20 / 86
究明編
もう一つの計画
しおりを挟む
「……実際、義肢や補助具が欠かせなかった人はどれくらいいたんでしょう」
時刻も午後六時を過ぎ、地上は暗くなり始めただろう頃。
真澄は瞼を擦る杜村に、そんなことを訊ねてみた。
長時間の確認で目が疲れたために、記録映像の点検は中断している。
休憩がてらの情報共有だった。
「そうだね……玄人くんたち然り、ハンディキャップを持った人たちを積極的に誘致はしていたけど、GHOSTは始めから満生台に出資していたわけではないし、流石に全員がそういう人たちだった、なんてことはないよ。瓶井さんのような地元住民もそれなりにいたし、最先端の医療設備に期待して、今は健康でも安心したままでいられるようにと移住してきた人もいた。多分……割合にして三割か四割ほどだったんじゃないかな」
ただ、と双太さんは付け加える。
「地元住民や当初は健康だった人でも、後から何らかの施術を受けた例はあった。例を挙げると、河野理魚ちゃんという女の子とかかな。あの子はここで生まれているけど、先天的に声帯に異常があって、上手く喋ることが出来なかったんだ。大きな病院にかかることも出来ず、そのままでいたんだけど、GHOSTが治療を申し出てね。もちろんそれは裏のあるものだったんだけど」
「治療と称した実験だった、と?」
「僕も詳しくは聞いていないんだけどね。どうも組織は取り付ける人口声帯に何か細工をしていたとか……」
年端もいかない少女に対し、救うといいながらその実人体実験を行うとは。
これまでもGHOSTの悪行は数多く見聞きしてきたが、真澄はまた胸が痛むのを感じた。
「その子はどうなったんです?」
「どうも施術は失敗してしまったのか、声が出るようにならなくなったばかりか、理魚ちゃんは時折夢遊病のように徘徊するようになってしまってね。その時本人に意識はないようだったし、怖いのは目撃者によると徘徊中の彼女は目が赤くなっていたらしくてね……」
「目が、赤く?」
真澄は驚きのあまり上ずった声を上げた。
杜村は神妙な面持ちで頷き、
「ああ。単なる充血程度じゃなく、白目の部分がほぼ全て真っ赤というような感じでね。満生台に残る伝承になぞらえて、彼女は鬼の祟りで狂ってしまったという人もいたくらいだ」
真澄が詳しく聞かせてほしい、と求めたので、杜村は満生台に伝わる三鬼の話を簡潔に説明した。
そして、最終的にはそれが先刻説明した802部隊に繋がるということも。
真澄は杜村の説明を聞き終わると、一つ小さな溜め息を漏らした。
「……なるほど。解釈的に、赤い満月というのは見ている人間の方に異常があったと考えるのがしっくりきそうですね。軍の電波実験が影響し、被験者や周辺住民の目に異常が出たと……満雀さんのご友人たちはそんなところまで調べ上げられていたんだな」
「そのあたりは龍美ちゃんがよく調べ抜いていた。多分、最終的には僕よりも深いところまで真実を突き止められていたと思うけれど、もうそれを知る術もない」
死者の魂から証言を集めて事件を調べることが出来れば、どれほど楽だろう。
真澄はふいにそんなことを思ったが、それは期待してはいけないことだ。
彼らの囚われた魂を解放すること。そのためにこそ、自分たちはやってきている。
囚われていなければ良かったのになんて、都合の良いことを思うわけにはいかない。
「……しかし、杜村さん。戦時中の実験と、河野理魚という少女の異常と、そこに共通点があるということは薄々勘付くこともあったんじゃないですか? 彼女の夢遊病や赤目という症状は、何らかの電波に起因しているものでは、と」
「……思わないではなかったよ」
そう言いながらも、杜村は首を振った。
「でも、そんなはずはないと否定していたんだ。だって、WAWプログラムそのものには人間の行動に干渉するような目的なんてなかったはずだから」
「それを杜村さんが知らされていなかった可能性は?」
「ない……と信じている。百パーセントとは言い切れないけどさ。貴獅さんの目的はあくまで満雀ちゃんを救うことだったんだから、人を洗脳するなんて実験をする意味がないんだよ」
けれど、と杜村は小さく呟く。
「あの日……電波塔が稼働する八月二日は、何かがおかしかった。街の人達の言動はどこか違和感があって、それにその目は確かに充血しているように見えて……」
「……だとすれば、杜村さん。僕はこう考えるしかないと思うんですが、どうでしょう。満生台では、WAWプログラムの他にもう一つ、人を洗脳するためという目的の別計画が動いていた、と」
長い沈黙。
一分ほどは続いたかとも思えるその静寂の後、杜村は……ゆっくりと頷いた。
「有り得るのは、それくらいだと思う。そして、だとすれば計画を知っていたのは恐らく……」
真澄も同じ人物を思い浮かべていたが、杜村の言葉を待った。
「永射孝史郎。街の実権者でありもう一人のGHOST構成員である、あの人だったんじゃないだろうか」
時刻も午後六時を過ぎ、地上は暗くなり始めただろう頃。
真澄は瞼を擦る杜村に、そんなことを訊ねてみた。
長時間の確認で目が疲れたために、記録映像の点検は中断している。
休憩がてらの情報共有だった。
「そうだね……玄人くんたち然り、ハンディキャップを持った人たちを積極的に誘致はしていたけど、GHOSTは始めから満生台に出資していたわけではないし、流石に全員がそういう人たちだった、なんてことはないよ。瓶井さんのような地元住民もそれなりにいたし、最先端の医療設備に期待して、今は健康でも安心したままでいられるようにと移住してきた人もいた。多分……割合にして三割か四割ほどだったんじゃないかな」
ただ、と双太さんは付け加える。
「地元住民や当初は健康だった人でも、後から何らかの施術を受けた例はあった。例を挙げると、河野理魚ちゃんという女の子とかかな。あの子はここで生まれているけど、先天的に声帯に異常があって、上手く喋ることが出来なかったんだ。大きな病院にかかることも出来ず、そのままでいたんだけど、GHOSTが治療を申し出てね。もちろんそれは裏のあるものだったんだけど」
「治療と称した実験だった、と?」
「僕も詳しくは聞いていないんだけどね。どうも組織は取り付ける人口声帯に何か細工をしていたとか……」
年端もいかない少女に対し、救うといいながらその実人体実験を行うとは。
これまでもGHOSTの悪行は数多く見聞きしてきたが、真澄はまた胸が痛むのを感じた。
「その子はどうなったんです?」
「どうも施術は失敗してしまったのか、声が出るようにならなくなったばかりか、理魚ちゃんは時折夢遊病のように徘徊するようになってしまってね。その時本人に意識はないようだったし、怖いのは目撃者によると徘徊中の彼女は目が赤くなっていたらしくてね……」
「目が、赤く?」
真澄は驚きのあまり上ずった声を上げた。
杜村は神妙な面持ちで頷き、
「ああ。単なる充血程度じゃなく、白目の部分がほぼ全て真っ赤というような感じでね。満生台に残る伝承になぞらえて、彼女は鬼の祟りで狂ってしまったという人もいたくらいだ」
真澄が詳しく聞かせてほしい、と求めたので、杜村は満生台に伝わる三鬼の話を簡潔に説明した。
そして、最終的にはそれが先刻説明した802部隊に繋がるということも。
真澄は杜村の説明を聞き終わると、一つ小さな溜め息を漏らした。
「……なるほど。解釈的に、赤い満月というのは見ている人間の方に異常があったと考えるのがしっくりきそうですね。軍の電波実験が影響し、被験者や周辺住民の目に異常が出たと……満雀さんのご友人たちはそんなところまで調べ上げられていたんだな」
「そのあたりは龍美ちゃんがよく調べ抜いていた。多分、最終的には僕よりも深いところまで真実を突き止められていたと思うけれど、もうそれを知る術もない」
死者の魂から証言を集めて事件を調べることが出来れば、どれほど楽だろう。
真澄はふいにそんなことを思ったが、それは期待してはいけないことだ。
彼らの囚われた魂を解放すること。そのためにこそ、自分たちはやってきている。
囚われていなければ良かったのになんて、都合の良いことを思うわけにはいかない。
「……しかし、杜村さん。戦時中の実験と、河野理魚という少女の異常と、そこに共通点があるということは薄々勘付くこともあったんじゃないですか? 彼女の夢遊病や赤目という症状は、何らかの電波に起因しているものでは、と」
「……思わないではなかったよ」
そう言いながらも、杜村は首を振った。
「でも、そんなはずはないと否定していたんだ。だって、WAWプログラムそのものには人間の行動に干渉するような目的なんてなかったはずだから」
「それを杜村さんが知らされていなかった可能性は?」
「ない……と信じている。百パーセントとは言い切れないけどさ。貴獅さんの目的はあくまで満雀ちゃんを救うことだったんだから、人を洗脳するなんて実験をする意味がないんだよ」
けれど、と杜村は小さく呟く。
「あの日……電波塔が稼働する八月二日は、何かがおかしかった。街の人達の言動はどこか違和感があって、それにその目は確かに充血しているように見えて……」
「……だとすれば、杜村さん。僕はこう考えるしかないと思うんですが、どうでしょう。満生台では、WAWプログラムの他にもう一つ、人を洗脳するためという目的の別計画が動いていた、と」
長い沈黙。
一分ほどは続いたかとも思えるその静寂の後、杜村は……ゆっくりと頷いた。
「有り得るのは、それくらいだと思う。そして、だとすれば計画を知っていたのは恐らく……」
真澄も同じ人物を思い浮かべていたが、杜村の言葉を待った。
「永射孝史郎。街の実権者でありもう一人のGHOST構成員である、あの人だったんじゃないだろうか」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
泉田高校放課後事件禄
野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。
田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。
【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
ミノタウロスの森とアリアドネの嘘
鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。
新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。
現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。
過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。
――アリアドネは嘘をつく。
(過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる