この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗

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記憶編

その者の過去②

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 傑の振る舞いに、華月だけでなく優も疑問を感じたままだったが、運命は残酷なもので、二人が考える暇すらなく破局の時はやって来てしまった。

「……なん、ですって? 主人が……!?」

 破局を告げたのは一本の電話だった。
 優もその場に居合わせたが、応対した母の慌てように、何か只ならぬものを感じずにはいられなかった。

「わ――分かりました。すぐに向かいます」

 電話を切った母は、詳しい事情を優に話すことなく、彼を連れてすぐに家を出た。
 何が起こっているのか、どこへ向かっているのかまるで分からないまま、優は母に手を引かれるようにしてそこへ――GHOSTの研究所へと足を踏み入れたのである。
 ここは父の職場だろうと、優は瞬時に察知した。だが、どうして家族に連絡が来て、ここへ来ることになったのかは依然謎のまま。頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしながら、彼は足を前に進めていった。

「お早い到着で助かります、急にお呼び立てして申し訳ない……」
「いえ――いえ、それよりも……本当なんですか?」

 案内された応接室。眼鏡をくいと押し上げながら、読めない表情で淡々と話す男の研究員。
 そんな研究員にほとんど縋るようにして、華月は声を上ずらせ訊ねた。

「はい……部下の研究員が発見したのですが、その時には既に手の施しようが無く……」
「ああ――」

 泣き崩れる華月。そこでようやく優は、一つの可能性に……考えたくもない可能性に至ったのだ。
 父が……死んだのだと。

「ご遺体は、まだこの施設内で安置されています。少し処理が必要にはなりますが、死亡時の正式な手続きも後々きちんと行えますので」
「それは、はい……でも、どうして主人が」
「……考えられる理由はあるのですが、どうしましょう? お子さんもいらっしゃるようですが……」
「……いずれは組織に貢献してもらうつもりの子です。ここであったことは……全部聞かせておきたい」
「なるほど。分かりました」

 それまでは立って話していたが、腰を据えて話さなくてはと研究員はソファの方へ二人を誘導した。
 柔らかすぎて落ち着かないソファに身を沈めながら、優はゆっくりと研究員の言葉を反芻する。……ご遺体。
 やはり、父は。

「傑さんがとあるプロジェクトの責任者になっているのはご存知でしたか? ……ええ、そのプロジェクトは技術的な面から一ヶ月以上も凍結していまして、再び動き始めたのはつい先日なんですよ」
「研究が上手くいって昇進出来そうだ、という話は確かに聞きました……それはめでたいことだと」
「ですが。そのきっかけとなった技術に関して一つの事実が明らかになったんです。……その技術はとある人物から盗んだものだと」
「盗んだ……え? 主人が……?」
「状況からして間違いないでしょう。傑さんが導入したプログラムのコードに、製作者名が隠されていたんですよ。蟹田公介という」

 全てが繋がった瞬間だった。行き詰った研究、知人のプログラマが不審死したニュースを見たときの父の顔、そしてその後の進展、昇進の知らせ……。浮かばれない表情をしていたのも当然だ。それは人から盗んだ技術だったのだから。

「まさか、あの人が……」
「相当追い詰められていたんでしょう。傑さんといえば、あの馬野所長の一人息子だと誰もが知っていますからね」
「それをプレッシャーに……でも、盗用なんて」
「本当に、残念でなりません」

 研究員は決まりきった悔やみの言葉を述べる。気持ちがこもっているかどうか知る由もなかったが、優にとってそれはどうでもよかった。
 尊敬していたはずの父。その父が自殺してしまったばかりか、あまつさえその理由が他人から技術を奪ったとバレてしまったからだなんて。
 彼の抱き続けてきた『素晴らしい父親』という虚像が、粉々に砕け散った瞬間だった。

「蟹田公介という人物が死亡したことについても、こちらは把握しています。それが傑さんの関わったことかはまた調査していくことになりますが……もちろん、どんな結果であれ表社会には出せないものだ。それは承知していただけますね?」

 華月は涙を滲ませ、震えながらもゆっくりと頷いた。……多分、拒否権はないのだ。
 GHOSTという組織……それが真っ当なものでないことを、優は理解していた。

「では、今後の手続きについて説明させていただきますので……」

 研究員は、傑の遺体がこれからどういう流れで正規の死亡処理に至るのか、傑の関わった事件がどのように調査され、処理されるのかを形式的に説明していった。一般人からすればそれは到底信じられる内容ではなかったが、GHOSTの中ではそれがルールなのだろう。
 説明は手早く進められたが、華月がきちんと中身を把握できているか定かではなかった。目の焦点はあっておらず、まだ現実を受け入れられていないのは明白で。
 むしろ自分の方が冷静でいられている……優はそう、客観的に自身を評価していた。
 応接室での話が終わり、しばらく研究所内で待機させられた優と華月は、最後に施設内で安置されていた傑の遺体と対面することになった。
 朝にはいつものように送り出した父の、物言わぬ骸を目の当たりにしたとき……優はようやく全てが夢でも何でもないんだと、最早取り繕うことのできない現実なのだということを、受け入れたのだった。
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