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究明編
鬼封じの池、微かな気配
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三人が集まるのは午後一時。その少し前に外へ出てみると、空は昨日と違って厚い雲に覆われていた。
この日から天候が崩れていき、永射さんが死亡した事件の夜には、とうとう雨が降り始めたのだという。雨が惨劇を演出していたかのように私は思ってしまった。
子どもたちは一時ピッタリに集合場所に揃っていた。虎牙くんはちょうど来たところのようだ。無頓着な人に比べれば、彼もちゃんと約束事を守る子に思える。龍美ちゃんに遅いと言われてはいたが、まあそれはお決まりというやつなのだろう。
集まった三人は、そこからどんどんと暗い森の奥深くへと進んでいく。この一帯をドイツに存在する森の呼称をとって『黒い森』という人もいるそうで、なるほどここまで来ればその呼び名も納得だと感じた。
本来は義足である玄人くんも歩き辛そうだし、義眼である虎牙くんなどは、ついていけるのが不思議なほどだ。光の陰影を脳に送り込むことで映像として認識させる……GHOSTの高い技術力は、それこそ正当な分野で用いれば役立つものもあろうに、と私はもどかしい気持ちになる。
「義足も義手も、義眼も。皆相当な努力をした上でここまで使いこなせるようになっているんでしょうけどね」
私の心中を察したように、満雀さんはそう話す。……確かに、義肢というものはつけた瞬間から思い通りに機能させられるようなものじゃないはずだ。皆、何でもない風にしているけれど、その裏にはたゆまぬ努力があったわけで。
……盈虧、か。GHOSTの望んだとおり、彼らはこんな若さで背負うのが重すぎるほどの経験をしている。
だから、その先には幸せが待っているべきだったのに。そうでなければ、満ち欠けとは言えないだろうに。
「……おー……」
龍美ちゃんが、先の光景に感嘆の声を漏らす。
私も思わず同じような声を出してしまったが、それが聞こえるのは満雀さんだけ。
その満雀さんの微笑みを見られるのも、今は私だけだ。
鬼封じの池の周囲にはぐるりと道標の碑が存在している。なるほど、これなら満雀さんも池で起きた事象を確認できるわけだ。子どもたちはしばらくこの碑への感想や考察を述べた後、ゆっくりと外周を探索し始めた。
空の光が遮られ、湿度の濃さで薄っすらと霧まで立ち込めるような場所。この世界と干渉していない私でさえ、この光景だけで息苦しいという錯覚に陥る。
こんな雰囲気のところに軍の廃墟があるというのは、出来過ぎているというか何というか……。
池を半周した辺りで、子どもたちは土壁のあたりに妙な痕跡を発見する。それは正確に言えば、土砂崩れによって何かが埋もれた跡だ。満生台には昔から地震が多かった、という話の後、虎牙くんが率先してその土壁を調べ始める。そして手触りを頼りにコンクリートらしき部分があるのを発見すると、的確なキックで覆われた土を割り落したのだった。
古びた扉……仮に私が同じ経験をしていたらまともな精神状態でいられたかどうか。
人一倍物怖じするタイプだし、姉二人には昔からそういうところを心配されていたものだ。
真澄さんの元へ帰りたい……そう思っていたときが一番気を強く持っていたな。
ならば、状況はまるで違うけれど、今も帰りたいという思いで頑張るのがベストだろう。
「ここから龍美が、怖がりながらも入ってみようと提案して中へ向かうわ。後に何があったか、具体的なところは分からないけれど――」
満雀さんは言い、それから小さく息を吐く。
すると、周囲の淀んだ空気が動いていくのを感じた。……時間が早送りになっているのだ。
「……しばらくして龍美は怯えた表情で出てきて、後の二人も彼女を追うように戻ってくるわ」
満雀さんの語った通り、まるで蹴り飛ばしたかのように勢いよく扉が開いて、そこから青ざめた顔の龍美ちゃんが出てくる。それから数秒後に、玄人くんと虎牙くんも息を切らしながら追随してきた。
三人はすっかり焦燥しきった様子で、一体ここは何なんだと口々に言い合う。混乱の渦中……しかし、やはり一番冷静なのは虎牙くんのようで、
「あれは……」
私も彼の目線を追って気付く。
黒いペンキのようなもので、廃墟の壁面に記された『八〇二』という漢数字に。
「なるほど、ここから彼らは辿り着くんですね。この廃墟が軍の施設だったことに」
「ええ、インターネットという広大な海や、身近な大人たちの知恵も借りつつね。ちなみに、虎牙はこの時点で日本軍が関連している可能性に至っているけれど」
満雀さんは見ていなさい、という風に虎牙くんの方を向いたので、私はしばらく成り行きを見守る。
すると、龍美ちゃんと二人きりになった後で、彼らは地下室で倒れていたという白骨死体について議論を始めた。
「……軍服だよ」
死体が身に着けていた服装を、虎牙くんは軍服のようだったと看破する。
目を見張る洞察力だ。事件の調査に関しても、きっと彼の寄与は大きかったのだろうと思う。
ふざけているように見えて、その実穿った見方の出来る人物……私はふと、満也さんのことが浮かんでしまった。あの人も、彼女と一緒にムードメーカーのように振る舞いつつ、実はしっかり色々と把握している。そんな感じだものな。
……彼が取り組んでいる方の動きも気になるけれど、私は私だ。真澄さんとともに、しっかりやり遂げなくちゃね。
――と。
「……ん……?」
「どうしたのかしら」
私の発した声に、満雀さんは首を傾げながら訊ねてくる。
「いや、多分動物か何かだと思いますけど……」
木々の向こうに、何かの気配がしたような。
ほんの僅か、違和感のようなものが走ったのだ。
一点を見つめる私に、
「ちょっと見てみましょう」
満雀さんはそう言って、私の見つめていた方へ向かう。
私も後を付いていき、木の裏手を確認するけれど――やはりそこには誰もいなかった。
「すみません、やっぱり気のせいですね」
「そうね。何かが動いたとしても、枝葉が風で動いたか、或いは小動物が逃げていったかでしょう。だって……」
そう、この匣庭の主は満雀さんであり、全ての存在は過去を繰り返し演じるだけの演者でしかない。
だから、私たちに気付いて逃げるような真似など、出来るはずがないのだ。
……満雀さんと同等の権限を持つような、特殊な事情でも無ければ。
この日から天候が崩れていき、永射さんが死亡した事件の夜には、とうとう雨が降り始めたのだという。雨が惨劇を演出していたかのように私は思ってしまった。
子どもたちは一時ピッタリに集合場所に揃っていた。虎牙くんはちょうど来たところのようだ。無頓着な人に比べれば、彼もちゃんと約束事を守る子に思える。龍美ちゃんに遅いと言われてはいたが、まあそれはお決まりというやつなのだろう。
集まった三人は、そこからどんどんと暗い森の奥深くへと進んでいく。この一帯をドイツに存在する森の呼称をとって『黒い森』という人もいるそうで、なるほどここまで来ればその呼び名も納得だと感じた。
本来は義足である玄人くんも歩き辛そうだし、義眼である虎牙くんなどは、ついていけるのが不思議なほどだ。光の陰影を脳に送り込むことで映像として認識させる……GHOSTの高い技術力は、それこそ正当な分野で用いれば役立つものもあろうに、と私はもどかしい気持ちになる。
「義足も義手も、義眼も。皆相当な努力をした上でここまで使いこなせるようになっているんでしょうけどね」
私の心中を察したように、満雀さんはそう話す。……確かに、義肢というものはつけた瞬間から思い通りに機能させられるようなものじゃないはずだ。皆、何でもない風にしているけれど、その裏にはたゆまぬ努力があったわけで。
……盈虧、か。GHOSTの望んだとおり、彼らはこんな若さで背負うのが重すぎるほどの経験をしている。
だから、その先には幸せが待っているべきだったのに。そうでなければ、満ち欠けとは言えないだろうに。
「……おー……」
龍美ちゃんが、先の光景に感嘆の声を漏らす。
私も思わず同じような声を出してしまったが、それが聞こえるのは満雀さんだけ。
その満雀さんの微笑みを見られるのも、今は私だけだ。
鬼封じの池の周囲にはぐるりと道標の碑が存在している。なるほど、これなら満雀さんも池で起きた事象を確認できるわけだ。子どもたちはしばらくこの碑への感想や考察を述べた後、ゆっくりと外周を探索し始めた。
空の光が遮られ、湿度の濃さで薄っすらと霧まで立ち込めるような場所。この世界と干渉していない私でさえ、この光景だけで息苦しいという錯覚に陥る。
こんな雰囲気のところに軍の廃墟があるというのは、出来過ぎているというか何というか……。
池を半周した辺りで、子どもたちは土壁のあたりに妙な痕跡を発見する。それは正確に言えば、土砂崩れによって何かが埋もれた跡だ。満生台には昔から地震が多かった、という話の後、虎牙くんが率先してその土壁を調べ始める。そして手触りを頼りにコンクリートらしき部分があるのを発見すると、的確なキックで覆われた土を割り落したのだった。
古びた扉……仮に私が同じ経験をしていたらまともな精神状態でいられたかどうか。
人一倍物怖じするタイプだし、姉二人には昔からそういうところを心配されていたものだ。
真澄さんの元へ帰りたい……そう思っていたときが一番気を強く持っていたな。
ならば、状況はまるで違うけれど、今も帰りたいという思いで頑張るのがベストだろう。
「ここから龍美が、怖がりながらも入ってみようと提案して中へ向かうわ。後に何があったか、具体的なところは分からないけれど――」
満雀さんは言い、それから小さく息を吐く。
すると、周囲の淀んだ空気が動いていくのを感じた。……時間が早送りになっているのだ。
「……しばらくして龍美は怯えた表情で出てきて、後の二人も彼女を追うように戻ってくるわ」
満雀さんの語った通り、まるで蹴り飛ばしたかのように勢いよく扉が開いて、そこから青ざめた顔の龍美ちゃんが出てくる。それから数秒後に、玄人くんと虎牙くんも息を切らしながら追随してきた。
三人はすっかり焦燥しきった様子で、一体ここは何なんだと口々に言い合う。混乱の渦中……しかし、やはり一番冷静なのは虎牙くんのようで、
「あれは……」
私も彼の目線を追って気付く。
黒いペンキのようなもので、廃墟の壁面に記された『八〇二』という漢数字に。
「なるほど、ここから彼らは辿り着くんですね。この廃墟が軍の施設だったことに」
「ええ、インターネットという広大な海や、身近な大人たちの知恵も借りつつね。ちなみに、虎牙はこの時点で日本軍が関連している可能性に至っているけれど」
満雀さんは見ていなさい、という風に虎牙くんの方を向いたので、私はしばらく成り行きを見守る。
すると、龍美ちゃんと二人きりになった後で、彼らは地下室で倒れていたという白骨死体について議論を始めた。
「……軍服だよ」
死体が身に着けていた服装を、虎牙くんは軍服のようだったと看破する。
目を見張る洞察力だ。事件の調査に関しても、きっと彼の寄与は大きかったのだろうと思う。
ふざけているように見えて、その実穿った見方の出来る人物……私はふと、満也さんのことが浮かんでしまった。あの人も、彼女と一緒にムードメーカーのように振る舞いつつ、実はしっかり色々と把握している。そんな感じだものな。
……彼が取り組んでいる方の動きも気になるけれど、私は私だ。真澄さんとともに、しっかりやり遂げなくちゃね。
――と。
「……ん……?」
「どうしたのかしら」
私の発した声に、満雀さんは首を傾げながら訊ねてくる。
「いや、多分動物か何かだと思いますけど……」
木々の向こうに、何かの気配がしたような。
ほんの僅か、違和感のようなものが走ったのだ。
一点を見つめる私に、
「ちょっと見てみましょう」
満雀さんはそう言って、私の見つめていた方へ向かう。
私も後を付いていき、木の裏手を確認するけれど――やはりそこには誰もいなかった。
「すみません、やっぱり気のせいですね」
「そうね。何かが動いたとしても、枝葉が風で動いたか、或いは小動物が逃げていったかでしょう。だって……」
そう、この匣庭の主は満雀さんであり、全ての存在は過去を繰り返し演じるだけの演者でしかない。
だから、私たちに気付いて逃げるような真似など、出来るはずがないのだ。
……満雀さんと同等の権限を持つような、特殊な事情でも無ければ。
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