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究明編
モノクロの情景
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私たちは病院へと帰り着く。そのまま職員用の休憩室に向かった杜村さんは、昼食をとってから仕事に戻るからということで満雀さんと別れた。正確にはここで、カメラの電源を落としたはずだ。
……一瞬、世界の動きが止まる。今の視点が消えたためなので、地下室に戻らないといけないなと思ったのだが、
「……え?」
静止した世界から、緩やかに色が抜けていく。
モノクロになりゆく世界……そしてジリジリと、ノイズのようなものも生じ始めた。
「これは――」
ふと満雀さんの方を見やると、彼女はまた頭を押さえて目をぎゅっと閉じている。
そう……これは恐らく、彼女が真実を受け入れ始めているがゆえの現象なのだ。
――モノクロの世界、か。
私は自分の体験を思い出す。
魂魄のエネルギー。残された私が生み出した、あのモノクロの……。
「……ごめんなさい。また頭痛が」
満雀さんの様子が元に戻った途端、世界もまた元通りになる。
だから今の変化を、彼女は認識していないようだけれど。
――もしかしたら、旅の終わりは近いのかも。
私は、そんな風に感じた。
その終わりが、破局と呼べるものでなければ良いのだが。
落ち着いた満雀さんと共に、私たちは一度地下室へ戻った。匣庭は時間を取り戻し、針を進めていく。
「後は、夕方に永射のところへ行くだけね」
「そうですね。虎牙くんが向かうのはいつ頃?」
「五時頃よ。その辺りで永射が街に帰ってくるの」
今の時刻は午後一時を少し回ったところだったので、私たちはまた世界を早送りさせる。
ずっと雲が垂れ込めているので空の色はほぼ変わらないが、匣庭は一息に夕刻まで移ろいゆく。
そろそろ五時になろうかというところで、私たちは行動を開始した。
地上へ出て、そのまま街の北東へ。権力を誇示するかのように構えられた永射邸へと辿り着く。
待ち時間はそれほど長くなかった。到着して程なく、虎牙くんもまたここまでやって来る。そしてインターホンを鳴らし、永射さんに迎え入れられた。
「虎牙はここで、結構な長時間永射と対談しているわ。疑問点をぶつけて……多分、ちゃんとした答えは貰えなかったんだと思う。渋い顔をしていたからね」
二人が邸内に入ってすぐ、応接室と思しき部屋の窓にその姿が現れる。彼らは向かい合って座ると、虎牙くんは仏頂面で、永射さんは余裕たっぷりの笑みで言葉を交わし始めた。
残念ながら、やはり内容はほとんど聞き取れない。どちらかと言えば、GHOSTの計画よりも鬼封じの池について話しているようには思われた。微かな声や口の動きが、鬼とか廃墟と言っているように感じられたのだ。
何度かクリティカルなワードを浴びせたのか、その度に永射さんの表情から笑みが消えていた。でも、結果的に虎牙くんは満足いく答えを聞き出せずに終わったようで、スマートフォンを取り出して通話を始める永射さんを恨めしそうに見ながら、応接室を去っていくのだった。
「……それで、諦めきれなかった虎牙は永射の通話を盗み聞きして、明日の夜誰かと密談するという話を知るわ」
満雀さんの言った通り、虎牙くんは家を出てすぐに私たちの近くまでやって来て、応接室の方に耳を澄ませていた。
「でも、それは永射さんの罠だった。どうせ聞き耳を立てているだろうということで、彼はわざと密談の話を虎牙に聞かせたようね」
「わざと……つまり、虎牙くんをおびき出そうとした?」
「ええ。そして――」
満雀さんの表情が、そこで凍り付いた。
何か言葉を続けようとして、今まで気づかなかったことに至ったように。
「……何で……?」
「どうしました……?」
「いえ……でも」
緩々と首を振る満雀さん。彼女の目は大きく見開かれたまま、その額には汗がにじんでいるのが分かる。
それに――。
「あっ……」
世界に再びノイズが走って。
その色彩が、カラーとモノクロとを交互に繰り返し始めた。
「何か気付いたんですか……?」
恐らく、さっき彼女は自身の肉体の状態について凡そのことを理解したことだろう。
けれど、今は? このタイミングで、思い至る真実とは何なのか。
満雀さんが言おうとしたのは多分、明日の夜のこと。
永射さんが虎牙くんをおびき出した理由。そこで起きた何か――。
「……まさか」
そこで起きたのは……事件。
「誰が永射さんを殺したのか、分かったんですか?」
その問いかけに満雀さんは答えることなく……ただ、怯えたように虚空を見つめていた。
……一瞬、世界の動きが止まる。今の視点が消えたためなので、地下室に戻らないといけないなと思ったのだが、
「……え?」
静止した世界から、緩やかに色が抜けていく。
モノクロになりゆく世界……そしてジリジリと、ノイズのようなものも生じ始めた。
「これは――」
ふと満雀さんの方を見やると、彼女はまた頭を押さえて目をぎゅっと閉じている。
そう……これは恐らく、彼女が真実を受け入れ始めているがゆえの現象なのだ。
――モノクロの世界、か。
私は自分の体験を思い出す。
魂魄のエネルギー。残された私が生み出した、あのモノクロの……。
「……ごめんなさい。また頭痛が」
満雀さんの様子が元に戻った途端、世界もまた元通りになる。
だから今の変化を、彼女は認識していないようだけれど。
――もしかしたら、旅の終わりは近いのかも。
私は、そんな風に感じた。
その終わりが、破局と呼べるものでなければ良いのだが。
落ち着いた満雀さんと共に、私たちは一度地下室へ戻った。匣庭は時間を取り戻し、針を進めていく。
「後は、夕方に永射のところへ行くだけね」
「そうですね。虎牙くんが向かうのはいつ頃?」
「五時頃よ。その辺りで永射が街に帰ってくるの」
今の時刻は午後一時を少し回ったところだったので、私たちはまた世界を早送りさせる。
ずっと雲が垂れ込めているので空の色はほぼ変わらないが、匣庭は一息に夕刻まで移ろいゆく。
そろそろ五時になろうかというところで、私たちは行動を開始した。
地上へ出て、そのまま街の北東へ。権力を誇示するかのように構えられた永射邸へと辿り着く。
待ち時間はそれほど長くなかった。到着して程なく、虎牙くんもまたここまでやって来る。そしてインターホンを鳴らし、永射さんに迎え入れられた。
「虎牙はここで、結構な長時間永射と対談しているわ。疑問点をぶつけて……多分、ちゃんとした答えは貰えなかったんだと思う。渋い顔をしていたからね」
二人が邸内に入ってすぐ、応接室と思しき部屋の窓にその姿が現れる。彼らは向かい合って座ると、虎牙くんは仏頂面で、永射さんは余裕たっぷりの笑みで言葉を交わし始めた。
残念ながら、やはり内容はほとんど聞き取れない。どちらかと言えば、GHOSTの計画よりも鬼封じの池について話しているようには思われた。微かな声や口の動きが、鬼とか廃墟と言っているように感じられたのだ。
何度かクリティカルなワードを浴びせたのか、その度に永射さんの表情から笑みが消えていた。でも、結果的に虎牙くんは満足いく答えを聞き出せずに終わったようで、スマートフォンを取り出して通話を始める永射さんを恨めしそうに見ながら、応接室を去っていくのだった。
「……それで、諦めきれなかった虎牙は永射の通話を盗み聞きして、明日の夜誰かと密談するという話を知るわ」
満雀さんの言った通り、虎牙くんは家を出てすぐに私たちの近くまでやって来て、応接室の方に耳を澄ませていた。
「でも、それは永射さんの罠だった。どうせ聞き耳を立てているだろうということで、彼はわざと密談の話を虎牙に聞かせたようね」
「わざと……つまり、虎牙くんをおびき出そうとした?」
「ええ。そして――」
満雀さんの表情が、そこで凍り付いた。
何か言葉を続けようとして、今まで気づかなかったことに至ったように。
「……何で……?」
「どうしました……?」
「いえ……でも」
緩々と首を振る満雀さん。彼女の目は大きく見開かれたまま、その額には汗がにじんでいるのが分かる。
それに――。
「あっ……」
世界に再びノイズが走って。
その色彩が、カラーとモノクロとを交互に繰り返し始めた。
「何か気付いたんですか……?」
恐らく、さっき彼女は自身の肉体の状態について凡そのことを理解したことだろう。
けれど、今は? このタイミングで、思い至る真実とは何なのか。
満雀さんが言おうとしたのは多分、明日の夜のこと。
永射さんが虎牙くんをおびき出した理由。そこで起きた何か――。
「……まさか」
そこで起きたのは……事件。
「誰が永射さんを殺したのか、分かったんですか?」
その問いかけに満雀さんは答えることなく……ただ、怯えたように虚空を見つめていた。
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