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Fourth Chapter...7/22
ノイズと光
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「ね、ねえ……もう帰りましょっか? ここが何だったのか、大体見当はついたし」
只ならぬ状況に、龍美は恐怖が増してきたようで、引き返そうと促してくる。
しかし、その時俺は追い討ちをかけるような更なる異常に襲われていた。
何か……光のようなものとしか形容し難い何かが、周囲を漂い始めたのだ。
廃墟内の暗さゆえか、ほとんど錯覚としか思えないほどの違いではあるが、確かに光の輪郭は見える。ちょうど時々現れるエクトプラズムと同じような光だ。
脳を蝕むノイズ。それに呼応するかのように現れたエクトプラズム。
もしかすれば、視覚機能のバグ――不調を起こすような何かがあるのだろうか?
ここ最近俺を悩ませているこの光の原因が分かるかもしれない。或いは手掛かりだけでも。
そう考えると、ここで引き返すのが勿体ないという気になってしまう。
ノイズは、光は、奥にある扉の方からとりわけ強く感じられる。微かな痛みに顔をしかめながら、そちらを見つめていると、玄人が俺の様子に気が付き、
「気になる?」
と、声を掛けてきた。
「まあな。……悪いけど俺は現実主義者でよ。得体の知れないまま、終わらせたくないんだ」
「あはは、その気持ちも分かるよ」
玄人は同調してくれ、龍美には待っているよう提案する。しかし怖がっている人間が一人で待つのはそれこそ恐怖に違いなく、彼女はイライラしながらも俺たちについてくることを宣言した。
扉の先は今で言うロッカールームになっていたらしく、錆び切った鉄製の箱が幾つか並んでいた。中にはほとんど何も入っておらず、誤って怪我でもしたら破傷風にでもなりそうだったので触る気にもなれなかった。
その部屋に、更に奥へ続く鉄扉があり、力を込めて開くとその向こうには階段が続いていた。ただでさえ地下施設のような土砂に沈んだ廃墟に、地下が存在するとは。流石の俺も気温とは別の寒気を感じる。
及び腰になっている玄人から懐中電灯を取り上げると、俺が先頭に立って階段を下りていく。二人が怖がっているからというのもあるが、俺が光源を持っている方が歩きやすいという実益的なところもある。とりわけこんなに暗くて足元の危なっかしい場所だ、進む先を見るのはかなり大変だった。
長い階段を下りきり、そこから直線の道をしばらく進むと、苔むした扉が待ち構えていた。雰囲気で、ここからはまるで別の空間だというのが分かる。
まだ引き返せる。そんな心の中で訴えかける声を無視して、俺は扉に手をかけ……開いた。
――何だ、これは?
扉の向こうには、想像もしていなかった光景があった。縦横に伸びる線、それらが部屋の右半分を占めるハコに繋がっており、途中で切断されぶらんと垂れ下がっているものはまるで植物の蔦のようにも見えた。
ほとんど明暗でしか判別できない世界でも、これが機械装置であることは理解できる。ただ、これほど古い、土砂に埋もれた廃墟の中に、機械装置があるという現実は理解できなかった。
まるで別世界に来たみたい、と龍美は呟く。まさに、SFなどに出てくる人類が滅びた後の都市といった感じだ。実のところこの廃墟はそこまで古いものではなく、地震の影響で一気に埋もれてこのような状態になったのだろうか? ……いや、だとしたらここに通っていた人間も同時期までいるはずだし、情報が残っていないのは疑問だ。
かさり、と音がする。誰の足音でもなく、ここに入り込んだネズミか何かの動く音のようだった。噛まれると危ないかもしれないと、俺は懐中電灯を音のした方へ向ける。すると、そこに白い光が留まっているのを感じた。
――これは……。
「――きゃあああああッ!!」
耳をつんざくような、龍美の悲鳴がこだました。彼女も玄人も、光の留まる一点に目を向けたまま恐怖に後ずさり、冷たい壁に背がぶつかると、力無くへたり込んだ。
光……違う、二人を恐慌状態にしたこの物体は、多分……。
「……マジかよ……!」
それは、最早身元などまるで分からないほどに風化してしまった、白骨死体だった。
光の中に、白骨の装いが垣間見える。帽子らしきものを被っていたようで、それはすっかりずり落ちてしまい、やたらとポケットや装飾の多い服は泥だらけで変色、腐蝕し骨が覗いている。あまりにも時代錯誤な死体だ。
あり得ない、何だこれは?
そんな言葉だけが脳内をループする。
しかし、俺が混乱している間にも、龍美と玄人は白骨死体を目にした恐ろしさで吐き気を催し始めたようで、口元を抑えながら必死に顔を背けていた。
……いつのまにか、頭痛が酷くなっている。侵食するようなノイズも音量が増したようだ。
ノイズはエクトプラズムを、エクトプラズムは白骨死体を……。
――なら、俺が見ている世界は。
掴みかけた何かは、すぐに思考から零れ落ちていくようだった。蜃気楼のように、まるで辿り着くことを許されていないかのように。
後は龍美の悲鳴だけが、頭の中を満たす。
そして弾かれるように逃げていく彼女を、俺たちは追いかけるしかなかった……。
只ならぬ状況に、龍美は恐怖が増してきたようで、引き返そうと促してくる。
しかし、その時俺は追い討ちをかけるような更なる異常に襲われていた。
何か……光のようなものとしか形容し難い何かが、周囲を漂い始めたのだ。
廃墟内の暗さゆえか、ほとんど錯覚としか思えないほどの違いではあるが、確かに光の輪郭は見える。ちょうど時々現れるエクトプラズムと同じような光だ。
脳を蝕むノイズ。それに呼応するかのように現れたエクトプラズム。
もしかすれば、視覚機能のバグ――不調を起こすような何かがあるのだろうか?
ここ最近俺を悩ませているこの光の原因が分かるかもしれない。或いは手掛かりだけでも。
そう考えると、ここで引き返すのが勿体ないという気になってしまう。
ノイズは、光は、奥にある扉の方からとりわけ強く感じられる。微かな痛みに顔をしかめながら、そちらを見つめていると、玄人が俺の様子に気が付き、
「気になる?」
と、声を掛けてきた。
「まあな。……悪いけど俺は現実主義者でよ。得体の知れないまま、終わらせたくないんだ」
「あはは、その気持ちも分かるよ」
玄人は同調してくれ、龍美には待っているよう提案する。しかし怖がっている人間が一人で待つのはそれこそ恐怖に違いなく、彼女はイライラしながらも俺たちについてくることを宣言した。
扉の先は今で言うロッカールームになっていたらしく、錆び切った鉄製の箱が幾つか並んでいた。中にはほとんど何も入っておらず、誤って怪我でもしたら破傷風にでもなりそうだったので触る気にもなれなかった。
その部屋に、更に奥へ続く鉄扉があり、力を込めて開くとその向こうには階段が続いていた。ただでさえ地下施設のような土砂に沈んだ廃墟に、地下が存在するとは。流石の俺も気温とは別の寒気を感じる。
及び腰になっている玄人から懐中電灯を取り上げると、俺が先頭に立って階段を下りていく。二人が怖がっているからというのもあるが、俺が光源を持っている方が歩きやすいという実益的なところもある。とりわけこんなに暗くて足元の危なっかしい場所だ、進む先を見るのはかなり大変だった。
長い階段を下りきり、そこから直線の道をしばらく進むと、苔むした扉が待ち構えていた。雰囲気で、ここからはまるで別の空間だというのが分かる。
まだ引き返せる。そんな心の中で訴えかける声を無視して、俺は扉に手をかけ……開いた。
――何だ、これは?
扉の向こうには、想像もしていなかった光景があった。縦横に伸びる線、それらが部屋の右半分を占めるハコに繋がっており、途中で切断されぶらんと垂れ下がっているものはまるで植物の蔦のようにも見えた。
ほとんど明暗でしか判別できない世界でも、これが機械装置であることは理解できる。ただ、これほど古い、土砂に埋もれた廃墟の中に、機械装置があるという現実は理解できなかった。
まるで別世界に来たみたい、と龍美は呟く。まさに、SFなどに出てくる人類が滅びた後の都市といった感じだ。実のところこの廃墟はそこまで古いものではなく、地震の影響で一気に埋もれてこのような状態になったのだろうか? ……いや、だとしたらここに通っていた人間も同時期までいるはずだし、情報が残っていないのは疑問だ。
かさり、と音がする。誰の足音でもなく、ここに入り込んだネズミか何かの動く音のようだった。噛まれると危ないかもしれないと、俺は懐中電灯を音のした方へ向ける。すると、そこに白い光が留まっているのを感じた。
――これは……。
「――きゃあああああッ!!」
耳をつんざくような、龍美の悲鳴がこだました。彼女も玄人も、光の留まる一点に目を向けたまま恐怖に後ずさり、冷たい壁に背がぶつかると、力無くへたり込んだ。
光……違う、二人を恐慌状態にしたこの物体は、多分……。
「……マジかよ……!」
それは、最早身元などまるで分からないほどに風化してしまった、白骨死体だった。
光の中に、白骨の装いが垣間見える。帽子らしきものを被っていたようで、それはすっかりずり落ちてしまい、やたらとポケットや装飾の多い服は泥だらけで変色、腐蝕し骨が覗いている。あまりにも時代錯誤な死体だ。
あり得ない、何だこれは?
そんな言葉だけが脳内をループする。
しかし、俺が混乱している間にも、龍美と玄人は白骨死体を目にした恐ろしさで吐き気を催し始めたようで、口元を抑えながら必死に顔を背けていた。
……いつのまにか、頭痛が酷くなっている。侵食するようなノイズも音量が増したようだ。
ノイズはエクトプラズムを、エクトプラズムは白骨死体を……。
――なら、俺が見ている世界は。
掴みかけた何かは、すぐに思考から零れ落ちていくようだった。蜃気楼のように、まるで辿り着くことを許されていないかのように。
後は龍美の悲鳴だけが、頭の中を満たす。
そして弾かれるように逃げていく彼女を、俺たちは追いかけるしかなかった……。
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