この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗

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エクトプラズム

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 風呂に入り、体に纏わりつく汗を流した後の夜九時。
 俺は普段通り、ベッドに寝転がったまま暇潰しのネットサーフィンに勤しんでいた。
 目が悪い人間でも音声認識機能を使えば操作は不可能じゃないし、技術の進歩は素晴らしいと思う。
 いつかは視覚機能を完全に機械が代行できるようになれば、全盲の人間だって世界を当たり前のように見られるだろう。
 俺が満生台に期待していることがあるとするなら、そういう革新だ。
 満ち足りた暮らしをスローガンにして発展していくのだから、そんな素晴らしい革新を起こしてほしい。

「……痛て」

 スマートフォンの画面を見ていると、ふいに頭痛が襲ってくる。
 それほど強い痛みではないが、ここ最近ちょくちょく痛むようになっていた。
 疲れが溜まっているわけでもない。適度に力を抜いて生きている俺なのだから、そうそう疲れることなどないはずだ。
 ならばこれは病気かと言われると、健診で問題ないと保証されている以上それもなさそうなのだが。

「んー、だるいな」

 原因の分からない不調は不安になる。
 念の為、改めて診てもらった方がいいのだろうか。

「……ふう」

 目の奥にも痛みを感じてきたので、俺はスマートフォンをベッドの端に置く。
 それから両目を腕で覆い、小さく溜め息を吐いた。
 今日は二〇一二年、七月十九日。
 術後から、そしてここへ来てから二年ほどが経つ。
 表面上の変化がなくとも、詳しく調べれば何か欠陥があるかもしれない。

 ――と。

「……またかよ」

 腕を下ろし、目を見開いたそのとき。
 俺の視界に、白い靄のようなものが薄っすらと生じ始めた。
 この現象も、頭痛と一緒のタイミングで起きるものだ。
 更に言えば……ノイズのような音も僅かに聞こえてくる気がする。
 白い靄は、網膜に貼り付いて見えるというよりも、まるでそこに存在するかのように一所に現れる。
 そしてゆらゆらと漂いながら、静かに消えていくのである。
 この現象も、健診では見つからない異常には違いない。
 違いないのだが……別の可能性があるとすれば。
 満生台には、一つの伝承があり。
 馬鹿馬鹿しくも、その伝承は鬼の祟りを説いたものだった。

「祟り、ねえ」

 神秘など最早息をする場所もなくなった現代。
 鬼の祟りなんて伝承を信じることは、有り得ないとして。
 それでも何となく例えるとすれば。
 俺の目は鬼の影を捉え、俺の耳は鬼の唸り声を捉えている……なんてことも、言い得るのかもしれない。
 本当、馬鹿馬鹿しい話だが。

 ――エクトプラズム。

 どこで知ったか、霊能者が霊を視覚化させたときに見える気体のようなものをそう呼ぶらしい。
 口から煙のように噴出されるシーンが、映画などではたまにあるようだが、生憎俺はそういうシーンを見たことはない。
 鬼の伝承と同じように馬鹿馬鹿しいとは思いつつ、まだ相似性から考えると、近しいイメージだなとは感じていた。

 ――あいつもオカルト、好きだったな。

 龍美の憎たらしい顔が脳裡に浮かぶ。
 ……何だか今日はあいつのことを思い出してばかりいるな。
 口煩い女なんだが……不思議と憎めない奴だ。
 まあ、俺とつるんでくれる奴は、馬鹿みたいに良い奴ばかりなのだし。
 どうしようもない俺は、そういう奴らといられるから頑張れる。
 なんて、絶対に口には出さないが。
 オカルト紛いの現象は、それから五分ほどで見事に治まる。そこに白い靄があったことが幻覚だったように、何もなくなり。
 鬼の唸り声のようなノイズも知らぬ間に、沈黙していた。
 とりあえずの終息に、ほっと安堵した俺は、イヤホンを耳にはめ、スマートフォンのアプリからいつも聞いているラジオを流し始めた。
 そうして一時間ほどのんびりと番組を楽しんでから、俺は電気を消して就寝する。

 いつもなら、三十分としない内に眠れていただろう。
 けれど今日だけは、オカルト紛いの現象のせいで目が冴えたのか、寝付けたのは一時間以上が経ってからのことだった。
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