22 / 88
Fourth Chapter...7/22
ノイズと光
しおりを挟む
「ね、ねえ……もう帰りましょっか? ここが何だったのか、大体見当はついたし」
只ならぬ状況に、龍美は恐怖が増してきたようで、引き返そうと促してくる。
しかし、その時俺は追い討ちをかけるような更なる異常に襲われていた。
何か……光のようなものとしか形容し難い何かが、周囲を漂い始めたのだ。
廃墟内の暗さゆえか、ほとんど錯覚としか思えないほどの違いではあるが、確かに光の輪郭は見える。ちょうど時々現れるエクトプラズムと同じような光だ。
脳を蝕むノイズ。それに呼応するかのように現れたエクトプラズム。
もしかすれば、視覚機能のバグ――不調を起こすような何かがあるのだろうか?
ここ最近俺を悩ませているこの光の原因が分かるかもしれない。或いは手掛かりだけでも。
そう考えると、ここで引き返すのが勿体ないという気になってしまう。
ノイズは、光は、奥にある扉の方からとりわけ強く感じられる。微かな痛みに顔をしかめながら、そちらを見つめていると、玄人が俺の様子に気が付き、
「気になる?」
と、声を掛けてきた。
「まあな。……悪いけど俺は現実主義者でよ。得体の知れないまま、終わらせたくないんだ」
「あはは、その気持ちも分かるよ」
玄人は同調してくれ、龍美には待っているよう提案する。しかし怖がっている人間が一人で待つのはそれこそ恐怖に違いなく、彼女はイライラしながらも俺たちについてくることを宣言した。
扉の先は今で言うロッカールームになっていたらしく、錆び切った鉄製の箱が幾つか並んでいた。中にはほとんど何も入っておらず、誤って怪我でもしたら破傷風にでもなりそうだったので触る気にもなれなかった。
その部屋に、更に奥へ続く鉄扉があり、力を込めて開くとその向こうには階段が続いていた。ただでさえ地下施設のような土砂に沈んだ廃墟に、地下が存在するとは。流石の俺も気温とは別の寒気を感じる。
及び腰になっている玄人から懐中電灯を取り上げると、俺が先頭に立って階段を下りていく。二人が怖がっているからというのもあるが、俺が光源を持っている方が歩きやすいという実益的なところもある。とりわけこんなに暗くて足元の危なっかしい場所だ、進む先を見るのはかなり大変だった。
長い階段を下りきり、そこから直線の道をしばらく進むと、苔むした扉が待ち構えていた。雰囲気で、ここからはまるで別の空間だというのが分かる。
まだ引き返せる。そんな心の中で訴えかける声を無視して、俺は扉に手をかけ……開いた。
――何だ、これは?
扉の向こうには、想像もしていなかった光景があった。縦横に伸びる線、それらが部屋の右半分を占めるハコに繋がっており、途中で切断されぶらんと垂れ下がっているものはまるで植物の蔦のようにも見えた。
ほとんど明暗でしか判別できない世界でも、これが機械装置であることは理解できる。ただ、これほど古い、土砂に埋もれた廃墟の中に、機械装置があるという現実は理解できなかった。
まるで別世界に来たみたい、と龍美は呟く。まさに、SFなどに出てくる人類が滅びた後の都市といった感じだ。実のところこの廃墟はそこまで古いものではなく、地震の影響で一気に埋もれてこのような状態になったのだろうか? ……いや、だとしたらここに通っていた人間も同時期までいるはずだし、情報が残っていないのは疑問だ。
かさり、と音がする。誰の足音でもなく、ここに入り込んだネズミか何かの動く音のようだった。噛まれると危ないかもしれないと、俺は懐中電灯を音のした方へ向ける。すると、そこに白い光が留まっているのを感じた。
――これは……。
「――きゃあああああッ!!」
耳をつんざくような、龍美の悲鳴がこだました。彼女も玄人も、光の留まる一点に目を向けたまま恐怖に後ずさり、冷たい壁に背がぶつかると、力無くへたり込んだ。
光……違う、二人を恐慌状態にしたこの物体は、多分……。
「……マジかよ……!」
それは、最早身元などまるで分からないほどに風化してしまった、白骨死体だった。
光の中に、白骨の装いが垣間見える。帽子らしきものを被っていたようで、それはすっかりずり落ちてしまい、やたらとポケットや装飾の多い服は泥だらけで変色、腐蝕し骨が覗いている。あまりにも時代錯誤な死体だ。
あり得ない、何だこれは?
そんな言葉だけが脳内をループする。
しかし、俺が混乱している間にも、龍美と玄人は白骨死体を目にした恐ろしさで吐き気を催し始めたようで、口元を抑えながら必死に顔を背けていた。
……いつのまにか、頭痛が酷くなっている。侵食するようなノイズも音量が増したようだ。
ノイズはエクトプラズムを、エクトプラズムは白骨死体を……。
――なら、俺が見ている世界は。
掴みかけた何かは、すぐに思考から零れ落ちていくようだった。蜃気楼のように、まるで辿り着くことを許されていないかのように。
後は龍美の悲鳴だけが、頭の中を満たす。
そして弾かれるように逃げていく彼女を、俺たちは追いかけるしかなかった……。
只ならぬ状況に、龍美は恐怖が増してきたようで、引き返そうと促してくる。
しかし、その時俺は追い討ちをかけるような更なる異常に襲われていた。
何か……光のようなものとしか形容し難い何かが、周囲を漂い始めたのだ。
廃墟内の暗さゆえか、ほとんど錯覚としか思えないほどの違いではあるが、確かに光の輪郭は見える。ちょうど時々現れるエクトプラズムと同じような光だ。
脳を蝕むノイズ。それに呼応するかのように現れたエクトプラズム。
もしかすれば、視覚機能のバグ――不調を起こすような何かがあるのだろうか?
ここ最近俺を悩ませているこの光の原因が分かるかもしれない。或いは手掛かりだけでも。
そう考えると、ここで引き返すのが勿体ないという気になってしまう。
ノイズは、光は、奥にある扉の方からとりわけ強く感じられる。微かな痛みに顔をしかめながら、そちらを見つめていると、玄人が俺の様子に気が付き、
「気になる?」
と、声を掛けてきた。
「まあな。……悪いけど俺は現実主義者でよ。得体の知れないまま、終わらせたくないんだ」
「あはは、その気持ちも分かるよ」
玄人は同調してくれ、龍美には待っているよう提案する。しかし怖がっている人間が一人で待つのはそれこそ恐怖に違いなく、彼女はイライラしながらも俺たちについてくることを宣言した。
扉の先は今で言うロッカールームになっていたらしく、錆び切った鉄製の箱が幾つか並んでいた。中にはほとんど何も入っておらず、誤って怪我でもしたら破傷風にでもなりそうだったので触る気にもなれなかった。
その部屋に、更に奥へ続く鉄扉があり、力を込めて開くとその向こうには階段が続いていた。ただでさえ地下施設のような土砂に沈んだ廃墟に、地下が存在するとは。流石の俺も気温とは別の寒気を感じる。
及び腰になっている玄人から懐中電灯を取り上げると、俺が先頭に立って階段を下りていく。二人が怖がっているからというのもあるが、俺が光源を持っている方が歩きやすいという実益的なところもある。とりわけこんなに暗くて足元の危なっかしい場所だ、進む先を見るのはかなり大変だった。
長い階段を下りきり、そこから直線の道をしばらく進むと、苔むした扉が待ち構えていた。雰囲気で、ここからはまるで別の空間だというのが分かる。
まだ引き返せる。そんな心の中で訴えかける声を無視して、俺は扉に手をかけ……開いた。
――何だ、これは?
扉の向こうには、想像もしていなかった光景があった。縦横に伸びる線、それらが部屋の右半分を占めるハコに繋がっており、途中で切断されぶらんと垂れ下がっているものはまるで植物の蔦のようにも見えた。
ほとんど明暗でしか判別できない世界でも、これが機械装置であることは理解できる。ただ、これほど古い、土砂に埋もれた廃墟の中に、機械装置があるという現実は理解できなかった。
まるで別世界に来たみたい、と龍美は呟く。まさに、SFなどに出てくる人類が滅びた後の都市といった感じだ。実のところこの廃墟はそこまで古いものではなく、地震の影響で一気に埋もれてこのような状態になったのだろうか? ……いや、だとしたらここに通っていた人間も同時期までいるはずだし、情報が残っていないのは疑問だ。
かさり、と音がする。誰の足音でもなく、ここに入り込んだネズミか何かの動く音のようだった。噛まれると危ないかもしれないと、俺は懐中電灯を音のした方へ向ける。すると、そこに白い光が留まっているのを感じた。
――これは……。
「――きゃあああああッ!!」
耳をつんざくような、龍美の悲鳴がこだました。彼女も玄人も、光の留まる一点に目を向けたまま恐怖に後ずさり、冷たい壁に背がぶつかると、力無くへたり込んだ。
光……違う、二人を恐慌状態にしたこの物体は、多分……。
「……マジかよ……!」
それは、最早身元などまるで分からないほどに風化してしまった、白骨死体だった。
光の中に、白骨の装いが垣間見える。帽子らしきものを被っていたようで、それはすっかりずり落ちてしまい、やたらとポケットや装飾の多い服は泥だらけで変色、腐蝕し骨が覗いている。あまりにも時代錯誤な死体だ。
あり得ない、何だこれは?
そんな言葉だけが脳内をループする。
しかし、俺が混乱している間にも、龍美と玄人は白骨死体を目にした恐ろしさで吐き気を催し始めたようで、口元を抑えながら必死に顔を背けていた。
……いつのまにか、頭痛が酷くなっている。侵食するようなノイズも音量が増したようだ。
ノイズはエクトプラズムを、エクトプラズムは白骨死体を……。
――なら、俺が見ている世界は。
掴みかけた何かは、すぐに思考から零れ落ちていくようだった。蜃気楼のように、まるで辿り着くことを許されていないかのように。
後は龍美の悲鳴だけが、頭の中を満たす。
そして弾かれるように逃げていく彼女を、俺たちは追いかけるしかなかった……。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【恋愛】×【ミステリー】失恋まであと五分~駅へ走れ!~
キルト
ミステリー
「走れっ、走れっ、走れ。」俺は自分をそう鼓舞しながら駅へ急いでいた。
失恋まであと五分。
どうしても今日だけは『あの電車』に乗らなければならなかった。
電車で居眠りする度に出会う不思議な女性『夜桜 結衣』。
俺は彼女の不思議な預言に次第に魅了されていく。
今日コクらなければ、二度と会えないっ。
電車に乗り遅れた俺は、まさかの失恋決定!?
失意の中で、偶然再会した大学の後輩『玲』へ彼女との出来事を語り出す。
ただの惨めな失恋話……の筈が事態は思わぬ展開に!?
居眠りから始まるステルスラブストーリーです。
YouTubeにて紹介動画も公開中です。
https://www.youtube.com/shorts/45ExzfPtl6Q
『忌み地・元霧原村の怪』
潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。
渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。
《主人公は月森和也(語り部)となります。転校生の神代渉はバディ訳の男子です》
【投稿開始後に1話と2話を改稿し、1話にまとめています。(内容の筋は変わっていません)】
ダブルの謎
KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー
【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー
至堂文斗
ライト文芸
【完結済】
野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。
――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。
そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。
――人は、死んだら鳥になる。
そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。
六月三日から始まる、この一週間の物語は。
そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。
彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。
※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。
表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。
http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html
http://www.fontna.com/blog/1706/
この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか――
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。
鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。
古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。
オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。
ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。
ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。
ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。
逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
【朗読の部屋】from 凛音
キルト
ミステリー
凛音の部屋へようこそ♪
眠れない貴方の為に毎晩、ちょっとした話を朗読するよ。
クスッやドキッを貴方へ。
youtubeにてフルボイス版も公開中です♪
https://www.youtube.com/watch?v=mtY1fq0sPDY&list=PLcNss9P7EyCSKS4-UdS-um1mSk1IJRLQ3
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる