この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗

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覚醒編

接がれていくこの道を

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 この満生台という匣庭を構成していた人たちが、その魂魄の煌めきが、欠け落ちた世界を再び形作っていく。
 一度は暗闇の中へと墜ちた世界。しかしその闇を埋めるように、箱庭の景色は修復され始めていた。
 さながらそれは、粉々に砕けたガラス細工をもう一度組み立てたような、罅割れた継ぎ接ぎな空間。けれど地面には確かに土の感触があって、空に昇る太陽は明るく、そして暖かかった。
 幾つもの思い、願い、祈り。その全てに触れた私は、地面に両膝を付いて涙を流している。
 だけど、今や立ち止まっていることは出来なかった。
 生きてほしい――その思いがこの空間を生み出してくれたのならば。
 私はここで、消えてやるわけにはいかないんだ。

「私は……!」

 諦めない。あんな奴に、世界を渡してなるものか。
 あの男の悪しき野望を挫き、この匣庭を本当の意味で解放しなくては。……私は萎えかけた足に力を込め、懸命に立ち上がる。そしてゆっくりと、けれど確実に、前へ進み始めた。

「あ……」

 私が歩くのに合わせて、前方に少しずつ道が出来ていく。少し前まで見ていたはずの光景なのに、今はもうそれを懐かしいとすら思えて。
 ここは、中央広場のあたり。どこへ向かえばいいのかはまだ判然としないけれど、接がれていくこの道を、臆せずに進んでいこう。
 私の周囲には、仄かな光がくるくると巡る。意思の疎通は出来ないけれど、明確な証拠はないけれど、私はそれを皆の魂だと感じていた。こんなにも、暖かな光なのだから。

「満雀さんっ!」

 ふいに、背後から声が飛んできた。一瞬耳を疑ったが、間違いない。
 これは明乃さんの声だ。

「明乃さん……!」
「良かった……無事でいてくれて。この記憶世界が滅茶苦茶になって、満雀さんが消えちゃったときにはだいぶ焦っちゃったけど……大丈夫そう、かな」
「ええ……何とかね」

 私は弱々しいながらも、明乃さんに笑顔を見せる。
 彼女は泣き出しそうな顔になりながらも、笑顔を返してくれて、私の頭にポンと手を置いた。

「あ……ごめんなさい。つい」
「ふふ、構わないわ。この体、そのくらいの歳だもの」
「私もこうされると安心してたから……」
「良い人ね」
「……です」

 少しだけ頭を撫で、彼女は手を離す。
 そして前方に生まれつつある景色を見やった。

「それで、これは……」
「街の皆が作ってくれた道だと思うわ。その証拠に、ほら……光が見えるでしょう」
「もしかして、魂魄が……?」
「多分ね。皆の記憶も流れ込んできたのだし」

 それはまるで、長い旅のようだった。
 全ての思いの終着点こそがこの場所、ということなのかもしれない。

「明乃さんはどうやってここまで?」
「私は、この世界が真っ暗になって……それからすぐに八木さんが現れて、差し向かいで話をすることになってしまったんです。満雀さんはもう、彼が黒幕だったというのは知っていますか?」
「ええ、彼の記憶も私の頭に流れ込んできたから……彼がどうしてこの計画を遂行したのか、その経緯を見届けさせられたわ。明乃さんもその辺りのことを聞かされたのね」
「はい……その上で、GHOSTが自分を迎えに来るまでにこの信号領域を支配しておかないといけないと言っていて。こっちの方向に光が見えたので、油断したところを何とか逃げて来たんです」
「……なるほど」

 遠くからも、この空間を形作る光は観測出来たということか。
 いや、私が意識を取り戻すまでにもっと大きな光が生じていたのかもしれない。あれだけの記憶が私の中を巡っていったのだから。

「だったら、時間はあんまりなさそうね」
「だと、思います」

 明乃さんがこの光を目指して来れたということは。
 同じ場所にいたあの男も、後を追ってこられるということで――。
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