上 下
37 / 55
究明編

馬野という人物

しおりを挟む
「……おや」

 道が平坦になったことに安堵していた私は、満雀さんの声に気付いて前を向く。
 すると、前方に見える永射邸の窓に、永射孝史郎その人の姿が見えた。

「良いタイミングだったわね。初めてだわ……家の中とはいえ、永射がいるのを確認できるなんて」
「はは……ずっと繰り返してるとはいえ、全ての時間に全ての人をチェックしてるなんてことはないですもんね」

 その域に達するなら、たとえ二週間の物語だとしても相当な年月が必要そうだ。効率良くやれば短くて済むだろうが、そんな機械的にチェックしていくのは辛いだろうし、そもそも彼女は最初、自身の運命に酷く混乱していただろうし。

「庭に出られる大きな窓……あそこは多分リビングね。彼、歩き回っているように見えるけれど……」
「電話してるんじゃないですかね?」

 私の予想通り、永射さんは右手にスマートフォンを持っていた。六年も過去なので懐かしい機種だな、などと思ってしまうがそれは関係ない。重要なのは誰と話しているか、だ。

「聞こえるかしら……」
「どこまで近付けるか、とにかく行ってみましょう」

 バレる心配はない。彼が話している声が僅かでも拾えないか、私たちは出来る限り邸宅へ近づいていく。
 そも、道標の碑がどこまで音を拾えていたのか……そういうところにも関わってくるのかもしれない。ただ、可能性は捨てたくなかった。

「……明日……へ向かえば……いですね? 了解……」

 微かにではあるものの、永射さんの声が聞こえてきた。本当に聞き取れるかどうかという声量なので、この場面をリピートしたくなるほどだ。

「しかし……馬野……関わりが……。……いえ、支障はありませんが……」

 ――馬野?

 確かにそう聞こえたが、そんな人物がいただろうか。

「……はい。では明日……」

 そこまでで通話を終えた永射は、憂鬱そうな表情で溜め息を一つ吐いた。
 スマートフォンを大きなソファに向かって投げ、廊下の方へその姿を消す。
 ……雨の音が、大きくなってきた気がした。

「ええ、そうね……永射はこの翌日、街の外へ出かけていたようだった。なら今の通話は、組織に関連しているような気がする」
「GHOST側の人間と話していたかもしれない……ですね」
「そして、聞き捨てならない単語も出てきたわ。正確には人名、ね」
「馬野……という名前ですね。それもGHOSTの構成員の名前、でしょうか」
「それは分からないけれど、馬野という名前は重要なものと関連してるの。通信用プログラムのレッドアイ、その作者名は『M.Umano』となっているのよ」
「えっ……」

 レッドアイの作者名が馬野。
 であるなら、今の会話で馬野という名前が出てくるのは……。

「どんどんと、怪しさが増してくるわね。レッドアイというプログラムの」
「もしも馬野という人物がGHOSTの人間だとすれば、レッドアイ自体がGHOSTの作ったものという可能性が……」
「むしろ、真澄さんという人のメッセージから考えても、そちらを強く意識した方が良さそうじゃないかしら」
「……です、よね」

 GHOSTが秘密裡に動かしていた、WAWプログラムとは別の計画。
 WAWの方には電波塔が必要不可欠だった。
 ならば、洗脳計画の方にはレッドアイが必要不可欠だった……ということになるのではないか?

「けれど、馬野……馬野か。他にどこかでその名前、聞かなかったかな……」
「違う場面でも、その名前を耳にしたことが?」
「ちょっと、定かじゃないわね。記憶違いかもしれないから気にしないで」

 上手く嵌ってくれるピースもあれば、そうでないものも勿論ある。
 こういうときだからこそ、冷静さは確かに必要だ。

「……ふう。八木さんを追うことは出来なかったけれど、代わりに大きな情報を掴めたわね」
「ええ……幸運でした」
「あなたのおかげよ。……何を調べるべきかが、こうして固まっていく。独りで苦しんでいたのが嘘のようだわ」
「そう言ってくれると、ふふ。ありがたいです」

 でも、そうして事件が急速に解決していく裏で。
 彼女が真実を受け入れる覚悟もまた、固まっていかなくてはいけないわけで。
 解決にばかり目を向けることが逃げのようになってしまわないかは、気になってしまう。
 真実を直視出来ないときに、それが目の前に晒されてしまったら……危険だ。

 ――かつての彼のように。

 伍横町の物語で、最後に救い上げた命。
 陽乃お姉ちゃんと月乃お姉ちゃんが目の当たりにした、記憶世界の偽りと崩壊。
 それと同じようなことが起きてほしくはないと、私は痛切に願う。

「どうか、このまま全てが上手くいくよう……」

 そのために、まだまだ気を緩ませるわけにはいかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

四次元残響の檻(おり)

葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

【似せ者】刑事・磯山和宏

桜坂詠恋
ミステリー
「次々と他人の人生を盗んだ男の足跡は、一体誰のものなのか──」 ひき逃げ事件の背後に隠された闇を追う若手刑事・磯山は、捜査の過程で次々と名前と戸籍を捨てて逃亡する男「梶原」に辿り着く。 しかし、梶原がなぜ過去を捨て続けるのか、その理由は未だ謎に包まれていた。 かつての師であり元刑事の安西の助言を受け、磯山は梶原が東京で犯した罪と、彼を追い詰めた過去の真相を紐解いていく。 戸籍を捨てるたびに新たな人物となり逃げ続ける男と、それを追う刑事のミステリアスな人間ドラマ。 果たして彼らが迎える結末とは──。 「【偽者】刑事・安西義信」の後日譚!

処理中です...