10 / 88
Second Chapter...7/20
学友たち
しおりを挟む
ひょっとするといつも通りかな、と考えていたのだが、学校に着いたのはかなり早めの時間だった。
まあ、目の調子によってはこういう日もある。
天気も良いし、視界は良好だ。
教室のドアをガラガラと開くと、室内に先客は一人しかいなかった。そいつは昨日も話題に出ていた俺のダチ、真智田玄人だ。元不良の俺とは違い、気弱で生真面目、敵を作らない優しいタイプの人間だった。
髪も黒の短髪。俺が銀髪で派手過ぎるのが悪いのだが、とても平凡な出で立ちな奴である。
「おっす、今日も早えな、玄人」
俺が声を掛けると、玄人は驚いたのかピクリと体を震わせてからこちらを向いた。
手には本。どうやら読書中で俺が来たのに気付かなかったらしい。
玄人は慌てて本を閉じながら、
「あはは……おはよう、虎牙」
と苦笑した。
「まーた難しい本読んでんのか、お前」
「難しいっていうか、単なるミステリだよ」
「それを難しいって言わね?」
「どうかなー……」
タイトルまでは分からないが、ミステリというからにはややこしい話なんだろう。物事を筋道立てて考えるというのは苦手だ。直感で動く方がやりやすい。
こういう推理小説を、玄人も龍美も好んで読むというのだから、素直に凄えなと思う。俺なんかには絶対無理だ。読めたとしても一ページで投げ出すことは間違いない。
「虎牙、今日は早いね」
本をしまうと、玄人は思いついたように言う。
予期していた質問だ。
「んー? まあ、目が冴えちまってな。寝つけたのが夜遅くで、起きたのもかなり早かったからよ」
「虎牙でもそういうことあるんだ」
「おい、もっぺん言ってみろ」
「あはは、冗談」
これも分かっていた返事だけに、俺は怒った素振りを見せつつも内心は笑う。
読みやすい奴だ、こいつは。
と、ちょうどそこでドアが開き、生徒がやってくる。
あいつも昨日話に出てきた友人、仁科龍美だ。
「あら、珍しいわね。寝坊助の虎牙がいるなんて」
こいつは中々高飛車な奴なので、開口一番にそんなことを言うのはしょっちゅうだった。
「あ、龍美。それは禁句」
「ん?」
玄人が忠告するのにも小首を傾げるだけ。上等だ。
「お前も殴られてえか?」
「乙女の柔肌に傷一つつけようもんなら、背負い投げじゃ済まさないわよ?」
「……お前の場合は冗談じゃなさそうなんだよな」
「ふふふ……」
龍美はその昔、空手部に所属していたらしい。エリートな家庭で育ち、勉強も上位を強いられる上に武術まで。文武両道を維持し続けるのはさぞかし大変だっただろう。
今では空手の経験を発揮することは難しくなってしまったが、龍美なら今の腕でも俺を一本背負いできそうな気がする。
龍美もいわゆるミステリマニアなので、玄人が読んでいた本のタイトルを目にすると興味はそちらへ移った。どんでん返しの面白さとか、ネタバレの怖さとかに花を咲かせる。
楽しそうで何よりだが、俺はちっとも入れない話題なので居心地が悪いのは確かだった。
まあ、だからと言ってミステリを読んでみるかとはならないけれども。
話が一段落したところで、俺も適当に話題を振ってようやく雑談に加わる。それから十分ほどが経ち、生徒たちがほぼ全員揃ったところでチャイムが鳴った。
「おはよう、皆。おや、虎牙くんもちゃんと時間通りにいるね。感心感心」
ドアがガラリと開き、そんな言葉とともに我が校のセンセイが入ってくる。あいつが俺たちを教える唯一の教師、杜村双太だ。
明るく気さくな性格、かつ医者と教師という二足の草鞋を履く懸命さもあり、彼は大人からも子どもからも好かれている。壁を感じさせない人間なので、俺も歳の差をあまり気にせず接することができた。本当はよくないんだろうが。
「うるさいぞ、双太」
「あのね……一応先生なんだから」
「自分で一応って言うなよ、センセイ……」
少し気弱というか、謙遜が多いのは玄人と似ているかもしれない。
からかいすぎるとかえってこっちが困るタイプなんだよな。
そんな双太さんは、いつも一人の女の子を連れてきている。彼女は別に双太さんの娘でも何でもなく――というか双太さんはまだ二十代なので当たり前だが――生徒の一人だった。
俺たちの仲間の一人、久礼満雀という子だ。
彼女は満生総合医療センターで実権を握る久礼貴獅の娘であり、院内の居住スペースで生活しているため毎日病院からここへやってくる。その付き添いとして医師でもある双太さんが一緒に来ているわけだ。
満雀ちゃん自身大病を患っており、自力で動くのも難しいし、容体が急変する恐れもある。そういう理由からずっと、この付き添い登校が続いているのだった。
「よし、じゃあ満雀ちゃん、座ろうね」
「はい、双太さん」
長年ああいう関係が続いているからか、二人はすこぶる仲がいい。特に満雀ちゃんの方は、双太さんを信頼しきっているという感じだ。
「よし、それじゃあ出席をとるよー」
満雀ちゃんを座らせた双太さんは出席簿を手に、生徒たちの出欠を取り始める。
そして今日もまた、平凡な一日が幕を開けるのだった。
まあ、目の調子によってはこういう日もある。
天気も良いし、視界は良好だ。
教室のドアをガラガラと開くと、室内に先客は一人しかいなかった。そいつは昨日も話題に出ていた俺のダチ、真智田玄人だ。元不良の俺とは違い、気弱で生真面目、敵を作らない優しいタイプの人間だった。
髪も黒の短髪。俺が銀髪で派手過ぎるのが悪いのだが、とても平凡な出で立ちな奴である。
「おっす、今日も早えな、玄人」
俺が声を掛けると、玄人は驚いたのかピクリと体を震わせてからこちらを向いた。
手には本。どうやら読書中で俺が来たのに気付かなかったらしい。
玄人は慌てて本を閉じながら、
「あはは……おはよう、虎牙」
と苦笑した。
「まーた難しい本読んでんのか、お前」
「難しいっていうか、単なるミステリだよ」
「それを難しいって言わね?」
「どうかなー……」
タイトルまでは分からないが、ミステリというからにはややこしい話なんだろう。物事を筋道立てて考えるというのは苦手だ。直感で動く方がやりやすい。
こういう推理小説を、玄人も龍美も好んで読むというのだから、素直に凄えなと思う。俺なんかには絶対無理だ。読めたとしても一ページで投げ出すことは間違いない。
「虎牙、今日は早いね」
本をしまうと、玄人は思いついたように言う。
予期していた質問だ。
「んー? まあ、目が冴えちまってな。寝つけたのが夜遅くで、起きたのもかなり早かったからよ」
「虎牙でもそういうことあるんだ」
「おい、もっぺん言ってみろ」
「あはは、冗談」
これも分かっていた返事だけに、俺は怒った素振りを見せつつも内心は笑う。
読みやすい奴だ、こいつは。
と、ちょうどそこでドアが開き、生徒がやってくる。
あいつも昨日話に出てきた友人、仁科龍美だ。
「あら、珍しいわね。寝坊助の虎牙がいるなんて」
こいつは中々高飛車な奴なので、開口一番にそんなことを言うのはしょっちゅうだった。
「あ、龍美。それは禁句」
「ん?」
玄人が忠告するのにも小首を傾げるだけ。上等だ。
「お前も殴られてえか?」
「乙女の柔肌に傷一つつけようもんなら、背負い投げじゃ済まさないわよ?」
「……お前の場合は冗談じゃなさそうなんだよな」
「ふふふ……」
龍美はその昔、空手部に所属していたらしい。エリートな家庭で育ち、勉強も上位を強いられる上に武術まで。文武両道を維持し続けるのはさぞかし大変だっただろう。
今では空手の経験を発揮することは難しくなってしまったが、龍美なら今の腕でも俺を一本背負いできそうな気がする。
龍美もいわゆるミステリマニアなので、玄人が読んでいた本のタイトルを目にすると興味はそちらへ移った。どんでん返しの面白さとか、ネタバレの怖さとかに花を咲かせる。
楽しそうで何よりだが、俺はちっとも入れない話題なので居心地が悪いのは確かだった。
まあ、だからと言ってミステリを読んでみるかとはならないけれども。
話が一段落したところで、俺も適当に話題を振ってようやく雑談に加わる。それから十分ほどが経ち、生徒たちがほぼ全員揃ったところでチャイムが鳴った。
「おはよう、皆。おや、虎牙くんもちゃんと時間通りにいるね。感心感心」
ドアがガラリと開き、そんな言葉とともに我が校のセンセイが入ってくる。あいつが俺たちを教える唯一の教師、杜村双太だ。
明るく気さくな性格、かつ医者と教師という二足の草鞋を履く懸命さもあり、彼は大人からも子どもからも好かれている。壁を感じさせない人間なので、俺も歳の差をあまり気にせず接することができた。本当はよくないんだろうが。
「うるさいぞ、双太」
「あのね……一応先生なんだから」
「自分で一応って言うなよ、センセイ……」
少し気弱というか、謙遜が多いのは玄人と似ているかもしれない。
からかいすぎるとかえってこっちが困るタイプなんだよな。
そんな双太さんは、いつも一人の女の子を連れてきている。彼女は別に双太さんの娘でも何でもなく――というか双太さんはまだ二十代なので当たり前だが――生徒の一人だった。
俺たちの仲間の一人、久礼満雀という子だ。
彼女は満生総合医療センターで実権を握る久礼貴獅の娘であり、院内の居住スペースで生活しているため毎日病院からここへやってくる。その付き添いとして医師でもある双太さんが一緒に来ているわけだ。
満雀ちゃん自身大病を患っており、自力で動くのも難しいし、容体が急変する恐れもある。そういう理由からずっと、この付き添い登校が続いているのだった。
「よし、じゃあ満雀ちゃん、座ろうね」
「はい、双太さん」
長年ああいう関係が続いているからか、二人はすこぶる仲がいい。特に満雀ちゃんの方は、双太さんを信頼しきっているという感じだ。
「よし、それじゃあ出席をとるよー」
満雀ちゃんを座らせた双太さんは出席簿を手に、生徒たちの出欠を取り始める。
そして今日もまた、平凡な一日が幕を開けるのだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
『忌み地・元霧原村の怪』
潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。
渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。
《主人公は月森和也(語り部)となります。転校生の神代渉はバディ訳の男子です》
【投稿開始後に1話と2話を改稿し、1話にまとめています。(内容の筋は変わっていません)】
ダブルの謎
KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー
【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー
至堂文斗
ライト文芸
【完結済】
野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。
――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。
そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。
――人は、死んだら鳥になる。
そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。
六月三日から始まる、この一週間の物語は。
そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。
彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。
※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。
表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。
http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html
http://www.fontna.com/blog/1706/
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか――
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。
鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。
古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。
オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。
ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。
ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。
ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。
逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
【朗読の部屋】from 凛音
キルト
ミステリー
凛音の部屋へようこそ♪
眠れない貴方の為に毎晩、ちょっとした話を朗読するよ。
クスッやドキッを貴方へ。
youtubeにてフルボイス版も公開中です♪
https://www.youtube.com/watch?v=mtY1fq0sPDY&list=PLcNss9P7EyCSKS4-UdS-um1mSk1IJRLQ3
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる