上 下
33 / 86
究明編

赤目の調査

しおりを挟む
 秘密基地から戻って以降は、特に重要そうな局面もないままに時が過ぎていった。
 疲れて少し居眠りしていた時間もあるようで、匣庭は途切れ途切れに時計の針を進めていた。
 満雀さん自身も、この日はもうのんびりしているだけだと話してくれたので、私も少し休憩することに決める。
 その間も、考えるべきことはあったけれど。

「真澄さんからのメッセージは、とても大きな意味を持ちますね」
「そうね。事件の手掛かりという意味でもあるし、それに出口のないように見えた匣庭に、穴が開いていることが分かったという意味でも」
「はい。どんな方法かは分かりませんが、あっちでも全力でサポートしようとしてくれてるんでしょう。私も頑張らなくちゃ」
「ふふ、そうね……」

 真澄さんからのメッセージ。
 それはこの満生台で、WAWプログラムとは別に住民を洗脳するような計画が存在していることを知らせるもので、手掛かりは赤目にあるという。
 赤目……それは二重の意味を持つ。住民たちの目が赤く充血していたという事象。そしてもう一つは、街で普及していた通信用プログラムのレッドアイ……。

「赤い目についての調査が一番進んでいたのは、確か龍美ちゃんでしたよね?」
「そうよ。龍美が八木さんと協力して、多くの事実を掘り起こしていたわ。その全部を私が確かめられているわけではないけれど」
「二人が調べた情報がもっと分かれば、進展があるかもしれないんですけどね……」
「調査を始めたのは事件後だし、深いところまで掴んだのは多分、最終日間際よ。私も気になって動き回ってはみたけれど、事件解決に至りそうな手掛かりはついぞ手に入らなかった」

 そもそも、と満雀さんは続ける。

「八木さんがいた観測所は山の中腹あたりにあって、秘密基地とは逆方向の結構遠い場所なのよ。比較的街を自由に動ける私でも、あの辺りには近づけないから情報を得られないわけ」

 それを聞いて、私は納得する。
 道標の碑が監視カメラとして満雀さんの目になっている以上、碑が存在しないところを彼女は観測することが出来ない。誰かの家の中、山中の道から外れた所、それに観測所……匣庭の主にされているといっても、彼女が全てを知悉することは不可能だ。満雀さん自身も、ルールに縛られて閉じ込められている。
 ……全部を知ることが出来たなら、苦労なんかしちゃいない。
 代わりに耐えがたい苦痛が、彼女を容赦なく苛んだだろうけれど。

「龍美ちゃんや八木さんの行動に張りついてみても、今以上の手掛かりは難しそうですかね」
「多分……まあ、明乃さんと一緒だったら、私が確認してる場面でも新しい発見があるかも?」
「じ、自信はないですけど」

 満雀さんが散々調べ回った事柄に新視点を与えられるかと言われると、やっぱり難しいだろう。
 でも、やってみる価値がないとは言えない。

「そうね……とりあえず龍美の行動は定期的にチェックするとして、問題は八木さんね。あの人は中々観測所を出ないから。確か、早くとも次に接触するのは三日後だったはず」
「どこかで誰かに会うんですか?」
「秤屋商店というお店へ買い出しに出てるの。そこで龍美と出くわしていたわ」
「ふむふむ。じゃあ、龍美ちゃんを中心に見ていれば良さそうですね」
「私が自由な時間は、そういう方針でいきましょう」

 ということで、満雀さんがモニタを見て過ごしていた時間帯は、龍美ちゃんを追うことに決まる。
 それで何か新しい手掛かりを拾えればいいけれど。
 匣庭の時間は夜になる。イベントと言えば、杜村さんと少し他愛もない会話をしたくらいだ。
 歳の差があるとはいえ、二人の会話はかなり打ち解けたものだと思える。
 私が隣で聞いていることを意識してしまうからか、満雀さんの顔はほんのり紅潮しているように見えた。……彼女自身、本当は何か思うところがあるのかもしれない。はっきりとした形がなくとも。
 この日はこうして穏やかに過ぎた。秘密基地での一幕だけが、やはり大きなイベントだった。
 七月二十一日が終わって、暦は二十二日に移り替わる。
 魂魄だけでこの領域に入り込んでいるとはいえ、流石に疲弊していた私は、この時間に仮眠を取らせてもらうことにした。満雀さんも、眠たくなったときはきちんと寝ているとのことだったので、一緒に寝ましょうという運びになった。
 仮想体験のようなものとはいえ、数日間の経験を一日に詰め込んでいるのだから、しっかり休むことも大事だ。
 頭をシャキっとさせて、また新しい調査に乗り出さないと。

 地下室にあった予備のベッドを使わせてもらい、私は十分な休息をとった。現実でも私はこのベッドに横たわっているはずだ。
 まだ他にも余っているものはあったので、真澄さんや杜村さんもここで眠るのだろう。もう一日は越したかもしれない。
 ともあれ、匣庭の時間は次の朝へ。
 七月二十二日、この日は子どもたちが鬼封じの池を調査する日とのことだった。

「この日に子どもたちは、山深くにある鬼封じの池まで探検に行って、軍の研究所跡を発見してしまうのよね。ある意味では、そこが非日常への転換点だったのかもしれないわ」
「いきなり怪しげな廃墟を見つけてしまうんですもんね……中に入ってからも、色々と衝撃的な発見があったんでしょう?」
「私は病弱なのが理由で置いていかれてしまったけれど、ある程度の場所までは皆の行動を追えてるわ。どうも彼ら、中で白骨死体を見てしまったらしいの」
「当時の軍人さんか、或いは被験者の方……でしょうね」
「軍服と言う言葉が出てきたから、多分前者ね」

 満雀さんがそこまで確認出来ているということは、道標の碑は鬼封じの池や研究所跡まで置かれているとみていいだろう。元々の意味が慰霊だったのだからそれは自然なことだ。しかし、貴獅さんも律儀と言うべきか……八百以上ある碑の全てにきっちりカメラを設置したのには恐れ入る。その執念が、ここまで強固な領域を作ることになったわけだ。

「三人にとってみれば一大イベントだったんでしょうけど、私たちにとって真新しいものがあるかと言われれば微妙かしら。それでも、一度確認はしておく?」
「そうですね。実物を見ておいても損はないと」
「了解」

 私たちは時間を進めて、鬼封じの池へ向かう子どもたちを追ってみることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・  黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に  儚くも露と消えていく』 ある朝、 目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。 小学校六年生に戻った俺を取り巻く 懐かしい顔ぶれ。 優しい先生。 いじめっ子のグループ。 クラスで一番美しい少女。 そして。 密かに想い続けていた初恋の少女。 この世界は嘘と欺瞞に満ちている。 愛を語るには幼過ぎる少女達と 愛を語るには汚れ過ぎた大人。 少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、 大人は平然と他人を騙す。 ある時、 俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。 そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。 夕日に少女の涙が落ちる時、 俺は彼女達の笑顔と 失われた真実を 取り戻すことができるのだろうか。

【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー

至堂文斗
ライト文芸
【完結済】  野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。  ――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。  そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。  ――人は、死んだら鳥になる。  そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。  六月三日から始まる、この一週間の物語は。  そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。  彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。  ※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。   表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。   http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html   http://www.fontna.com/blog/1706/

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...