この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Fourth Chapter...7/22

過去の輪郭

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 廃屋から逃げ出してきた龍美は、しきりに探検を提案したことに対する後悔と謝罪を口にしていた。今更な話だとなだめたりもしたが、あの白骨死体が今も目に焼き付いていて、自分自身が受け入れられないのだろう。
 こればかりは、時間が傷を癒してくれると信じるしかない。俺は目のこともあるし、比較的ショックは軽かったが、二人はまじまじと死体を見たことだろうから、さぞ恐ろしかったはずだ。
 しかし……恐怖よりも疑問の方が沢山湧き出てくる。ミステリ好きな二人も同じような気持ちなら、色々と議論できたのだろうが。今は自分一人で整理するほかないのがもどかしいな。

「……ん……?」

 振り返って眺めていた廃屋の壁面。その一部の光の当たり方がおかしく見えた気がした。その正体が何か確かめようと食い入るように見つめてしまったので、玄人も気にして声をかけてくる。
 俺には判別出来そうもなかったので、せっかくだからと玄人に見てもらうと、どうやら漢数字が書かれているらしいことが分かった。
 八百二という謎の漢数字が。

「……結局、鬼封じの意味は分からなかったけれど。仕方ないよね。これ以上は、どうにも」
「……そうね」

 ようやく涙が止まったらしい龍美は、掠れ声ながら答える。

「鬼のことが知りたかった、だけなのに。……あんなものを見つけちゃうなんて、夢にも思わなかったわ」

 むしろ夢かと疑うほどに、非現実的な場所がここにはあった。……明日になろうが来年になろうが、この廃屋が綺麗さっぱり無くなっているなんてことはないだろう。歴史の流れとして、確かにこの場所は残っているのだ。
 しかし、八百二とは……。
 とにかく今日の探索では、目的である鬼封じという名称の意味は分からずじまいだった。こんなに苦しんで何も掴めなかったことに、龍美は悔しさも感じている様子だったが、あの怖がり方では再探索などしない方がいい。だから俺はあえて、

「ひょっとしたら……あれが鬼だったのかも、しれないけどな」

 などと言ってみせたが、我ながら馬鹿馬鹿しいと思いながらのことだった。
 ……あれは間違いなく人骨で。かつてあの廃屋では、何かが行われていた。
 鬼の唸り声なんてものはなく、ただ機械のノイズのようなものが今も遺り続け。
 それが俺たちの一部に不調をもたらした……そんなところだろうが。

「……何で、こんなところに」

 浮かびかけた輪郭を、それこそ俺は信じられないと拒絶したくなるのだった。





 いつまでも立ち直れない龍美が流石に心配になったので、俺は彼女に付き添って帰ることにした。まあ、俺自身も誰かと道を歩く方が安全だ。
 森を出たところでポツポツと雨が降り始める。臭いで何となく察してはいたので、俺はすぐに折り畳み傘を取り出して、龍美も入れるような位置に広げた。
 龍美は、自分たちが暮らすこの町にあんなものがあるのは何故だろう、と零す。あんなものが近くにあり、それを知らずに生きてきたことが怖いと。
 ただ、それはほとんどの住民が当てはまる。むしろ知っている人間などいるのだろうか。かつて池に近づいてはならないと語った地元住民は認識していたことかもしれないが、今やその生き残りは少ないし、ひょっとすればいない可能性もある。瓶井の婆さんあたりがギリギリどうかというところか。

「あんたも、それで調べたくなったんじゃないの?」

 廃屋の中で、龍美を置いてでも探索を続けようとしたことに、少しだけ怒っているのかもしれない。言い訳のようだが、ちゃんと自分の思いは伝えておく。

「俺は昔っから融通が利かない人間だしな。自分が納得いくまで調べたくなるんだよ」
「流石ね」
「人に迷惑かけてりゃ世話ないけどな」

 俺がそう言うと、龍美はゆっくりと首を振って黙り込んだ。
 しばらくは、雨の音が、ぬかるんだ土を踏む足音が、ずっと繰り返していた。それに耐えかねたように、龍美は沈黙を破る。

「……ねえ、虎牙」
「ん?」
「私たちはあれを……知らないふりして、いいのかな?」
「……それは、お前がどうしたいかだろ」

 怖がりな龍美。
 それは彼女の性格でもあるし、きっと過去の鏡でもある。
 だから俺には何も強制できないし、できて気にかけることくらいだ。さっきのだって。
 畢竟、自分のことは自分で決めるしかない。
 ただ……指針を与えるとすれば。

「俺は、一つ気になってることがある」
「それは?」
「地下室に倒れていた、あの死体のことなんだが」

 光の中にあった死体の詳細を思い返しながら、俺は話す。やはり不安げな表情のまま、龍美はこくりと頷いた。

「龍美。お前には、あれが何を着ているように見えた?」
「え……?」
「何となくでいい」

 予想外の質問だっただろうし、あの光景を想起するのも嫌に違いないだろうが、それでも意見だけ聞いておきたくて、俺は問う。
 龍美は眉間にしわを寄せたまましばらく考え込んだが、

「強いて言うなら……作業服、かしら」

 そう答えた。
 なるほど、動きやすい服装という意味では俺の考えに似たところはあった。ただ、彼女の思考は常識の範疇に留まっているものだ。
 少し枠を広げてみると……俺には別のものに見えた。
 何に見えたのかと訊ねる龍美に、俺はあえて簡潔に、深刻にならないように答える。

「……軍服だよ」

 けれど、それを聞いた龍美は目を丸くしたまま、絶句してしまった。
 そして、全てが塗り潰されるように、強まっていく雨が景色も音も満たしていくのだった。
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