この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗

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究明編

もう一つの計画

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「……実際、義肢や補助具が欠かせなかった人はどれくらいいたんでしょう」

 時刻も午後六時を過ぎ、地上は暗くなり始めただろう頃。
 真澄は瞼を擦る杜村に、そんなことを訊ねてみた。
 長時間の確認で目が疲れたために、記録映像の点検は中断している。
 休憩がてらの情報共有だった。

「そうだね……玄人くんたち然り、ハンディキャップを持った人たちを積極的に誘致はしていたけど、GHOSTは始めから満生台に出資していたわけではないし、流石に全員がそういう人たちだった、なんてことはないよ。瓶井さんのような地元住民もそれなりにいたし、最先端の医療設備に期待して、今は健康でも安心したままでいられるようにと移住してきた人もいた。多分……割合にして三割か四割ほどだったんじゃないかな」

 ただ、と双太さんは付け加える。

「地元住民や当初は健康だった人でも、後から何らかの施術を受けた例はあった。例を挙げると、河野理魚ちゃんという女の子とかかな。あの子はここで生まれているけど、先天的に声帯に異常があって、上手く喋ることが出来なかったんだ。大きな病院にかかることも出来ず、そのままでいたんだけど、GHOSTが治療を申し出てね。もちろんそれは裏のあるものだったんだけど」
「治療と称した実験だった、と?」
「僕も詳しくは聞いていないんだけどね。どうも組織は取り付ける人口声帯に何か細工をしていたとか……」

 年端もいかない少女に対し、救うといいながらその実人体実験を行うとは。
 これまでもGHOSTの悪行は数多く見聞きしてきたが、真澄はまた胸が痛むのを感じた。

「その子はどうなったんです?」
「どうも施術は失敗してしまったのか、声が出るようにならなくなったばかりか、理魚ちゃんは時折夢遊病のように徘徊するようになってしまってね。その時本人に意識はないようだったし、怖いのは目撃者によると徘徊中の彼女は目が赤くなっていたらしくてね……」
「目が、赤く?」

 真澄は驚きのあまり上ずった声を上げた。
 杜村は神妙な面持ちで頷き、

「ああ。単なる充血程度じゃなく、白目の部分がほぼ全て真っ赤というような感じでね。満生台に残る伝承になぞらえて、彼女は鬼の祟りで狂ってしまったという人もいたくらいだ」

 真澄が詳しく聞かせてほしい、と求めたので、杜村は満生台に伝わる三鬼の話を簡潔に説明した。
 そして、最終的にはそれが先刻説明した802部隊に繋がるということも。
 真澄は杜村の説明を聞き終わると、一つ小さな溜め息を漏らした。

「……なるほど。解釈的に、赤い満月というのは見ている人間の方に異常があったと考えるのがしっくりきそうですね。軍の電波実験が影響し、被験者や周辺住民の目に異常が出たと……満雀さんのご友人たちはそんなところまで調べ上げられていたんだな」
「そのあたりは龍美ちゃんがよく調べ抜いていた。多分、最終的には僕よりも深いところまで真実を突き止められていたと思うけれど、もうそれを知る術もない」

 死者の魂から証言を集めて事件を調べることが出来れば、どれほど楽だろう。
 真澄はふいにそんなことを思ったが、それは期待してはいけないことだ。
 彼らの囚われた魂を解放すること。そのためにこそ、自分たちはやってきている。
 囚われていなければ良かったのになんて、都合の良いことを思うわけにはいかない。

「……しかし、杜村さん。戦時中の実験と、河野理魚という少女の異常と、そこに共通点があるということは薄々勘付くこともあったんじゃないですか? 彼女の夢遊病や赤目という症状は、何らかの電波に起因しているものでは、と」
「……思わないではなかったよ」

 そう言いながらも、杜村は首を振った。

「でも、そんなはずはないと否定していたんだ。だって、WAWプログラムそのものには人間の行動に干渉するような目的なんてなかったはずだから」
「それを杜村さんが知らされていなかった可能性は?」
「ない……と信じている。百パーセントとは言い切れないけどさ。貴獅さんの目的はあくまで満雀ちゃんを救うことだったんだから、人を洗脳するなんて実験をする意味がないんだよ」

 けれど、と杜村は小さく呟く。

「あの日……電波塔が稼働する八月二日は、何かがおかしかった。街の人達の言動はどこか違和感があって、それにその目は確かに充血しているように見えて……」
「……だとすれば、杜村さん。僕はこう考えるしかないと思うんですが、どうでしょう。満生台では、WAWプログラムの他にもう一つ、人を洗脳するためという目的の別計画が動いていた、と」

 長い沈黙。
 一分ほどは続いたかとも思えるその静寂の後、杜村は……ゆっくりと頷いた。

「有り得るのは、それくらいだと思う。そして、だとすれば計画を知っていたのは恐らく……」

 真澄も同じ人物を思い浮かべていたが、杜村の言葉を待った。

「永射孝史郎。街の実権者でありもう一人のGHOST構成員である、あの人だったんじゃないだろうか」
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