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究明編
遺されていた装置
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街の北西部から伸びる山道を、真澄と杜村は注意深い足取りで進んでいく。
時刻はもう午後八時になろうかというところ。夏の日没が遅い時期だからこそ、この時間でもギリギリ山へ入ろうとの判断を下せた。
ただし、やはり陽は落ちている時間帯であり、足元は暗い。災害によって土砂崩れが起き、木々が地面ごと崩落している場所が多いとはいっても、まだ樹木の群生地は残されている。普通なら、これくらい暗くなると誰も山には立ち入らないだろう。
「僕が言っておいて何ですが、迷わないですかね……」
「はは……まあ、大丈夫だろう。一応道も方角も覚えてはいるから、ちゃんとついてきてくれれば」
杜村は何だかんだで悪路を歩くのに慣れている様子だ。対して真澄は、こういうところを歩く経験などあまり無かったために進みが遅くなる。そのため先導する杜村に、何度も待ってもらう羽目になった。
「す、すいません」
「気にしないで。こういう道を歩くのは大変だよ」
「いやあ、本当に……」
足や目の不自由な子どもたちが、さほど労せずここを往復していたのは凄いなと、真澄は感嘆せざるを得なかった。……いや、自分の体力が無いだけなのだろうが。
そんなこんなで、山道に入ってから十五分ほど。映像でも見た分岐路の名残が目に入る。倒木が多く、雑草も伸び放題で六年前とは大違いだが、それでも進むべき方向は辛うじて分かった。
「あとはこっちへ行くだけだね」
平然と話す杜村と、息を切らしながら頷く真澄。その対比は印象的だ。
助けに来たと恰好をつけた以上、情けないところはあまり見せたくなかったが、こればかりはどうしようもなかった。
「……あそこだ」
杜村が、前方を指し示す。鬱蒼とした森の中、その一帯は確かに拓かれていて、月の光が地面まで注いでいた。
その光景を見て、二人ともあっと声を上げる。何故なら、秘密基地はほとんどその形を保ったままそこにあったからだ。
「奇跡的だな……」
上部から木々が倒れてきたような痕跡はある。ただ、それらはしっかりと張られた蚊帳と、そしてテントによって防がれていた。テントの骨組みはややひしゃげていたが、蚊帳を張った内側はほぼ被害が無いと言ってもよい状態なのだった。
二人は早速、蚊帳をくぐって基地の中へ入る。地震によって椅子などは散乱しているが、機械の破片などが飛び散っている様子はない。
恐る恐る、テントのドアパネルを開けてみる。漫画や小説などの書籍にボードゲーム、大きなものではクーラーボックスなどが置かれていて、それらは元あったところからはかなり動いているようだ。
そして、一際目を引くのがダンボール箱の数々。真澄が蓋を開けて確かめてみると、中にはパソコンや機械のパーツなどが綺麗な状態で残されていた。
「……ありましたよ!」
「本当かい?」
真澄の言葉に杜村もそばまで寄ってきて、現物を確認するとほっとしたように笑顔を見せる。
「ああ……収穫があって良かった。これで何もかも無くなっていたら、凄くショックだっただろうから」
「手掛かりというだけじゃなくて、子どもたちの思い出なわけですもんね」
それがほとんど完全な状態で残されていたことは、杜村の心を幾らか救うことになったのかもしれない。
「僕がこんな思いを抱いても仕方がないんだろうけど……それでもね。とにかく、良かったよ」
「ええ。……少し重たいですが、この機材を持って帰ることにしましょう」
「力仕事なら任せてよ。雑用も結構やってたからさ」
そう言って杜村は、自分の腕をばんと叩いた。
大して体つきに違いがあるわけではないのだが、というのは言わず、真澄は微笑だけを返す。
少しだけ、心の棘が抜けたようだ。そんな風に思いながら。
ダンボール箱にして実に四箱分――ただしパソコンの箱は薄く軽いので実質三箱か――を二人で抱えて山を下りる。行きも中々恐怖があったものの、やはり荷物が増えた分帰りの方が怖いと真澄は感じた。杜村が重い箱を二つ持ってくれてはいたが。
静かな夜。これが六年前であれば、とても穏やかで快い街だと思えたのだろう。
けれど、この静けさの持つ意味は違う。生者の消えた、街と呼べなくなった場所ゆえの静けさ。
「……満生台が、再び『街』になる日は来るでしょうかね」
「さて……それは最早僕の了見ではないし、GHOSTもそうなんだろう。組織は手を引いた。残骸だけが残された。後は誰かの思いに委ねられるだけ、なんじゃないかな」
「願わくば、正しい理念を持つ誰かによって、復興を果たしてほしいものです」
「……そうだね。それを願うよ」
杜村は、空に上る月を細目で見やりながら、そう呟いた。
辺りがすっかり闇に包まれる頃になって、二人はようやく病院まで帰り着く。非常用の電気を病院入口の蛍光灯を点けるのに回していたため、暗がりでも目指すところは視認出来た。
こうした設備の応用も、満雀を守っていくために時間をかけて覚えたのだと杜村は言う。
「おかげで君たちが来てくれるまでの日々を繋げた。諦めないことは大事だと実感してる」
「ええ。頑張っても駄目なことは確かに存在はするでしょう……だけど、諦めないことでその可能性を限りなくゼロにしていける。そういうものなんだと」
今回の事件もまた、それと同じであることを真澄も杜村も祈った。
時刻はもう午後八時になろうかというところ。夏の日没が遅い時期だからこそ、この時間でもギリギリ山へ入ろうとの判断を下せた。
ただし、やはり陽は落ちている時間帯であり、足元は暗い。災害によって土砂崩れが起き、木々が地面ごと崩落している場所が多いとはいっても、まだ樹木の群生地は残されている。普通なら、これくらい暗くなると誰も山には立ち入らないだろう。
「僕が言っておいて何ですが、迷わないですかね……」
「はは……まあ、大丈夫だろう。一応道も方角も覚えてはいるから、ちゃんとついてきてくれれば」
杜村は何だかんだで悪路を歩くのに慣れている様子だ。対して真澄は、こういうところを歩く経験などあまり無かったために進みが遅くなる。そのため先導する杜村に、何度も待ってもらう羽目になった。
「す、すいません」
「気にしないで。こういう道を歩くのは大変だよ」
「いやあ、本当に……」
足や目の不自由な子どもたちが、さほど労せずここを往復していたのは凄いなと、真澄は感嘆せざるを得なかった。……いや、自分の体力が無いだけなのだろうが。
そんなこんなで、山道に入ってから十五分ほど。映像でも見た分岐路の名残が目に入る。倒木が多く、雑草も伸び放題で六年前とは大違いだが、それでも進むべき方向は辛うじて分かった。
「あとはこっちへ行くだけだね」
平然と話す杜村と、息を切らしながら頷く真澄。その対比は印象的だ。
助けに来たと恰好をつけた以上、情けないところはあまり見せたくなかったが、こればかりはどうしようもなかった。
「……あそこだ」
杜村が、前方を指し示す。鬱蒼とした森の中、その一帯は確かに拓かれていて、月の光が地面まで注いでいた。
その光景を見て、二人ともあっと声を上げる。何故なら、秘密基地はほとんどその形を保ったままそこにあったからだ。
「奇跡的だな……」
上部から木々が倒れてきたような痕跡はある。ただ、それらはしっかりと張られた蚊帳と、そしてテントによって防がれていた。テントの骨組みはややひしゃげていたが、蚊帳を張った内側はほぼ被害が無いと言ってもよい状態なのだった。
二人は早速、蚊帳をくぐって基地の中へ入る。地震によって椅子などは散乱しているが、機械の破片などが飛び散っている様子はない。
恐る恐る、テントのドアパネルを開けてみる。漫画や小説などの書籍にボードゲーム、大きなものではクーラーボックスなどが置かれていて、それらは元あったところからはかなり動いているようだ。
そして、一際目を引くのがダンボール箱の数々。真澄が蓋を開けて確かめてみると、中にはパソコンや機械のパーツなどが綺麗な状態で残されていた。
「……ありましたよ!」
「本当かい?」
真澄の言葉に杜村もそばまで寄ってきて、現物を確認するとほっとしたように笑顔を見せる。
「ああ……収穫があって良かった。これで何もかも無くなっていたら、凄くショックだっただろうから」
「手掛かりというだけじゃなくて、子どもたちの思い出なわけですもんね」
それがほとんど完全な状態で残されていたことは、杜村の心を幾らか救うことになったのかもしれない。
「僕がこんな思いを抱いても仕方がないんだろうけど……それでもね。とにかく、良かったよ」
「ええ。……少し重たいですが、この機材を持って帰ることにしましょう」
「力仕事なら任せてよ。雑用も結構やってたからさ」
そう言って杜村は、自分の腕をばんと叩いた。
大して体つきに違いがあるわけではないのだが、というのは言わず、真澄は微笑だけを返す。
少しだけ、心の棘が抜けたようだ。そんな風に思いながら。
ダンボール箱にして実に四箱分――ただしパソコンの箱は薄く軽いので実質三箱か――を二人で抱えて山を下りる。行きも中々恐怖があったものの、やはり荷物が増えた分帰りの方が怖いと真澄は感じた。杜村が重い箱を二つ持ってくれてはいたが。
静かな夜。これが六年前であれば、とても穏やかで快い街だと思えたのだろう。
けれど、この静けさの持つ意味は違う。生者の消えた、街と呼べなくなった場所ゆえの静けさ。
「……満生台が、再び『街』になる日は来るでしょうかね」
「さて……それは最早僕の了見ではないし、GHOSTもそうなんだろう。組織は手を引いた。残骸だけが残された。後は誰かの思いに委ねられるだけ、なんじゃないかな」
「願わくば、正しい理念を持つ誰かによって、復興を果たしてほしいものです」
「……そうだね。それを願うよ」
杜村は、空に上る月を細目で見やりながら、そう呟いた。
辺りがすっかり闇に包まれる頃になって、二人はようやく病院まで帰り着く。非常用の電気を病院入口の蛍光灯を点けるのに回していたため、暗がりでも目指すところは視認出来た。
こうした設備の応用も、満雀を守っていくために時間をかけて覚えたのだと杜村は言う。
「おかげで君たちが来てくれるまでの日々を繋げた。諦めないことは大事だと実感してる」
「ええ。頑張っても駄目なことは確かに存在はするでしょう……だけど、諦めないことでその可能性を限りなくゼロにしていける。そういうものなんだと」
今回の事件もまた、それと同じであることを真澄も杜村も祈った。
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