この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Fourth Chapter...7/22

鬼封じの池

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 昼食を平らげて、俺は十二時五十分に家を出る。待ち合わせは森の入り口なので目と鼻の先なわけだが、鈍足なこともあって早めには出ておく。これでも龍美はうるさいのだ。
 一時ぴったりに集合場所へ到着するが、そこには案の定龍美と玄人が揃っている。二人とも五分前行動が好きなようで、俺は遅いと怒られるのだった。
 探検に向かう準備として、秘密基地で懐中電灯なんかを持ち出してから、俺たちは鬼封じの池へと向かう。既に若干緊張気味な玄人や龍美とは違って、俺は半ば以上意識が別の思索へと向いていた。GHOSTのことだ。
 満生台が掲げる満ち足りた暮らしと、GHOSTの理念らしい人類の正しき進化。オヤジは理念が適合していると口にしていたが、多分信じてはいまい。生活レベルの向上と人体レベルの向上はまるで別のベクトルなはずだ。
 前者がサポーターだとすれば、後者はドーピング。確かに人間が生活するにあたってプラスになることを目指しているのだろうが、俺には全く異質なものだと思えた。
 実験――昨日の永射の言葉が蘇る。もしも出資によって満生台がGHOSTに擦り寄っていったとすれば。人類の正しき進化を目標に、何らかの事業に協力しているとすれば。
 ……考えすぎだろうか。しかし、嫌な予感はあるのだ。
 ある感覚を喪失すれば、それを補うように別の感覚が研ぎ澄まされる。時折そんな説を耳にするが、虫の知らせなんかにも影響するものだろうか。

「……何ぼーっとしてんのよ、虎牙」
「考え事だよ」
「怖いんじゃないでしょうねー」

 聞いてくる龍美の方が声を震わせているというのに、よく言えたものだ。
 ……ただ、意識をこちらに戻してみると確かに、漂う空気が変わっているような感覚があった。少なくとも、どんどん視界は暗くなっている。

「しっかし、暗いな。足元も見えんぞ」
「あんたは目が悪すぎるのよ。しょうがないわ」
「コノヤロウ」
「あはは……」

 龍美たちには支障のない変化でも、俺には大きな違いだ。特に光源の多寡は俺の視界を奪う一番の要因になる。
 玄人は足が上手く動かせずに転んでしまう可能性があるわけだが、俺はそもそも木や石が見えずにぶつかったりしてしまうレベルの危険があった。
 まあ、完全に光がないわけじゃないからまだ何とかなるが。
 二人の後を追うように、ゆっくりと森の奥地へ進んでいく。肌にまとわりつく空気が湿り気を帯び、鼻の頭に水滴を作る。
 鬼封じの池。俺も他の二人も初めて向かう場所だが、この感じからすれば結構面積の大きい池なんだろう。
 歩き始めて十五分ほどか。ようやく目的地に辿り着いたらしく、前を歩いていた龍美が足を止める。そして、

「……おー……」

 と感嘆詞を漏らした。
 続いて池を視界に入れた俺と玄人も、その規模の大きさに驚く。薄暗くてほとんど見えないが、恐らく全長五十メートル以上はあるのだろう。
 鬱蒼とした森、自然の匂い。すぐ下に街が築かれているとは思えないような、原始的風景がここにはあった。
 

「こんな場所なら、鬼が封じられていても不思議じゃあないわよねえ……」
「本当にね……。何か、道標の碑が、鬼を封じている結界みたいにも見えちゃうよ」
「そうねー……実際、結界石ってあるものね。まあ、本来の結界石の意味としては、宗教上の神聖な場所とかそういう意味合いなんでしょうけど」

 龍美と玄人が、早速鬼の話を持ち出す。雰囲気からすれば確かに、人ならざるものがぬうっと出てきそうではあるが、そういう非現実は妄想の中で完結するものだ。現実に、鬼が出てくることなんてあるはずがない。
 道標の碑だって、その字面通り昔の住民が道標として置いたものだと思うのだが。
 二人の、特に龍美の怖がりように、俺は緊張を解してやるかとあえてブラックなジョークをぶつけてやる。龍美は怖がらせないでと怒ったが、大声を出したおかげか少しは落ち着いたようだった。ほんの少しは。
 木々によって日光が遮られているために、湖面も暗く淀んで見える。実際透き通ってはいないのだろうが、底が見えない池は沼と大して変わらない。
 淀んだ沼から、ずるりと這い出てくる鬼。シチュエーションとしては申し分ないだろうな。
 ……それにしても、夏だというのに薄寒い。湿気も多くて、肌がベタつくのを感じた。
 あまり長居をしたら体調が悪くなりそうだ。体の強くない三人なのだから、その辺は慎重に行動しなければ。
 とりあえず池の外周をぐるりと探索してみることにした俺たちは、時計回りに左側から回り始める。地面は落ち葉だらけで足をとられやすかったが、時折龍美が注意してくれるおかげで俺も玄人も転ぶことはなかった。
 道標の碑。最早碑と呼称するほどの形すらも留められなくなったそれらは、無造作に転がりびっしりと苔を貼り付けている。
 人工の色など、俺たちの衣服以外には存在しそうもない空間。
 不思議なことに、こんな自然の中だと虫の鳴き声なんかが聞こえるのが普通なのだが、辺りは真空のような無音を保っている。だから、湿った落ち葉を踏み鳴らす俺たちの足音ばかりがいやに耳につくことになった。
 ……遠く。カラスの鳴き声だけは聞こえてくる。まるで、それが何かの凶兆であるかのように。
 馬鹿馬鹿しい。心の中でそう笑い捨てながら、俺は尚も二人の後ろを歩き続けた。
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