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2.前章『匣庭の月』編 あらすじ
しおりを挟む※前章『匣庭の鬼』篇、および『匣庭の月』篇のネタバレを含みます。
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
医療の充実とともに、通信技術の更なる革新を目指し、街では電波塔設立の計画が進められていた。
そして、二〇一二年の八月二日のこと。満生台は、突如として地図からその名を消すことになる。
物語は、二週間前の七月十九日まで遡る。
過去の傷を抱え、二年前に満生台へとやって来た少女、仁科龍美。彼女は病院での定期健診を受けつつ、親友である真智田玄人、義本虎牙、久礼満雀ら三人と日々仲良く過ごしていた。
しかし、オカルトに興味を持つ龍美自身に不可思議な現象が起きるようになる。手が自身の意思とは無関係に動いて字を書く、いわゆる自動筆記という現象で、思い当たる節もない彼女は、僅かな恐怖を感じていた。
そんな彼女には頼れる知人がいた。街の北にある山中で一人、静かな研究生活を送っている八木優である。主に満生台周辺の地震活動について調べている彼の研究所に、龍美は時折訪ねて話をしていた。自身に起きている現象や街の古い言い伝えなど、大抵のことは話せる八木は、彼女にとって大きな存在だった。
ある日、龍美は鬼伝承への好奇心から玄人と虎牙を誘い、鬼封じの池へ探検に向かう。だが、そこで彼女らは予想もしていない謎の廃墟を発見、その中で白骨死体と対面するに至り、恐怖で中断を余儀なくされる。廃墟の謎、そこに書かれた八〇二の謎は頭をもたげつつも、これまでの平穏な日常との乖離に、彼女は口を閉ざす道を選ぶほかなかった。
そして、事件は起こる。
七月二十五日の朝、虎牙の無断欠席に妙な胸騒ぎを感じた龍美。学校には緊急の連絡が入り、街の行政を担う永射孝史郎が行方不明になったという情報が伝えられる。続報がないまま期末試験を終え、龍美は満雀ちゃんを病院まで送り届けたが、そこで土砂崩れの現場に向かおうとしている杜村双太と出会い、連れて行ってもらう流れになる。現場の状況に唖然とする二人に、追い打ちをかけたのは、永射が水死体で見つかったという連絡だった。
――また、始まった。
永射の死について、鬼の伝承になぞらえてこれは水鬼の祟りだと告げる地元住民の瓶井史。
街に混乱が広がる中、消えたままの虎牙を追う意味合いでも、龍美は事件の調査が必要だと決意する。
八木や杜村、ときには玄人と事件について考察を重ねる龍美。その間にも、永射邸で火事が起きるなど、事件は悪い方へと進行していく。
自分にできることは何かともがく中、彼女は秘密基地で久しぶりに虎牙と再会を果たすことになり、そこで満生台の裏事情を伝えられる。
曰く、満生台では病院が主導になり、電波塔計画とは別の怪しげな計画が進められているという。
その怪しげな計画=実験の利害関係者によって、今回の事件が起こされた可能性が高いという……。
虎牙とも協力して事件を調査することになり、決意を新たにした矢先、その虎牙が病院サイドの人間であり、満雀の父親である久礼貴獅に拉致監禁されたことが、虎牙の協力者だという病院の入院患者、蟹田郁也によって判明。救出は彼に任せ、龍美は彼から受け取った鍵で、燃え落ちた永射邸跡の地下室を調べることになる。
夜の永射邸跡。忍び込んだ地下室で、龍美は組織の計画――WAWプログラムの資料を発見。そのまま持ち帰ろうとしたところで、早乙女優亜に見つかってしまう。
手に持った計画書のことを咎められ、そのまま揉み合いになった二人。そこで龍美は激しい頭痛に襲われ、鬼の幻影を視る。
意識は呆気なく途切れ――次に目を覚ましたとき、そこには無残な骸を晒す早乙女の姿があった。
腹を裂かれて殺された早乙女。自分ではないと思いたいが、意識を失っていたせいで確証を持てず途方に暮れる龍美は、すがるように八木の元へと向かう。彼に匿ってもらい、事件が明るみになったのを知ってから、全てを忘れるように、泥のように眠った。
夢の中で、龍美は自身の過去を思い出す。
大きな事故。大切な少女との辛い別れ。そして、その身に負った傷――。
決して元通りになることのない傷は、けれども満生台という場所で、少しずつ癒えていた、そう思っていたはずだったが。
事件はあらゆる場所に、その魔の手を伸ばしていく。
虎牙の協力者であった蟹田が突然、呼吸器を外され意識を失うという事態が発生。更に、その犯人は同じクラスの河野理魚であり、彼女は病院の屋上から飛び降りて重傷を負った。まさに落下した瞬間を目撃した龍美は、その恐ろしさに震えながら八木の元へ戻り、一部始終を報告した。
理魚の目は、赤く染まっていて、それが事件と何らかの関係があるのではと睨む龍美だが、答えは見つからない。
再度秘密基地で会った虎牙と情報交換をし、彼から廃墟の再調査を八木と一緒に行いたいという申し出を受けて、メッセンジャーを引き受ける龍美。また彼女は、八〇二の数字との関連性を調べるため、街に点在する道標の碑の数を調べようと考え、昔途中まで数えた地図を家から持ってくることにした。
八木からは、理魚の事情について調べてきたことを報告される。両親の話では、彼女は喉の病気を患っていたらしく、その手術を行ったものの改善せず、その上異常行動を起こすようになっていったのだという。この話を聞いた龍美は、病院が人体実験を行っているのではないかという疑念を持つ。それに対して、否定するような材料はどこにもなかった。
Xデーの前日、八月一日。
道標の碑の数を数え、それが間違いなく八〇二個あることを確認した龍美だったが、虎牙への報告の途中、街を大きな地震が襲った。
山の斜面が抉れ、観測所が見えなくなっていることにショックを隠せない龍美。急ぎ観測所へ向かうも、八木は土砂崩れに巻き込まれて酷い怪我を負っていた。
事件を追う中で、邪魔者として狙われ、人工地震の餌食になってしまったのではという恐ろしい考えが浮かぶが、絶望の中で牛牧から、八木の残したUSBメモリを受け取る。それを八木からのメッセージだと、龍美は中のデータを確認した。
『満生台で起きている一連の事件について、私なりに考察した結論をこのファイルにまとめる』
そんな一文から始まった彼の仮説は、常識はずれであるが、今の状況を的確に説明するものだった。
ルナティック――人に狂気を与える波長を流す装置の完成こそが久礼たち組織の計画であり、まさしくそれが実行に移されるのではないかと。だからこそ、脳に負荷をかけられた者たちが、その目を真っ赤に染めているのではないかと。
八木の仮説が真実であると確信した龍美は、何とか被害を防ぎたいと焦るものの、最早何もかもが手遅れだとでもいうように、味方であった人たちが次々に襲われ、倒れていく。
自身の目も赤く充血していき、恐慌が続いていく中、龍美は親友の玄人が倒れているのを発見するが、彼は誰かの血に塗れていた。彼が歩いてきたらしい道を遡っていくと、そこには事件の中心人物だと思われていたはずの、久礼の死体が転がっていた。
バラバラになった久礼の死体。龍美はここに至り、遂に何もかもが分からなくなり、絶望に膝をつき、終わりを受け入れる。
八月二日、午後九時。
電波塔が稼働となる時刻が到来し――満生台は土砂と津波に呑まれ、地図から消え去った。
……そして、物語は三度繰り返す。
終わりなき出口を、それでも求めるように。
次なる観測者は、皮肉屋の少年。
彼の紡ぐ物語は、匣庭の真実にどこまで肉薄するだろうか――。
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