この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗

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究明編

事件の再考①

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 一日目の夜が明け、七月二十日がやってくる。
 長い、本当に長い間変わらなかったこの日常に、今ようやく変化が生じていることを、私は嬉しく思った。
 彼女が何者で、どんな風にここへやって来たのかはさておき、この来訪は僥倖の一言に尽きる。
 私はこの糸に、縋りつかなくてはならない。

「……なるほど。事前の情報で簡単に頭には入れましたけど、そんな恐ろしい事件が立て続いたんですね」

 冷たい地下室で、彼女は母が座っていた椅子に腰かけている。父はパイプ椅子を使うが、母の方はしっかりとした作りの肘掛椅子だったので、私がそちらを使うよう勧めたのだ。
 時刻は七時前。どうせ一日が切り替わる時間だったからと、私はここに戻って朝を迎えることを提案した。彼女――光井明乃さんも特に反対することなく、むしろこの世界がどういう仕組みなのかを積極的に知りたいようなので、大人しくついてきてくれた。
 あまり突っ込んだ話は聞けなかったが、彼女自身もこのような世界に閉じ込められたことがあるらしく、周囲の人物によって救い出されることになったのだとか。そんな過去の経験がきっかけで、回り回って私を――というより満生台を救う、という大それた行動に出てくれたらしい。
 大勢いる仲間のうち、一番信頼している人物も一人、待機してくれていると話していたが、そのときの表情だけで浅からぬ関係であることは明白だった。素敵な人なんでしょうね、という言葉に、彼女はそうなんですと惚気て見せた。全く、羨ましい限りだ。
 私も、乙女らしい考えは抱いたこともある。でも、人との繋がりの中で、恋愛という関係性があまりしっくりとこない。普通は龍美と虎牙のように、クラスメイトに恋したりすることが多そうだが、私は友情という繋がりしか見出せなかった。
 そう……あえて言うなら私の心はもう、子どもではなくなってしまっているのだし……。

「……大丈夫です?」
「あ――うん。問題ないよ」

 いけない、いけない。イレギュラーな事態に、思考も脱線してしまいがちになる。
 今は事件についての情報共有を図っているのだから、余計なことは考えないようにしなければ。

「一応おさらい。まず、第一の事件は七月二十四日……今から四日後ね。この日、永射孝史郎が電波塔稼働について最後の説明会を開いた。彼はそのまま人目につかない場所へと向かい、恐らく誰かと接触、或いは連絡を取ろうとしていたところ、何者かに川へ突き落され殺害されてしまった。翌朝になって玄人が水死体を見つけるのだけど、父はこれを事故として処理してしまう。実際、この一件だけだと判断が付き難いのはそうだけど、あの人はどう考えても外部の介入を嫌がっていた」
「久礼貴獅さんですね。……お父さんの計画、或いは所属なんかについて、満雀さんはどこまで把握してたんですか?」
「そうね、始めのうちは私も純粋無垢な娘でしかなかったわ。父のやろうとしていたこと、その一割も分かっていない状態。けれど、この匣庭がループするようになって、何度も何度も事件が、陰謀が繰り返されるうちに、大抵のことは理解したつもり」

 それから私は、出来る限り簡潔にWAWプログラムの全容や父の経歴を明乃さんに語った。訝しがられることも多いかと思っていたのだが、意外にも彼女は私の話を丸ごと受け止め、そのまま受け入れてくれた。
 ……まあ、こんな世界へ飛び込んできてくれるほどの人物なのだ。非現実な事象には慣れ切っているのだろう。

「要するに父はそのWAWプログラムを完遂するために外部の人間を排除しようと努めていた。そも、同じ組織に属していて計画の主導者であった永射が最初に殺害されてしまったのだから、余計に自分が何とかしなければと思ったのでしょう。絶対に止められてはいけない。自らの悲願のために」
「……その目的も、満雀さんは既に?」

 僅かな躊躇いがあったものの、明乃さんはそう訊ねてきた。目的……改めて問われると迷いなく肯定し難いが、私の考えている答え以上にしっくりくるものはないはずだ。

「満生台に住む人間が、現実の肉体ではなく魂だけで生活の出来る仮想空間を作り出す……それによって心身に不自由を抱える者が真に解放され、満ち足りた生活が可能になると、父はそう確信していたんだわ」
「……なるほど」

 明乃さんは私の言葉に、肯定も否定も返してはこなかった。けれどほんの微か、憐憫のような表情が浮かんだのを私は見逃さなかった。
 ……彼女にはまた、別の考えがあるのだろうか。
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