この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

文字の大きさ
上 下
11 / 88
Second Chapter...7/20

放課後の帰路

しおりを挟む
 この街の学校は、基本的に授業時間が短い。その分内容を詰め込んでいて、俺なんかはついていけなくなるわけだが、健康に不安のある者が多い満生台だから、合理的なことだとは思っている。
 そもそも滅多に登校できない生徒だっているのだ。盈虧園でも、河野理魚という女の子が年に半分以上も欠席となっていた。これは俺のオヤジルートで聞いた話だが、彼女には肉体的な問題だけでなく、精神疾患もあるのだとか。調子の悪いときは他の人に迷惑がかかるからと、彼女の両親が家に留めておいているという。それでも勝手に街を徘徊するときはあるらしく、結構怖い話ではある。
 ……盈虧園。欠け落ちた者たちの学び舎。
 ここはどうして盈虧という名称なのか。ずっと俺は気になっているのだけど。
 午前中の休み時間、偶然にも玄人が話題にし、そして双太さんが答えた意味。

 ――子どもたちの成長は山あり谷あり、色々経験することが大事。

 それは、あの施設も同じだったのだろうか。
 いや、ともすればこの学校もあの施設と同じ系列なのだろうか。

「……分っかんねえな」

 俺が呟いた言葉を、黒板に書かれた内容が分からないのだと勘違いされて、近くの席の龍美がニヤリと笑っていた。
 ……ムカつく。
 退屈な授業を昼寝で乗り切り、五時間目終了のチャイムが鳴る。これで今日は解放だ。
 来週から期末試験があるらしいが、俺にはあまり関係のない話だった。
 将来の不安が無いわけではない。漠然と、俺にできる仕事なんてあるのだろうかと考えたりはする。
 ただ、この街にいて、オヤジと暮らしていて。満足とはいかずとも、まあ生きていくことくらいは可能だろうと、ある程度楽観的にはなっていた。
 自分の未来に如何ほどの希望が残されているかは分からないが。
 生きていれば、何かしら見えてくるものはあるだろう。

「ふー、頭痛がすらぁ」
「あはは、寝てた人に言われても……」

 隣に来ていた玄人が苦笑する。こいつは良くも悪くも真面目だし、ちゃんと意味を持って授業に向き合ってるんだろう。
 俺からすれば、眩しい生き方だ。

「眠いんだから仕方ないだろ。……んじゃ、帰るわ」
「佐曽利さんの手伝い?」
「まあな。今日はメシ作る以外にもやんねえと」

 今日の当番は確か夕飯の他に、風呂掃除して沸かさないと行けなかったはずだ。
 夕飯の材料を買いに秤屋商店にもよらないといけないし、割と時間はとられる。

「大変だね。頑張って」
「そんなでもねーよ」

 昔なら怠いと文句を垂れてただろうが、今はそんなこともない。
 怠いのは授業と龍美の相手くらいだ。

「あ、そうそう。覚えてるならいいんだけど。……明日、昼から集合だからね」

 ……怠い予定だな。

「忘れてねーよ。んじゃな」
「ん、じゃあね」

 玄人の言葉を背に、俺はお先に下校させてもらった。
 明日の用事とは、俺たち四人が時折集まって励んでいる活動のことだ。
 集合場所は森の中という、普通の人が聞いたら耳を疑う所なのだが、俺たちは街の北に位置する【黒い森】の中で、誰にも秘密でとある工作活動を行っているのだった。
 正直なところ、俺はそこまで役に立っている感はない。けれども仲間だと口を揃えて言ってくれる奴らがいるから、行かないという選択肢はなかった。力仕事くらいならいくらでもしてやろう。頼られるのなら、応えるのが筋というものだ。

「暑っちいなー……」

 夏の陽はまだ高い。早く帰りたいところだが、早歩きなんて出来ない俺は汗を拭いつつ懸命に進むほかない。帰ったら部屋のエアコンを効かせて冷たいジュースでも飲もう。そんなイメージを拠り所に、逃げ水の生じる道路を歩いていく。
 街の中央広場に差し掛かったとき、広場内の長椅子に老夫婦が仲良く腰を下ろしているのが見えた。この暑さが堪えるので、休憩中なのだろう。基本的に広場の端は木が植えられていて、陽射しが遮られるところが多くあった。
 広場の中心には、俺の身長よりも高い記念碑が立っている。あれは街に点在する道標の碑とは違い、平成になって設置された新しいものだ。道標の碑に倣い、牛牧さんが立てた物だと聞いたことがある。
 特に言葉が刻まれているわけでもない、つるつるした御影石の碑だが、俺はそれを綺麗だと感じていた。電波塔を街のシンボルにすると最近はよく謳っているが、この記念碑だって十分にシンボルだと思う。地元住民は猶更、こちらが好きだろうな。
 広場を過ぎれば秤屋商店だ。この街唯一のお店で、食材や日用品だけでなく色々な物が取り揃えられている。
 流石に満ち足りた暮らしをスローガンとしている以上、いずれはスーパーマーケットなどを誘致したりはするのだろうが、今のところ満生台はこの秤屋商店がライフラインだ。
 店主は若干ニ十歳の秤屋千代さん。父親の体調悪化が原因で家業を継ぎ、元気に店番をやっているのだ。
 認められるならこういうところでバイトでもできりゃ、一応暮らしていけるのかなと考えたりもする。

「虎牙くん。こんにちはー」

 入口に立っていた千代さんが、俺に気付いて挨拶をくれる。

「おっす。調子はどうっすか?」
「ぼちぼちよー。暑いのにご苦労様」
「千代さんの方こそ」

 店内は冷房が効いているとはいえ、外の熱気も入ってくるだろうし、立ちっぱなしで接客をしている千代さんは毎日大変なはずだ。
 陳列する物の数も多いので、繁忙期にはバイトを募集しているが、いっそ常に募集していればいいのにと思う。

「今日の献立は何かしらね」
「そんな難しいの作らないっすよ」

 言いながら、俺は買い物のリストを千代さんに手渡す。他の人はこんなことするわけないが、俺は毎度千代さんに商品集めをお願いしていた。彼女もすっかり了解しているから、ふむふむとリストを読み込むと、すぐにリスト通りの商品をそのまま袋に入れてくれる。

「はーいお待たせ。今日はポトフってところかしら?」
「そんな感じっす。野菜とか切るだけでいいんでね」

 というわけで、佐曽利家の献立は大体千代さんに筒抜けだったりするのだ。

「ありがとうございましたー」

 千代さんが商品を詰めてくれた袋を手に提げ、俺は商店を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【恋愛】×【ミステリー】失恋まであと五分~駅へ走れ!~

キルト
ミステリー
「走れっ、走れっ、走れ。」俺は自分をそう鼓舞しながら駅へ急いでいた。 失恋まであと五分。 どうしても今日だけは『あの電車』に乗らなければならなかった。 電車で居眠りする度に出会う不思議な女性『夜桜 結衣』。 俺は彼女の不思議な預言に次第に魅了されていく。 今日コクらなければ、二度と会えないっ。 電車に乗り遅れた俺は、まさかの失恋決定!? 失意の中で、偶然再会した大学の後輩『玲』へ彼女との出来事を語り出す。 ただの惨めな失恋話……の筈が事態は思わぬ展開に!? 居眠りから始まるステルスラブストーリーです。 YouTubeにて紹介動画も公開中です。 https://www.youtube.com/shorts/45ExzfPtl6Q

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー

至堂文斗
ライト文芸
【完結済】  野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。  ――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。  そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。  ――人は、死んだら鳥になる。  そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。  六月三日から始まる、この一週間の物語は。  そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。  彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。  ※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。   表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。   http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html   http://www.fontna.com/blog/1706/

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

天使の顔して悪魔は嗤う

ねこ沢ふたよ
ミステリー
表紙の子は赤野周作君。 一つ一つで、お話は別ですので、一つずつお楽しいただけます。 【都市伝説】 「田舎町の神社の片隅に打ち捨てられた人形が夜中に動く」 そんな都市伝説を調べに行こうと幼馴染の木根元子に誘われて調べに行きます。 【雪の日の魔物】 周作と優作の兄弟で、誘拐されてしまいますが、・・・どちらかと言えば、周作君が犯人ですね。 【歌う悪魔】 聖歌隊に参加した周作君が、ちょっとした事件に巻き込まれます。 【天国からの復讐】 死んだ友達の復讐 <折り紙から、中学生。友達今井目線> 【折り紙】 いじめられっ子が、周作君に相談してしまいます。復讐してしまいます。 【修学旅行1~3・4~10】 周作が、修学旅行に参加します。バスの車内から目撃したのは・・・。 3までで、小休止、4からまた新しい事件が。 ※高一<松尾目線> 【授業参観1~9】 授業参観で見かけた保護者が殺害されます 【弁当】 松尾君のプライベートを赤野君が促されて推理するだけ。 【タイムカプセル1~7】 暗号を色々+事件。和歌、モールス、オペラ、絵画、様々な要素を取り入れた暗号 【クリスマスの暗号1~7】 赤野君がプレゼント交換用の暗号を作ります。クリスマスにちなんだ暗号です。 【神隠し】 同級生が行方不明に。 SNSや伝統的な手品のトリック ※高三<夏目目線> 【猫は暗号を運ぶ1~7】 猫の首輪の暗号から、事件解決 【猫を殺さば呪われると思え1~7】 暗号にCICADAとフリーメーソンを添えて♪ ※都市伝説→天使の顔して悪魔は嗤う、タイトル変更

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

魔法使いが死んだ夜

ねこしゃけ日和
ミステリー
一時は科学に押されて存在感が低下した魔法だが、昨今の技術革新により再び脚光を浴びることになった。  そんな中、ネルコ王国の王が六人の優秀な魔法使いを招待する。彼らは国に貢献されるアイテムを所持していた。  晩餐会の前日。招かれた古城で六人の内最も有名な魔法使い、シモンが部屋の外で死体として発見される。  死んだシモンの部屋はドアも窓も鍵が閉められており、その鍵は室内にあった。  この謎を解くため、国は不老不死と呼ばれる魔法使い、シャロンが呼ばれた。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...