この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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Fourth Chapter...7/22

人類の正しき進化

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 スマホの通知が聞こえたが、とても起きられる気分じゃなかった。前日も寝付くのに時間がかかったせいで、まだまぶたが重い。
 そもそも、休日なのだから満足いくまで休ませてほしいと頭の中で文句を言いつつ、俺は八時半ごろまで布団に包まっていた。
 ベッドから起き上がり、まずはさっきの通知を確認する。龍美からだ。

『おはようゴザイマス! 今日は鬼封じの池を探検するから、ちゃんと一時に森の前へ集合すること。以上、連絡終わり!』

 ご丁寧なことに、今日のスケジュールの念押しだった。しかも、七時半にメッセージを送ってきている。休日はほぼ確実に、そんな時間には起きられない。

『朝から元気だな』

 睡眠を邪魔された当て付けにと、少しばかり皮肉めいた返事を送っておく。後で怒られるのは分かっていても、何となく龍美への憎まれ口は止められなかった。
 そういうコミュニケーションを期待している? ……いやいや、まさか。
 着替えを済ませ、居間へ向かう。今日の食事当番は朝昼がオヤジで晩が俺だ。たまに遊びの予定が入るので、休日は特に甘くしてもらっている。
 既に朝食を作って待っていたオヤジに挨拶し、俺も席に着く。パンとベーコンエッグ、それにサラダというシンプルなメニューだが、自分も凝ったものを作れないし文句は無い。
 不味くなけりゃいいのだ。

「……なあ、オヤジ」
「どうした」
「この前聞いたGHOSTって組織さ。オヤジはどこまで知ってるんだ?」

 軽い感じで訊ねたのだが、やはりオヤジの手は止まる。あまり触れてほしくない話題なのかもしれない。

「牛牧から聞いただけだからな、ほとんど何も知らんに等しい」
「ネットで調べてもみたんだけどよ、わざとらしいくらい情報が無いんだよ」
「探らずとも、特に問題はないと思うが」

 そう言った後、オヤジは軽く息を吐いてから、

「……まあ、お前はやけに拘るところもあるしな」

 と諦めたように言ってから、ある程度の情報を語ってくれた。

「GHOSTは公的に認められている機関というわけではなく、公表されている活動実績もほとんどない組織だ。謎めいている、と言ってしまってもいい。遺伝危機監査機構という名の通り、ゲノム構造について研究を行なっているとも噂されているが……やはり詳細は不明だ」
「ゲノム構造……って、生物の遺伝情報のことだったよな。基本的な核が四種類くらいあって、それの連なりで生物のステータスが決まるみたいな……」
「まあ、その認識でいいだろう。日常生活において関係があるとすれば、遺伝子組替えの野菜なんかがある。あれも遺伝子情報を分析し、育てやすく、或いは多実になりやすく変換しているわけだ」
「……はあ」

 遺伝子組換え作物というのはたまに目にする。何となくの理解はしているが、改めて聞くととんでもないことをしている気がするな。
 決められた配列を上書きすることで、より都合のいい結果を生み出す、か。

「そしてゲノムは人間にも当然存在する。遺伝情報の中には病気の罹りやすさなどもあるわけだ。世界では、癌の発症率に関わるゲノムを調べ、個別要因を導き出して治療するなどの医療法も出来つつあるらしい」
「ゲノム医療、ねえ……」

 さっきの流れからすれば、最終的にその医療法が向かう先は、ゲノム情報の書き換えによって癌の要因を抹消するというものではないだろうか。神をも恐れぬ、という表現がぴったりの行為だ。

「つまりGHOSTは、一連の研究が倫理的にヤバくないかを監査する機関ってことかよ?」
「だろうと言われている。ただ、GHOSTそのものが研究活動を行なっている形跡もあるからな、監査だけではないんだろう」

 GHOST自身の研究。更に外部研究機関への出資。監査と称すれば聞こえはいいものの、実際その通りのことをしているかはやはり疑問だ。
 
「満生台へ出資を行うのにも、組織の理念に適合しているという理由はあるそうだ」
「その、理念ってのは?」

 満ち足りた暮らし。不自由のない人生を行えるようにという理念の下、ゲノム研究を行なっているのだとすればそれは。

「人類の正しき進化……それがGHOSTの理念らしい」

 冗談じゃない。
 思わず笑い出したくなるほどに、それはカルト宗教染みた理念だった。
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