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記憶編
満生台に生きた魂魄の軌跡⑧
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郁也はまず、当時父がこなしてきた案件について掘り下げていくことにした。あまりにも過去のことだったので、その情報自体が中々掴めなかったのだが、母が几帳面に当時の資料を遺していたことが功を奏し、幾つかの大きな案件について手掛かりを得ることができた。
死の直前、父は主に通信事業に関わるプログラミングを請け負っていたと知った郁也は、案件を依頼していた企業の調査を開始。現在も続いている企業は半数ほどで、後は廃業するか吸収合併されるかしていたが、とにかく追いきれる限りはその後を追い、連絡先が見つかれば直談判をかけた。蟹田公介について知りたいのだ、と。
予想はしていたが、今更そんな話をされても迷惑だ、という反応が大半だった。それにもしも当該人物が働いていたとしても、電話越しで親族かどうかも分からないのに情報を漏らすことなど出来ない、と。それは企業として正しい対応だと郁也も分かってはいたので、可能性がありそうなら直接会って話したい、家族であることの証明は出来ると食い下がり、何件かは了承を引き出すことに成功した。
そして、役員との面談まで漕ぎつけたとある企業で、郁也は重要な証言を耳にする。
父が自殺ではないことを裏付けるような、過去の警察に突きつけたいような証言を。
「恐らく、あれが公介さんの最期の仕事になったものだと思いますが……あの人は完成したプログラムを提出する際、こんなことを言っていたんですよ。普段からセキュリティに関しては気を付けているが、誰かが個人フォルダにアクセスした形跡があったのだと。もしかしたらコードを見られたり、プログラムそのものを盗まれたりしているかもしれない。その場合は他の企業が酷似したプログラムを使いだすこともあり得るが、過度に心配はしなくてもいい。プログラムの中に自分が作ったと分かる一文を挟んであるから……と」
「……そんなことを、父が」
「彼はフリーのプログラマでしたし、案件が完了してからはお会いすることもありませんでした。それから一ヶ月が経ち、公介さんが亡くなったことを知りましたが……一つの案件で関わっただけの企業が葬儀に行くのもどうかということで、参列はせず。もし違う判断をしていたら、何かが変わっていたんでしょうかね」
「それを悔やんでも仕方ありませんよ、お気になさらず。……しかし、警察が来たりは?」
「そういうことはありませんでした。事件性があったことも知らなかったほどです」
「……そうですか」
郁也は情報提供に深く感謝し、会社を立ち去った。心の中では、激しい感情を秘めながら。
間違いない。父が手掛けた案件の裏には、何やら黒い陰謀めいたものが渦巻いていた。
父はその渦に呑まれ、命を奪われることになったのだ……。
通信プログラムのデータ盗用。郁也はそこに範囲を絞って調査を進めていくことにした。
とは言え、当時は珍しくとも郁也が調査するに至った段階では、大量のプログラムが世に出回っており、どこかに父のプログラムが利用されたものがないかと特定するのは、砂浜に隠されたガラス片を探すのと同じくらい絶望的なものだった。
そこからは空振りの日々が続いた。それらしいソフトウェアにあたりをつけて調べ、父の痕跡を探し……単調な作業の繰り返しな上、父が文を隠していたとすればかなり巧妙に埋め込んでいるはずであり、読み解くのに少しも気を抜けないために疲労は蓄積するばかりだった。
そんな過酷なルーチンワークを繰り返し、しばらく経った頃。
蟹田家に――いや、郁也に再び理不尽が牙を剥いた。
母、里彩が交通事故に遭い不帰の客となってしまったのだ。
それも、この事故に関しては悪意の介入する余地がない、不運が重なった上の完全なる事故だった。
馬鹿な、と郁也は運命を呪うしかなかった。
もう少しで、父の死の真相が掴めたかもしれないのに。
まさか、それを知りたがっていた母が理不尽に命を奪われるなんて。
郁也は世界そのものを信じられなくなるほどの絶望に叩き落とされたのだった。
孤独になった郁也にとって、残されたのは父譲りのプログラミング技術と、その父の死に関する手掛かりだけだった。
ならば、自分が追うべきものはもう一つしかない。死した母のためにも、父の名誉のためにも。自分は事件の真相を解明しなければならないと、郁也は決意を新たにした。
仕事を続ける理由もなくなり、彼は遂に真実の究明のみに力を注ぐようになる。そしてとうとう、発見するのだ。
父が隠したコードを。レッドアイという通信プログラムに隠されたメッセージを。
郁也が行動を起こすのにそれほど時間は必要なかった。彼はレッドアイが公開された時期、それが広まっていく変遷などを調査、また当該プログラムがどこでどのように使われているかまで調べ上げた。そこから満生台という街を発見、下調べを経て現地に赴くことになったのである。
初めに出会ったのが牛牧高成だったのは、彼にとって僥倖だっただろう。自身も知らないことだったが、牛牧は郁也がまだ赤ん坊だった頃、病弱な彼の診察を担当していた医師だったのだ。この奇妙な縁のおかげで牛牧と打ち解けられた郁也は、何度も満生台へ足を運び、少しずつ自身の事情を明かしていった。
父の死の真相を調べるために――家族の絆について包み隠さず牛牧に伝えると、彼は悩んだ末に協力を約束してくれた。牛牧自身、満生台の運営に関しては後ろ暗いところがあったのだ。つまり、ちょうど牛牧はGHOSTへ病院の身売りをして、その権利を譲渡してしまった後だったのである。
GHOSTという怪しい組織と、広められていく通信用プログラム。蟹田はここが陰謀の中心であると確信した。そこで牛牧と作戦を練り、病院の入院患者という体で院内へ潜入するという方法をとることに決めた。……この時の郁也はまだ、潜入生活が長期化するとは予想していなかった。彼としては、一年ほどあれば決定的な証拠の一つや二つ、見つけられると考えていたのだが。
結局、二〇〇八年に満生台へとやって来た郁也が、真相を掴むのには四年の歳月がかかったことになる。
しかし……彼はあの日。二〇一二年八月二日に、確かに真相へと辿り着いたのだ。
父を殺し、プログラムを盗み出した男の息子。
GHOSTの監査役である八木優と対峙し……そして、真実の果てに命を落としたのである――。
死の直前、父は主に通信事業に関わるプログラミングを請け負っていたと知った郁也は、案件を依頼していた企業の調査を開始。現在も続いている企業は半数ほどで、後は廃業するか吸収合併されるかしていたが、とにかく追いきれる限りはその後を追い、連絡先が見つかれば直談判をかけた。蟹田公介について知りたいのだ、と。
予想はしていたが、今更そんな話をされても迷惑だ、という反応が大半だった。それにもしも当該人物が働いていたとしても、電話越しで親族かどうかも分からないのに情報を漏らすことなど出来ない、と。それは企業として正しい対応だと郁也も分かってはいたので、可能性がありそうなら直接会って話したい、家族であることの証明は出来ると食い下がり、何件かは了承を引き出すことに成功した。
そして、役員との面談まで漕ぎつけたとある企業で、郁也は重要な証言を耳にする。
父が自殺ではないことを裏付けるような、過去の警察に突きつけたいような証言を。
「恐らく、あれが公介さんの最期の仕事になったものだと思いますが……あの人は完成したプログラムを提出する際、こんなことを言っていたんですよ。普段からセキュリティに関しては気を付けているが、誰かが個人フォルダにアクセスした形跡があったのだと。もしかしたらコードを見られたり、プログラムそのものを盗まれたりしているかもしれない。その場合は他の企業が酷似したプログラムを使いだすこともあり得るが、過度に心配はしなくてもいい。プログラムの中に自分が作ったと分かる一文を挟んであるから……と」
「……そんなことを、父が」
「彼はフリーのプログラマでしたし、案件が完了してからはお会いすることもありませんでした。それから一ヶ月が経ち、公介さんが亡くなったことを知りましたが……一つの案件で関わっただけの企業が葬儀に行くのもどうかということで、参列はせず。もし違う判断をしていたら、何かが変わっていたんでしょうかね」
「それを悔やんでも仕方ありませんよ、お気になさらず。……しかし、警察が来たりは?」
「そういうことはありませんでした。事件性があったことも知らなかったほどです」
「……そうですか」
郁也は情報提供に深く感謝し、会社を立ち去った。心の中では、激しい感情を秘めながら。
間違いない。父が手掛けた案件の裏には、何やら黒い陰謀めいたものが渦巻いていた。
父はその渦に呑まれ、命を奪われることになったのだ……。
通信プログラムのデータ盗用。郁也はそこに範囲を絞って調査を進めていくことにした。
とは言え、当時は珍しくとも郁也が調査するに至った段階では、大量のプログラムが世に出回っており、どこかに父のプログラムが利用されたものがないかと特定するのは、砂浜に隠されたガラス片を探すのと同じくらい絶望的なものだった。
そこからは空振りの日々が続いた。それらしいソフトウェアにあたりをつけて調べ、父の痕跡を探し……単調な作業の繰り返しな上、父が文を隠していたとすればかなり巧妙に埋め込んでいるはずであり、読み解くのに少しも気を抜けないために疲労は蓄積するばかりだった。
そんな過酷なルーチンワークを繰り返し、しばらく経った頃。
蟹田家に――いや、郁也に再び理不尽が牙を剥いた。
母、里彩が交通事故に遭い不帰の客となってしまったのだ。
それも、この事故に関しては悪意の介入する余地がない、不運が重なった上の完全なる事故だった。
馬鹿な、と郁也は運命を呪うしかなかった。
もう少しで、父の死の真相が掴めたかもしれないのに。
まさか、それを知りたがっていた母が理不尽に命を奪われるなんて。
郁也は世界そのものを信じられなくなるほどの絶望に叩き落とされたのだった。
孤独になった郁也にとって、残されたのは父譲りのプログラミング技術と、その父の死に関する手掛かりだけだった。
ならば、自分が追うべきものはもう一つしかない。死した母のためにも、父の名誉のためにも。自分は事件の真相を解明しなければならないと、郁也は決意を新たにした。
仕事を続ける理由もなくなり、彼は遂に真実の究明のみに力を注ぐようになる。そしてとうとう、発見するのだ。
父が隠したコードを。レッドアイという通信プログラムに隠されたメッセージを。
郁也が行動を起こすのにそれほど時間は必要なかった。彼はレッドアイが公開された時期、それが広まっていく変遷などを調査、また当該プログラムがどこでどのように使われているかまで調べ上げた。そこから満生台という街を発見、下調べを経て現地に赴くことになったのである。
初めに出会ったのが牛牧高成だったのは、彼にとって僥倖だっただろう。自身も知らないことだったが、牛牧は郁也がまだ赤ん坊だった頃、病弱な彼の診察を担当していた医師だったのだ。この奇妙な縁のおかげで牛牧と打ち解けられた郁也は、何度も満生台へ足を運び、少しずつ自身の事情を明かしていった。
父の死の真相を調べるために――家族の絆について包み隠さず牛牧に伝えると、彼は悩んだ末に協力を約束してくれた。牛牧自身、満生台の運営に関しては後ろ暗いところがあったのだ。つまり、ちょうど牛牧はGHOSTへ病院の身売りをして、その権利を譲渡してしまった後だったのである。
GHOSTという怪しい組織と、広められていく通信用プログラム。蟹田はここが陰謀の中心であると確信した。そこで牛牧と作戦を練り、病院の入院患者という体で院内へ潜入するという方法をとることに決めた。……この時の郁也はまだ、潜入生活が長期化するとは予想していなかった。彼としては、一年ほどあれば決定的な証拠の一つや二つ、見つけられると考えていたのだが。
結局、二〇〇八年に満生台へとやって来た郁也が、真相を掴むのには四年の歳月がかかったことになる。
しかし……彼はあの日。二〇一二年八月二日に、確かに真相へと辿り着いたのだ。
父を殺し、プログラムを盗み出した男の息子。
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