この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Fourth Chapter...7/22

忘れられた場所

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「……あら?」

 龍美が間の抜けた声を発したのは、ちょうど池に対岸に辿り着いたときだ。俺には見えない先の方を見つめ、訝しげな表情を浮かべている。

「どうしたの?」
「いや、あそこって岩壁みたいになってるじゃない。でも、よく見たら土砂崩れの跡みたいだなって」
「んー……? 言われてみると、そうかもしれないね。切り立ってるわけじゃなくて、土が積もってるみたいな感じもする」

 二人が言うなら、きっとそうなのだろう。満生台は昔から地震が多かった、というのは聞いた覚えがある。
 一応気になったので龍美に確認してみると、肯定か否定かだけでいいのにプレートの説明までされた。そこまで分からないわけじゃないっての。
 ただ、満生台がプレートの重なる地域だというのは驚きの情報だった。
 二人が過去の地震について話すのをぼんやり聞きながら、俺は土砂崩れの跡らしき土壁に手を触れる。ディテールなら、目で見るよりも手で触れた方が詳しく分かる。俺はもう二年ほども、そんな暮らしをしてきたのだ。

「……ん?」

 あるところで、土の感触に紛れてやけに硬質な手触りがした。土砂崩れによって泥が固まったというようなものではなく、もっと人工的なものの硬さに思える。
 少しだけ距離を取って、聳える土壁を左から右へ観察する。ぼんやりと全体を見れば自然の産物にしか見えないが、可能性としてここに何かが埋もれているというのはあり得た。

「……おい、二人とも」

 俺は二人を呼び止め、怪しい感触の部分を指差し伝えた。そこに人工物があるらしいことを仄めかすと、二人とも驚きながらも俺の言葉に同意を示してくれた。
 建物の外壁。
 コンクリートで造られているらしいそれは、所々で土壁からその姿を露出させていた。
 あまりにも予想外の発見に、探検を提案した龍美すらも驚いて口が聞けず、ただ食い入るようにコンクリートを見つめるばかりだ。
 鬼封じの池という名称に、鬼の痕跡を探ろうとした調査。それが謎の人工物に行き着くなんて、まあ想定できるはずもない。怖がりな龍美の反応は無理からぬことか。
 動けないでいる二人に代わって、俺は更に詳細を探る。こういうときには触覚や聴覚が鋭敏になっていることが役立ちそうだ。
 壁を触ったり叩いたりしながら、音の違う部分がないかを確かめる。そして僅かに音が高くなったところに狙いを定めて蹴りを入れると、土肌がバラバラと崩れて新たな人工物が顔を覗かせた。
 それは扉だった。
 最初の発見から十メートルほども離れた位置に現れた扉。ならばこのコンクリート造の建物は、少なくとも間口十メートルを超えるものということになる。
 こんな山の中に、それも土砂崩れで埋もれてしまうくらいには昔に、これほど大きな建物があったというのは信じられないのだが。
 埋没した廃墟の存在に、龍美や玄人は尤もらしい仮説を振り当てたが、水車の管理小屋という答えが正しいかどうかは当然分からなかった。
 ここまでの成果を以って良しとするか否か。後の判断はリーダー次第だ。ただ、俺はてっきりもう戻ろうと言うものかと思っていたのだが、

「……入ってみましょうよ」

 龍美は声を震わせながらも、引き続きの探索を提案してくるのだった。
 こいつが覚悟してのことなら、俺に断る理由はない。玄人も判断を任せると言った感じなので、探索続行になりそうだ。

「……行くか」

 先陣を切る役目は、俺がお似合いだろう。錆びた扉をこじ開けて中に進んでいくと、その後に二人も続いた。

 廃墟内は光も入らず、おまけに土砂が流入しているために足場が悪い。気をつけていても、石や床のひび割れなどに足を取られてしまう。懐中電灯の光と返ってくる音が頼りだ。
 ライトを持つのが玄人なので、彼を真ん中に据えて俺たちは調査を開始した。
 入って最初の空間は割合広く、カウンターらしき台や椅子の残骸もあるので、何らかの施設の受付のように思えた。外壁は恐らく全てコンクリートなようだし、昔の建築物でコンクリート造だとすれば住宅よりも公共施設などの方がしっくりくる。
 しかし、そもそもコンクリート造という手法が確立されていないくらいに古い時代の建物な気もするのだが……。
 部屋の奥には腐った木の扉があり、とりあえずそちらへ入ってみる。そこには壁一面に本棚が並んでおり、すっかり苔むしてしまった書物が収まっていた。受付の先に大量の本ということで、ここは当時の三鬼村の図書館なのではという可能性も浮かんだが、今も昔もここは山の中なわけで、わざわざここに図書館を建てる理由がつけられなかった。
 とりあえず、どんな本が収蔵されているのかと、俺たちは背表紙を調べたり本を抜き出したりしてみる。しかし、本はあまりにも劣化が激しく、ザラザラと砂粒のように崩れ落ちてしまうものすらあって読むことは困難を極めた。
 紙片と埃とに咽せこんでいると、龍美が調べられそうなものを発見する。朽ちたテーブルの上に、まだ何とか読めそうなハードカバーの書物があったのだ。
 龍美に急かされながら、この中でまだ手先が器用な玄人が、慎重にページを捲る。
 ライトに照らされたそのページには、無数の文字の羅列が記されているようだった。

「これは……」
「どういうことよ……これ」

 俺には判読できなかったが、二人曰く、この本には人の名前ばかりが延々と記されているようだった。いくら昔の本だからと言って、人名ばかりが記された書籍などは販売されていないだろう。人名辞典というのはあったかもしれないが、だとしてもこの薄さではないはずだ。
 考えられる可能性としては、名簿か。これが当時の三鬼村に住む住人の名簿だとするなら、まだ可能性はあり得るような気がする。
 ただ、図書館の時と同じように立地の問題はどうしても頭をもたげるのだが。
 自分で可能性を挙げたものの、残念ながらしっくりくるものは一つもないな。

 ――と。

「……?」

 さっきから薄々感じていたが、ここに来てようやく気のせいではないと分かる。この廃墟内にいると、どうも頭の中がチリチリするような感覚があるのだ。決して快い感覚ではない。
 どうやらこの異常は俺だけでなく玄人にも生じているらしく、彼もまた隣で頭を押さえていた。何かあったかと問いかけようとしてきた龍美も顔をしかめているし、もしかすると全員がここ不快感を共有しているのかもしれない。
 これは何だろう。押し寄せては引いていく、ザラザラとした奇妙な感覚。そう、まるでそれはラジオか何かのノイズのような……。
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