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記憶編
その者の過去①
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八木優が生まれたのは、技術者の家系だった。
父も母も機械工学の知識に長けており、それを生業としていることを彼も幼い頃から認識していた。
知らなかったのは、その所属がGHOSTという反社会的な組織だったということくらいである。
「大きくなったら、僕もお父さんとお母さんみたいなプログラマになるね!」
優少年は、尊敬する両親に対して事ある毎にそんなことを宣言していた。
母の華月は、優が成長するにつれて彼を一人前のプログラマとするべく、仕事を辞めて教育に専念するようになった。GHOSTとしても、八木家は比較的重要なポジションにあったことから後発の育成ということで華月の退職を快く受け入れていた。
GHOSTとはどのような組織なのか。それを知ることのないまま、優はプログラマとしての知識を叩き込まれ、才能を開花していく。県で開かれた大会ではあっさりと優勝してしまい、その能力ゆえあまりにも対外的に目立ってしまったので、両親が全国大会を辞退させたほどだった。優は辞退の理由がさっぱり分からなかったのだが、後に組織の実情を知り、なるほどと合点がいくことになるのである。
華月が優を育てる中で、父親である傑はひたすら研究に打ち込んでいた。彼は組織の序列で言えば中間より上の立場にはいたのだが、それは自身の努力によるものだけでないことを理解していた。
八木家は技術者の家系であり、またGHOSTの家系であるとも言えた。つまり、父だけでなくその上……祖父の英もまた、GHOSTの研究者だったのだ。
しかも、祖父はGHOSTという組織の躍進に多大な寄与を果たしていた。彼は802部隊と呼ばれる旧日本軍――帝国陸軍の科学研究所の部隊をまとめ上げる役割を務め、その技術力とリーダーシップをGHOSTで如何なく発揮したのである。
そもそも、GHOSTの興りは第九陸軍技術研究所であり、当時の軍人が終戦後行き場を無くし、組織に拾い上げられるというのは自然なことだった。というより、組織の始祖ともいえるかの人物は、始めから軍部の技術に狙いを付けていたのだ。
人類の正しき進化。今日まで変わらぬその目的のために。
ともあれ、八木英――その頃はまだ馬野という旧姓だった――は始祖も認める能力を有し、組織に大きく貢献した。そんな馬野英の実子だからという、いわゆるコネがあったからこそ、八木傑は今の地位まで上り詰めることが出来ていたのである。それは傑にとって、いつまでも祖父を拠り所にする反面、祖父と比べられることに怯え続けなければならないという苦しみを背負う結果になっていた。
「顔色が悪いわよ、傑さん。……大丈夫?」
優がちょうど高校に入学した頃、母の華月が夫の不調に気付いた。研究に打ち込み過ぎているゆえに疲れが出たのかと始めは考えていたが、どれだけ家の環境を良くしようと、休息を多くとるように進言しようと、傑の体調は改善しなかった。
むしろ、悪化していくばかりなのである。
「父さん、どうしたの?」
「ちょっと、今のプロジェクトが行き詰ってしまっていてね。でも、大丈夫。突破口はきっとあるさ」
大丈夫。家族には何度もそう告げ、力なく笑っていたが……その実傑の心は、修復不可能なほどボロボロになっていたのだろうと思われる。
そして、一年が経とうという頃になって事件は起きた。
ある日の朝のニュース。そこに映った名前を見て、八木家のリビングに衝撃が走る。
「ねえ、傑さん……蟹田公介さんって、貴方がときどき連絡をとっていたプログラマの人じゃないの?」
「あ、ああ……多分、そうだと思う」
時間にして一分も報道されなかった、不審死のニュース。普段ならば怖いね、という感想を言うくらいですぐに過ぎ去ってしまうものだが、今回は違った。
被害者の名前が、傑の知人と全く同じだったのだ。
蟹田という名前自体が珍しいし、相手の住所までは知らずとも、都内で起きた事件というなら更に確率は上がる。
これは間違いない……華月は自らの知る人物が死亡しニュースになったという事実に、驚きを隠せなかった。
夫は突然の悲報に悲しんでいるだろう。華月はそう思い、慰めの言葉をかけようとしたのだが、傑の表情をよくよく観察すると、どうもおかしい。彼は冷や汗を書きながら、じっと固まっているのだ。まるで良からぬことが露見したかのように。
「……傑さん?」
「な、何だい」
「酷い顔色をしてるわ……大丈夫、なの?」
「ああ――大丈夫」
このときほど信用のならない『大丈夫』は無かったと、後に優は振り返る。
そう……決して大丈夫などでは無かった。傑は、この蟹田公介の不審死に深く関わっていたのだから。
蟹田公介の一件から数日後、傑は行き詰っていた研究を進展させ、結果として組織から次回の昇進を提案されていた。華月はそれを喜んだが、何故か一番に喜ぶべき傑の表情は晴れないままだった。
父も母も機械工学の知識に長けており、それを生業としていることを彼も幼い頃から認識していた。
知らなかったのは、その所属がGHOSTという反社会的な組織だったということくらいである。
「大きくなったら、僕もお父さんとお母さんみたいなプログラマになるね!」
優少年は、尊敬する両親に対して事ある毎にそんなことを宣言していた。
母の華月は、優が成長するにつれて彼を一人前のプログラマとするべく、仕事を辞めて教育に専念するようになった。GHOSTとしても、八木家は比較的重要なポジションにあったことから後発の育成ということで華月の退職を快く受け入れていた。
GHOSTとはどのような組織なのか。それを知ることのないまま、優はプログラマとしての知識を叩き込まれ、才能を開花していく。県で開かれた大会ではあっさりと優勝してしまい、その能力ゆえあまりにも対外的に目立ってしまったので、両親が全国大会を辞退させたほどだった。優は辞退の理由がさっぱり分からなかったのだが、後に組織の実情を知り、なるほどと合点がいくことになるのである。
華月が優を育てる中で、父親である傑はひたすら研究に打ち込んでいた。彼は組織の序列で言えば中間より上の立場にはいたのだが、それは自身の努力によるものだけでないことを理解していた。
八木家は技術者の家系であり、またGHOSTの家系であるとも言えた。つまり、父だけでなくその上……祖父の英もまた、GHOSTの研究者だったのだ。
しかも、祖父はGHOSTという組織の躍進に多大な寄与を果たしていた。彼は802部隊と呼ばれる旧日本軍――帝国陸軍の科学研究所の部隊をまとめ上げる役割を務め、その技術力とリーダーシップをGHOSTで如何なく発揮したのである。
そもそも、GHOSTの興りは第九陸軍技術研究所であり、当時の軍人が終戦後行き場を無くし、組織に拾い上げられるというのは自然なことだった。というより、組織の始祖ともいえるかの人物は、始めから軍部の技術に狙いを付けていたのだ。
人類の正しき進化。今日まで変わらぬその目的のために。
ともあれ、八木英――その頃はまだ馬野という旧姓だった――は始祖も認める能力を有し、組織に大きく貢献した。そんな馬野英の実子だからという、いわゆるコネがあったからこそ、八木傑は今の地位まで上り詰めることが出来ていたのである。それは傑にとって、いつまでも祖父を拠り所にする反面、祖父と比べられることに怯え続けなければならないという苦しみを背負う結果になっていた。
「顔色が悪いわよ、傑さん。……大丈夫?」
優がちょうど高校に入学した頃、母の華月が夫の不調に気付いた。研究に打ち込み過ぎているゆえに疲れが出たのかと始めは考えていたが、どれだけ家の環境を良くしようと、休息を多くとるように進言しようと、傑の体調は改善しなかった。
むしろ、悪化していくばかりなのである。
「父さん、どうしたの?」
「ちょっと、今のプロジェクトが行き詰ってしまっていてね。でも、大丈夫。突破口はきっとあるさ」
大丈夫。家族には何度もそう告げ、力なく笑っていたが……その実傑の心は、修復不可能なほどボロボロになっていたのだろうと思われる。
そして、一年が経とうという頃になって事件は起きた。
ある日の朝のニュース。そこに映った名前を見て、八木家のリビングに衝撃が走る。
「ねえ、傑さん……蟹田公介さんって、貴方がときどき連絡をとっていたプログラマの人じゃないの?」
「あ、ああ……多分、そうだと思う」
時間にして一分も報道されなかった、不審死のニュース。普段ならば怖いね、という感想を言うくらいですぐに過ぎ去ってしまうものだが、今回は違った。
被害者の名前が、傑の知人と全く同じだったのだ。
蟹田という名前自体が珍しいし、相手の住所までは知らずとも、都内で起きた事件というなら更に確率は上がる。
これは間違いない……華月は自らの知る人物が死亡しニュースになったという事実に、驚きを隠せなかった。
夫は突然の悲報に悲しんでいるだろう。華月はそう思い、慰めの言葉をかけようとしたのだが、傑の表情をよくよく観察すると、どうもおかしい。彼は冷や汗を書きながら、じっと固まっているのだ。まるで良からぬことが露見したかのように。
「……傑さん?」
「な、何だい」
「酷い顔色をしてるわ……大丈夫、なの?」
「ああ――大丈夫」
このときほど信用のならない『大丈夫』は無かったと、後に優は振り返る。
そう……決して大丈夫などでは無かった。傑は、この蟹田公介の不審死に深く関わっていたのだから。
蟹田公介の一件から数日後、傑は行き詰っていた研究を進展させ、結果として組織から次回の昇進を提案されていた。華月はそれを喜んだが、何故か一番に喜ぶべき傑の表情は晴れないままだった。
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