この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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朝の工房

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 規則的に繰り返す音が、遠くから聞こえてくる。
 耳慣れた音だ。誰かに起こされるのは嫌いな俺だが、この音はもう日常の一部だった。

 ――相変わらず早いな。

 オヤジが工房で仕事をしているのだ。職人なだけあってその手際は抜群で、そこらにいる技師の八割くらいの時間で一つの品を完成させられるらしい。これは牛牧さんから聞いた話なので、多分間違いじゃないだろう。
 汗ばんだパジャマから普段着に着替え、俺は欠伸を噛み殺しつつ部屋を出る。
 それから何となく、オヤジの工房を覗いてみた。
 集中したいから、そして俺に仕事を見せたくないからという二つの理由で、オヤジは工房を立入禁止にしている。別にしっかり施錠されているとかそういうわけではないのだが、入っていくと注意されてしまうのだ。
 だから、時折仕事ぶりを覗くに留めている。
 工房は、このボロ屋からは想像もつかないほど設備が整っていて、生粋の職人なら羨ましがって弟子入りするレベルなのは間違いない。
 素人ならば、ここは何の施設なのだろうと訝しんでしまいそうだ。
 一階の端にある扉。そこまでの和風な廊下とは違い、扉の色は黒い。木製ドアなのだが、洋風の玄関についていそうなものだ。鍵は二つ取り付けられていて、仕事をしていないときは常に施錠されている。俺が出掛けているときも多分、鍵は掛けて仕事をしているはずだ。
 技術を売りにしてるわけだし、防犯意識が高いのは頷ける。
 俺のことを気にかけて、俺の在宅中は鍵を開け放しているのだろう。
 そろりと扉を開け、中の様子を覗く。オヤジは眼鏡をかけ、目を凝らしながら作業に没頭していた。
 今はイレモノの製作か。あの段階が終わったら、ソフトを中に組み込んでいく作業に移るんだな。
 きりのいい所まで進めば、朝食を作りに出てくるだろうし、俺はのんびり部屋で待つとしますか。
 人に話すと意外に思われそうだが、俺の朝は結構早い。今日みたいにオヤジが作業をしてるから目覚めるときもあるし、俺が食事担当の日も当然早いからだ。
 時々早めに登校すると、玄人や龍美に驚かれるのはまあ嫌じゃない。

「虎牙、朝食だ」

 七時半頃になり、オヤジからお呼びがかかった。一仕事終え、朝食をテキパキ作ってくれたようだ。
 俺はベッドから跳ね起き、さっさとリビングへと向かった。

「おはようさん」
「ああ」

 基本的にオヤジは寡黙だ。黙々と仕事をし、黙々と家事をする。
 家庭内に会話が盛り上がる機会は限りなくゼロに近いけれど、理解はし合っているので問題はなかった。
 料理の腕はそこそこといったところだが、少なくとも俺よりは当然上手い。できれば毎日オヤジに任せたいのだが、単純にオヤジの負担を減らすだけじゃなく、俺に普通の生活をさせるという意味合いもあるわけだから面倒とは言い辛いのだ。
 普通の生活をしているからこそ、俺はその普通に慣れてきているのだし。
 並べられた質素な朝食。俺もオヤジも淡々と箸を進め、二十分程で平らげる。ほとんど同時にご馳走様と呟くと、オヤジは僅かに頷いて俺の分まで食器を持っていってくれた。

「今日の予定は?」
「牛牧が依頼の品を一つ取りに来る。今日は気を遣わなくても構わないぞ」
「はいよ。挨拶くらいはさせてもらうさ」

 牛牧さんはここへ来たらオヤジと話してばかりなので、案外俺は話す場面が少ない。
 まあ、簡単な世間話でもできたらいいんだろうが。

「んー……」

 伸びをして眠気を覚ましつつ、俺は一旦自室へ戻る。
 学校へ行く準備は、既に夜の内にしているから万端だ。
 普段よりも早い朝。どうせ家にいてできることも限られているし、登校にかかる時間も長くなってしまうのだから、早めに家を出るとしようか。
 
「そろそろ出るぜ、オヤジ」
「ああ。気をつけてな」
「オヤジこそ」

 製作中の怪我なんて、職人にはよくある話だ。一応心配の言葉は投げておいてから、俺は玄関扉を開ける。
 そうして、眩しい夏の世界へと進んでいった。
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