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究明編

電子認証とマイクロチップ

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 時は少し遡る。
 過去の映像を確認し続けていた真澄は、満雀視点の映像で三日目の秘密基地集合のシーンに注目していた。
 杜村もその存在は知っていたが、実際に訪れたことまではないという。子どもの秘密に大人は立ち入らない方が良い、と自分から話題に出すこともなかったようだ。
 映像が医療センター内の満雀の元へ送信されている以上、関係者に見られる可能性があるのは子どもたちも認識していたことだろう。けれど、お互いに暗黙の了解というか、線引きはしっかりしていたようだ。

「杜村さんは、子どもたちがEME装置の作成と電波の送受信に熱心だったことまで知っていたんですか?」
「そういうことをやっているらしい、というのはね。満雀ちゃんがそれとなく話してくれたことも何回かはあったから。でも、満雀ちゃん以外に基地で遊んでる時点の映像を見る可能性があったのは僕くらいだし、貴獅さんや羊子さんはEMEのこと、知らなかったんじゃないかなあ」
「杜村さん以外が映像を見る可能性がない……と言うと」
「この地下室で満雀ちゃんのお世話をするのは僕の役割だったんだ。セキュリティ的にもその方がいいと言われてね。……君もここへ来るまでに気付いたと思うけれど、地下室へ入るためには本来、堅牢なセキュリティを突破しないといけなくてね」

 真澄は地下にやって来てからの道筋を思い返していた。
 真っ直ぐ伸びる廊下の先、地下室に辿り着くまでには三つの扉が存在していて、何かを認証するためのパネルが取り付けられていたはずだ。
 関係者全員が通行パスでも持っているのかと深く考えなかったが、それだと扉が三枚もある理由が分からない。
 ならば、と真澄は仮説を立てる。

「……もしかして、それぞれ別の人が?」
「そう。正式な手順で地下室へ入るには、三つの扉の電子認証を突破しなくてはならないし、解除出来る人間は全員違う。だからこそ、計画に関わっている人物がシステムを乗っ取ろうとしても、一人だけじゃここまで来られなかったはずなんだよ」
「しかし、恐らくWAWプログラムは乗っ取られていた。もしかしたら、ここに来ずとも外部から乗っ取れたのかもしれませんが……」
「いや、犯人はここへ来たことだろう。今だから話すけれど、僕にはそう思うに足る事実があるから」
「それは……?」

 真澄が促すと、杜村は小さく溜め息を吐き、それから自身の右腕を左手で指差した。

「扉のロックを解除するには、マイクロチップによる認証が必要なんだ。そしてチップは、対象者の腕に埋め込まれていた」
「腕に……ですって?」
「ああ、勿論スペアなんてものもなく、データの複製も不可能だった。だから、普通であればマイクロチップを埋め込んだその人物たちが集まって、一つずつロックを解除するしかないわけだけど」
「ちょっと、待ってください」

 真澄は驚愕の表情で杜村を見つめる。
 杜村の語ろうとしている事実が、事件の構造を理解するにあたってかなり重要なものであるのは間違いなかった。
 三つの認証。三人の解除者。
 そして、連続殺人事件の犠牲者の数――。

「つまり……こういうことですね? 当時起きた連続殺人事件は、犯人がWAWプログラムの中枢であるこの地下室へ入るために、鍵となるマイクロチップを奪う目的で起こしたものだったと……」
「事件後、僕はその可能性に思い至ったし、君と事件について話す内に確信がますます強まったよ。マイクロチップを腕に埋め込んでいた人物……つまり永射さん、優亜ちゃん、貴獅さんの三人が相次いで殺されてしまったわけだから。犯人は殺害した三人からマイクロチップを奪い、それを使って最終日に地下室へ辿り着いたんだろう」

 だとすれば、犠牲となった個々人に対する私怨などではなく。
 あくまでも計画を進める中で処理しなくてはならない障害だったというのか。
 そのために、三人は命を奪われてしまった……。

「……でも、引っかかることがあります。杜村さんがここで災害を回避したのなら、犯人だってここにいれば生きたまま計画を乗っ取れたんじゃないかと思うんですよ。けれどここには満雀さん以外、誰もいなかったんですよね?」
「うん。結果として僕と満雀ちゃん以外の人物は全員死亡が確認されている。当然ながら、地下室に犯人がいて、僕が外へ運んだとかもない。もしも遭遇出来ていたら、こんな風に頭を悩ませることもなかったんだからね。犯人はここにやって来た上で脱出し、災害に巻き込まれてしまったと考えなければならない……」
「無いとは思いますが、ハッキングに失敗したなんてことは」
「マイクロチップを奪ってまでここに来る犯人だ。そこで躓くことは逆に想像出来ないよ。それに、計画に邪魔が入ったからこそWAWプログラムは袋小路の匣庭になってしまったんだと思う」
「……なるほど。成否がどうあったかを僕が論じるつもりはないですが、まあ邪魔が入ったと考える方が蓋然性は高そうですね」

 真澄は微かに首を振り、そう言ってから、

「それで、杜村さんはこのセキュリティの例外だったというわけですか?」
「厳密には、僕と貴獅さんだけがロックを解除する別手段……つまり暗証番号を知っていた。もちろん、暗証番号の存在は誰にも伝えずにね。満雀ちゃんの生命を維持するために、僕らだけは緊急で入室することが可能だったんだ」
「実際に暗証番号を使う機会はほぼなかったんでしょうね」
「使用時には貴獅さんのスマートフォンに連絡がいくようになっていたし、当たり前だけど好き勝手出来るわけじゃなかったよ。結局のところ、貴獅さんと一緒に入室したり、様子を見るよう指示されて入ることしかなかった。最後の日以外は」

 二〇一二年八月二日。全てを有耶無耶にする災害が発生したその時、杜村に与えられた『例外』は彼自身を守ることになったのだ。

「そも、僕は装置のシステムを書き換えたりするようなプログラミング知識は持ち合わせてなかったからさ。満雀ちゃんからの信頼が厚かったことと、知識の無さ……この二つが暗証番号を持てた理由だと思う」
「プログラミングの知識……か。犯人がこの装置にどういう細工をしたのか、今もまだ細工は機能しているのか……そういうところも気になりますね」
「そうだね……調べて分かることならいいんだけど」

 杜村は眉をひそめる。彼の力ではこの六年、解き明かすことが出来なかった謎だ。

「とは言え、僕もプログラミングに明るいわけではないですし、こういうことは遠隔で誰かに依頼するのも難しいからなあ……」

 真澄は困り顔で頭を掻いた。流石に仲間へ指示を出して解析するというのは、離れた場所からは出来なさそうだ。

「素人でも分かることが何かあれば……いや、それなら杜村さんが気付いているか」
「買い被られると困るけど、そうだなあ。僕も今まで全力で調べてはきているからね」

 彼に出来る努力は既にしてきている。後は、新しい視点がどう機能するか、或いは新たな動きがもたらされるか。
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