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究明編
こちら側で出来ること
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機械装置の駆動音が絶え間なく聞こえ続ける地下室。
その中央に横たわる眠り姫の隣に、もう一人眠りにつく者が増えていた。
余っていた布を敷き、急ごしらえで用意されたベッド。
その上で瞳を閉じる彼女の意識は今、現実世界と乖離した信号領域へと飛び込んでいるのだった。
「……何というか、奇妙な縁を感じるよ。またしても日下さんの力を借りることになるとはね」
「日下さんも本望だと思います。救おうとしたのに救えていなかった領域なわけですから」
杜村の魂魄を分割し、領域に送ることで解決が出来ると考えていた日下敏郎。
けれど結果的に問題は解決せず、それを彼が知ることはなかった。
もしも未解決でいることを知ったのなら、彼は引き続き対処に努めたはずだ。
そういう人物であっただろうことを、真澄は疑っていなかった。
「鈴音町に残っていたこの装置は、かつて魂魄の操作に用いられていたものからある程度効果を抑制したものだということです。ヴァルハラ、という装置のことをご存知かと思いますが、その力を限定したものですね」
「日下さんが製作したものの、その危険さから使用不能としたものだったか。君の口ぶりからすると、ヴァルハラについても決着がついたんだね」
「ええ、彼の息子とも言える少年によって」
数奇な運命に巻き込まれ、数々の犠牲の上それに打ち克った少年。
過去すらも塗り替えることになったその人物、桜井少年についてもやはり、GHOSTの上層部は重要人物として警戒を強めているらしい。
彼も自身が注目される存在だとは意識しているようだが、どうも相方のような少女――表面上は否定しているが――に振り回されており、オカルトの気配がある場所にはよく同行させられるのだとか。
少女――名は刀城というそうだ――の身はちゃんと案じているため、嫌々ながらも彼女を決して一人にはしない。そんな関係がずっと続いているようだった。
「ヴァルハラは桜井くんが日下さんの遺志を汲んで破壊しましたが、この装置だけは組織への対抗手段として残し、僕たちに貸与してくれました。この満生台で装置を使い、事件を終息させるということについても応援してくれています」
「日下さんの息子、か。その子にも感謝しないといけないな……本当に」
いつか会って直接お礼を言ってくださいと、真澄は笑いかけた。
「さて……こうして明乃を信号領域へ送り込むことには成功したわけですが、ここからが本番です。明乃には杜村さんがやろうとしていたように、領域内の問題を解決してもらわないといけない。つまり、満雀さんが答えと呼べるものを見つけて、領域を終わらせなくては」
「事前知識としてある程度のことは共有を図ったけれど……僕自身も全てを知っているわけじゃないからね。領域の中で実際に色々と見ていくことが、やっぱり解決の一番の近道だろうと思う」
「ただ、こちらは手をこまねいているだけ、というわけにもいきません。可能であればこちらでも推理を続けて、情報を何とか領域に持ち込めればと考えてはいるんですが……」
そこで真澄はちらと装置を見やった。
「やはり干渉は難しいんでしょうかね」
「ここにある装置では……恐らく」
杜村は姿勢を変え、前屈みになって腕を組む。
「原理を説明しておくと、この装置は満雀ちゃんを主とした信号領域をエネルギー変換し、街の中央にあるモノリスから電波塔へ照射、その電波塔が街全体にエネルギーを拡散するとともに、いずれ他の場所でも同様の領域が出来れば、その領域とのリンクを可能にする仕組みも構築されていた。今現在、そんな場所は他にないから領域は鎖された世界になっているけれど」
「となると、現状はあくまで信号領域を構築するためだけの装置になっているわけですか」
「ああ。さっきも言った通り、GHOSTはいずれ行き来可能な技術を確立させようとはしているはずだけど、現時点では良い案が出ていない」
だから、と杜村は続ける。
「領域から発せられる信号を読み取るくらいが関の山の、単方向なものに留まっているというわけだ」
「ふむ……」
「可能性があるとしたらむしろ、君たちが持ってきた装置の方かも。構築されている信号領域がこの現実世界と極めて近似したものかつテクスチャのようにズレた次元に張りつけられたものならば……明乃さんの魂魄を操作して領域内へ送り込めたように、他の何かを送信することも出来るかもしれない」
「明乃は過去の事件で適性があったというのはありますが……でも、その可能性は確かに考えてみてもよさそうですね」
情報を領域内へと飛ばし、それこそ残留思念をキャッチするようにでも認識出来れば。
現実世界からも事件解決への寄与は可能となる。
「それが出来ると前向きに考えて、僕たちも事件の推理を進めていきましょう」
「そうだね。特に、君という来訪者の新しい視点が解決に光明を与えることを期待するよ」
杜村がそう言うと、真澄は照れるでもなく真剣な眼差しで、任せてくださいとばかりに一つ頷いた。
その中央に横たわる眠り姫の隣に、もう一人眠りにつく者が増えていた。
余っていた布を敷き、急ごしらえで用意されたベッド。
その上で瞳を閉じる彼女の意識は今、現実世界と乖離した信号領域へと飛び込んでいるのだった。
「……何というか、奇妙な縁を感じるよ。またしても日下さんの力を借りることになるとはね」
「日下さんも本望だと思います。救おうとしたのに救えていなかった領域なわけですから」
杜村の魂魄を分割し、領域に送ることで解決が出来ると考えていた日下敏郎。
けれど結果的に問題は解決せず、それを彼が知ることはなかった。
もしも未解決でいることを知ったのなら、彼は引き続き対処に努めたはずだ。
そういう人物であっただろうことを、真澄は疑っていなかった。
「鈴音町に残っていたこの装置は、かつて魂魄の操作に用いられていたものからある程度効果を抑制したものだということです。ヴァルハラ、という装置のことをご存知かと思いますが、その力を限定したものですね」
「日下さんが製作したものの、その危険さから使用不能としたものだったか。君の口ぶりからすると、ヴァルハラについても決着がついたんだね」
「ええ、彼の息子とも言える少年によって」
数奇な運命に巻き込まれ、数々の犠牲の上それに打ち克った少年。
過去すらも塗り替えることになったその人物、桜井少年についてもやはり、GHOSTの上層部は重要人物として警戒を強めているらしい。
彼も自身が注目される存在だとは意識しているようだが、どうも相方のような少女――表面上は否定しているが――に振り回されており、オカルトの気配がある場所にはよく同行させられるのだとか。
少女――名は刀城というそうだ――の身はちゃんと案じているため、嫌々ながらも彼女を決して一人にはしない。そんな関係がずっと続いているようだった。
「ヴァルハラは桜井くんが日下さんの遺志を汲んで破壊しましたが、この装置だけは組織への対抗手段として残し、僕たちに貸与してくれました。この満生台で装置を使い、事件を終息させるということについても応援してくれています」
「日下さんの息子、か。その子にも感謝しないといけないな……本当に」
いつか会って直接お礼を言ってくださいと、真澄は笑いかけた。
「さて……こうして明乃を信号領域へ送り込むことには成功したわけですが、ここからが本番です。明乃には杜村さんがやろうとしていたように、領域内の問題を解決してもらわないといけない。つまり、満雀さんが答えと呼べるものを見つけて、領域を終わらせなくては」
「事前知識としてある程度のことは共有を図ったけれど……僕自身も全てを知っているわけじゃないからね。領域の中で実際に色々と見ていくことが、やっぱり解決の一番の近道だろうと思う」
「ただ、こちらは手をこまねいているだけ、というわけにもいきません。可能であればこちらでも推理を続けて、情報を何とか領域に持ち込めればと考えてはいるんですが……」
そこで真澄はちらと装置を見やった。
「やはり干渉は難しいんでしょうかね」
「ここにある装置では……恐らく」
杜村は姿勢を変え、前屈みになって腕を組む。
「原理を説明しておくと、この装置は満雀ちゃんを主とした信号領域をエネルギー変換し、街の中央にあるモノリスから電波塔へ照射、その電波塔が街全体にエネルギーを拡散するとともに、いずれ他の場所でも同様の領域が出来れば、その領域とのリンクを可能にする仕組みも構築されていた。今現在、そんな場所は他にないから領域は鎖された世界になっているけれど」
「となると、現状はあくまで信号領域を構築するためだけの装置になっているわけですか」
「ああ。さっきも言った通り、GHOSTはいずれ行き来可能な技術を確立させようとはしているはずだけど、現時点では良い案が出ていない」
だから、と杜村は続ける。
「領域から発せられる信号を読み取るくらいが関の山の、単方向なものに留まっているというわけだ」
「ふむ……」
「可能性があるとしたらむしろ、君たちが持ってきた装置の方かも。構築されている信号領域がこの現実世界と極めて近似したものかつテクスチャのようにズレた次元に張りつけられたものならば……明乃さんの魂魄を操作して領域内へ送り込めたように、他の何かを送信することも出来るかもしれない」
「明乃は過去の事件で適性があったというのはありますが……でも、その可能性は確かに考えてみてもよさそうですね」
情報を領域内へと飛ばし、それこそ残留思念をキャッチするようにでも認識出来れば。
現実世界からも事件解決への寄与は可能となる。
「それが出来ると前向きに考えて、僕たちも事件の推理を進めていきましょう」
「そうだね。特に、君という来訪者の新しい視点が解決に光明を与えることを期待するよ」
杜村がそう言うと、真澄は照れるでもなく真剣な眼差しで、任せてくださいとばかりに一つ頷いた。
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