この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗

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究明編

事件の再考②

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「あ――ごめんなさい。私たちもWAWプログラムにおける最終目的については同意見なんです。でも、他にも色々と気にかかることはあるので……とにかく、今は事件のおさらいを続けましょうか。次は第二の事件でしたね」
「分かったわ。第二の事件は永射が殺された四日後、七月二十八日の深夜に起きた。病院の看護師だった早乙女優亜が永射邸跡で殺害され、翌朝発見されたの。跡といったのは、この前日に邸宅が火事で全焼していたからね。組織側の証拠隠滅だと思っているけれど」
「ふむ……状況からすればそうでしょうね。そして、早乙女優亜さんもまたGHOSTに属する人間だったと……」
「ええ、そうよ」

 GHOSTについて説明する手間が省けているのはとても有難い。父やその周囲の人間が属していたあの組織の活動内容を一から説明するとしたら、幾度となく耳を疑われることは間違いないだろうから。

「永射の場合は水死だったけれど、早乙女さんの事件は誰がどう見ても他殺……その死体は腹部を斬り裂かれ、壁一面に血の手形が残されていたの。ここに至って警察を呼んでいないことに批判の声が上がるのだけど、その時にはもう電話が繋がらない状態で、外部との連絡がとれなくなっていた」
「貴獅さんも意地になっていた、ということでしょうか」
「装置の起動を果たすところまで持っていければそれで自分の勝ち、と思っていたでしょうから。街の人はほとんどが健常者ではなかったし、逃げられることもないと考えていたんでしょう」

 実際、逃げ遂せた者はいなかったはずだ。
 最終的にWAWプログラムは実行に移されて、私たちは今ここに囚われている。

「そして八月二日……待ち望んでいた運命の日に、父は第三の犠牲者となった。けれど、多分それでも良いとすら思っていたんじゃないかしら。定刻になった装置が起動しさえすれば、肉体的な死に意味は無くなるという認識でいたのだとすれば……」

 たとえ自らの体が死しても、すぐにまた生き返ることが出来る。
 いや、こう換言した方がいいだろうか。肉体という檻から解放されるのだと。

「じゃあ、装置は定刻になったら起動するように設定されていたってことなんですかね? その詳しい仕組みまでは私たちも掴めてはいなくて……」
「私も技術的なところはさっぱり。けれど、現に信号領域が構築されているのなら装置は起動したということになるわ」
「……ですね」

 ただ、疑問を差し挟む余地は確かにある。
 もしも装置が自動でなかった場合、起動前に殺された父には装置をどうすることも出来なかったのではないか……と。

「装置……つまり信号領域を発生させるための起動スイッチは、一体どこにあったんでしょう? 私は最初、電波塔の周辺にあるものかと思ってましたけど、ここを訪れてみると、まるで……」
「ここが全ての中枢に見える……でしょう?」

 明乃さんはその問いかけに、こくりと頷いた。

「私もそう考えているわ。これだけの機械装置が、私の命を繋ぐためだけに存在するとはとても思えないもの。その証拠に、あの壁一面に取り付けられているのはモニタなのよ……友人の一人が答えに辿り着いた、監視カメラのね」
「監視カメラ……」

 明乃さんが壁面に目を向け、そのまましばらくまじまじとモニタを眺めていた。私は一度数えたことがあるが、モニタの数は縦横十個ずつで計百個。一つのモニタのほぼ全てがそれぞれ八箇所の映像を映すことが出来、例外として九箇所のモニタが二つだけある……つまり。

「この満生台を八百二の地点から観測することが出来る、言わば監視者の瞳……というところよ」
「確か、この満生台には道標の碑というものが存在したということでしたけど、じゃあ」
「その通り。GHOSTは道標の碑をしれっと改造して、監視カメラにしてしまったの」

 道標の碑そのものは、別にGHOSTが用意したものではない。私もこれまでに街で語られ、友人たちが暴いてきた事実が全てだという認識ではいる。
 満生台がまだ三鬼村だった頃に作られた負の遺産。GHOSTは罰当たりにもそれを改造してしまったというわけだ。まあ、彼らの方がよほど霊の世界に詳しいというのが皮肉な話だが。

「実は、他の場所でも同じような話がありました。鴇島という場所で起きたGHOST絡みの事件なんですが……首謀者は特定の人物に、島の様子をずっと見ていてほしかったために監視カメラを設置したらしいんです。今回の場合は、この監視カメラがどんな役割を果たしているのか……」
「父が街の人物の動きを監視するため、というそのままの意味しか持ちえないんじゃないかしら?」
「まあ、その可能性は高いんでしょうけどね」

 それでも、他の可能性もありえると明乃さんは言いたげだ。
 ……あるとしたら、どんな可能性? たとえば、今彼女が口にしたのと同じような……?

「……くっ……!」

 瞬間、頭に針を刺したような痛みが生じる。
 まるで、考えること自体を拒絶するような容赦ない痛み……。

「だ、大丈夫ですか!?」
「ええ……平気。ちょっと頭痛がしただけ」

 けれど、こんな頭痛も本当に久々な気がする。
 この痛みは……もしかしたら真実へ近づいていることの証左なのではないだろうか。

「このモニタを見ていたのが、父じゃなかったとしたら……か」

 振り返ってみると、今日から最終日である八月二日に至るまで、父がここにやって来たのは数えるほどしかない。このループが起きる以前に利用していた可能性もあるが、逆に計画が間近に迫って使わなくなるというのもしっくりこない。
 だとすれば、モニタの映像はここに長くいなければいけない人間……つまり、私が一番見ていたことになる……。

「一日のやるべきことが終わって、ここへ戻って来た後、私が心細く感じないようにとこれを設えた? いや、流石にそこまで過保護な人じゃないと思うのだけど……」

 意見を求めて明乃さんの方を見ると、彼女はまた難しそうな表情で俯いていた。私の視線に気付くと、彼女は曖昧に笑う。

「ええと……どうなんでしょうね。過保護じゃないとは言い切れなさそうだなあとは、私は思いますけど」
「あら、私の父のことなのに、どこか知った風ね」
「ごめんなさい、これも事前に聞いている情報があったので……少なくとも久礼貴獅さんは、満雀さんのことを大切にしていたんだと」
「……大切に、ね」

 私にとって父は、いつも仏頂面で不愛想な人物というイメージでしかなかった。
 あの人の笑顔を見たのなんて、それこそループよりも前……どれくらい昔のことだろう。
 けれど、まあ。そこまで遡るのならば確かに。
 あの人は私の喜怒哀楽に合わせて豊かな反応を浮かべていたような気はするけれど……。

「ところで明乃さん。事前の情報というのを何度か聞いたけれど、そろそろ話の主導を一度そちらへ渡してもいいかしら?」
「ああ……そうですね。私がどうして、どうやってここまでやって来たか。この辺りできちんと説明しておくことにします」

 GHOSTだけでなく満生台のことにも詳しく、私の父についての情報すら持っている。そんな彼女のことを、ここで一旦聞いておくべきだろう。

「実は、私たちが満生台という存在に辿り着いたのは貴方のお父さん、貴獅さんの論文からでした。私たちはとある人物から論文の情報を入手し、その著者について調べていくことにしたんです――」
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