたこともあるし、そんなときは自分の気が晴れないからと、お節介をかけたりもした。
 外鯨もその中の一人だ。
 いわゆるスクールカーストの下位。誰からも相手にされず、いじめの標的にされやすい生徒。
 俺がその存在を知ったときから既に、彼は不良グループに絡まれる日々を送っていた。
 関わりを持ったきっかけは、本当にくだらない。彼をいじめていたグループが、いけすかないという理由で今度は俺をターゲットにしたのだ。当然ながら降りかかる火の粉は払わなければと、襲ってきた二人を返り討ちにしたわけだが、グループの総数はまだそれなりにいたようで、報復とばかりに以降何度も襲撃されるようになってしまったのである。
 こうして不良ども全員の注意が俺に向いたことで、結果的に外鯨は見向きもされなくなっていた。最初のうちはどうしてだろうと首を傾げていたらしいが、噂というのは広がりやすいもので、程なくして彼は俺が狙われているのを知ったそうだ。そのまま大人しくしていればいいものを、何故か彼は俺が身代わりになってくれているという思考になったらしく、わざわざお礼を言いにきたのだった。
 初対面で、全く身に覚えのない感謝をされたのだから、流石の俺も混乱してしまった。つっけんどんな態度で何がだ、と訊ねてようやく事の経緯を理解したのだ。……だからと言って感謝しにきたことは未だに納得していないが。

「……ごめんね」
「謝るなって言ってるだろ。昔っからこういう生き方してんだよ」
「はは……過酷だね」

 そう、過酷な生き方だ。でも、まだマシだと思っている。
 蔑まれ、憐れまれて生き続けるよりも。
 盈虧院での日々が俺に見せた絶望。あの灰色がまた戻ってくるよりかは、多少は満たされているはずだ。

「お前の方はどうなんだ」
「僕は、ぼちぼち。腹いせに絡まれることはたまーにあるけどね」

 言いながら、外鯨は頬を押さえる。痣の出来ている場所だ。
 腹いせとはつまり、俺が反抗してやり辛いから、外鯨の方に苛立ちがぶつけられることがある、ということだろうか。

「……馬鹿野郎だな」
「ご、ごめん?」
「お前のことじゃねえよ」

 まあ、俺と普通に話しているだけでも大馬鹿者なのだが。
 それでも、話せることは決して悪い気分ではない。

「勉強はいいのかよ。一応優等生なのに」
「塾でやったところだから。……無断で抜けちゃったら流石にまずいだろうけどね」

 心配してくれているようだが、俺は成績なんざ気にしちゃいないので問題はない。
 俺と関わって、こいつの人生に多少なりとも悪影響があっては胸糞悪いだけだ。

「医者になるんだったか。ま、叶えばいいけどな」
「親の願いではあるんだけどね。僕なりに頑張ってますよ」

 そう言って笑う外鯨は、その表情とは裏腹にやはり痛ましく思えた。

 ……これが、少しだけ色付いて見えていた中学の記憶。
 最後には灰色どころか真っ暗闇に沈んでしまう、愚かな離別の記憶だった。
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