この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗

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究明編

最後の二週間

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「簡単に事情を説明した上で、電波塔や関連する設備をざっと見ていった日下さんは、一つの仮説を立てた。信号領域の主である満雀ちゃんを含めた構成員のほとんどが、変わらない日常を求めており、細かな要素の一つ一つは補えたとしても、人ひとりを創造して補うことまでは出来ないために、領域をスタートさせる条件が満たされないままでいるのではないか……と」
「換言すれば、一つの魂魄が領域に入ってしまえば、条件が整うため領域は始動する。その魂魄とはずばり、災害を生き残った杜村さん自身だった」
「そうだ。僕が信号領域に入れば世界は動き出す。後は彼女が目覚めるべく、中で発生している問題を洗い出して解決すればいい……はずだった。実際、日下さんもその筋立てには同意してくれて、魂魄分割で『半心』を送り込み、片割れが生命維持に努めながらもう片方が心を救うのがいい、と背中を押してくれたんだ」

 これでようやく、長い苦難の日々が終わる。杜村はそこで一先ず安堵したという。
 ……ところが、信号領域は予想外の事態に陥った。

「僕は魂魄分割の施術を受け、無事に分かたれた魂魄を領域内へ送り込むことに成功した。そして、領域に動きが発生するのも観測出来たんだ。後は頑張るんだよとエールをくれて、日下さんはまた旅立った。だけど……満雀ちゃんはずっと眠り続けたままだった」

 一体全体、問題はどこにあるのか。自分は何を見落としているのか。杜村は苦悩した。そこで、領域の状況を観測する装置を調べて、はたと気付いたのだ。
 領域が、一定の間隔で同じ動きを繰り返していることを。

「事ここに至って、僕は確信した。起動した領域が全く変わらない日々を繰り返している事実を。周期は二週間……そうさ、この小さな匣庭は、貴獅さんが装置を起動して、満雀ちゃんを主と定義した七月十九日から、信号領域を発生するスイッチが押された八月二日までの、記録された二週間を繰り返すようになってしまったんだ」

 通常、信号領域内の魂魄は、強度こそ主に劣るものの、思考を操作されることまではない。主が創り出した領域を、散歩するように動き回ることが可能であった。明乃自身、家族が記憶世界の中で各々の意思の下、行動していくのを見守っていたことがある。
 だが、満生台に形成された信号領域は訳が違った。WAWプログラムによって極限まで精度を高められた上、主従関係の魂魄ほぼ全てが、共通する思想を持っていた。
 それが『満ち足りた暮らし』。彼らはこの場所での変わらない日々を大なり小なり望んでおり、増幅された願いはルールとして領域を閉ざしたのだ。
 杜村の分かたれた魂は、分かたれていたからこそ主従に取り込まれ、世界のルールにもまた取り込まれてしまったようだった。

「恐らく、装置がもっと早くに起動していれば……もっとまともな、平穏そのものの日々が選定されて繰り返されていたのかもしれない。いや、完璧な成功だったなら、過去を繰り返すことすら無かったのかも。何にせよ、領域は装置起動後の二週間をループさせた。日常が非日常へ、平和が混沌へ転がり落ちていく、あの二週間をね」
「満生台最後の二週間、ですか。僕たちはまだ連続殺人があった、としか聞かされていませんが……とても一息には説明できないことでしょうね。自分たちの事件だってそうだ」

 杜村は頷く。あの二週間に起きた数々の事件は、それこそ伝えようとしても上手く伝えきれない、辛く苦しい、光無き道のりだった。
 そして匣庭は今も、その出口の見えない二週間を無限に続けている。

「でも……解法もそこにあると、僕は考えている。領域を構成する人々の望みによって、ループは引き起こされているわけだけど、満ち足りた暮らし、変わらない日常という望みの他に、事件の解決もまた定義されているのではないか。あの日何が起き、自分たちはどうなったのか。分からないものをハッキリとさせて、綺麗な形で二週間の先を迎えたい……少なくとも満雀ちゃんはループを抜け出すべく頑張っているだろうし、操り人形状態の人たちにだって、どこかで感じるものはあるはずなんだ」

 真実を知り、受け入れて、先へ進むこと。
 何事にも、その段階はきっと必要だ。
 多くの人に、その『先』が残されていないにせよ……このままで在ることの歪さを、おかしいと感じる瞬間もあるのではないか。
 世界がそれをすぐさま修正するとしても。

「私自身も過去の事件で、迷いの中領域が生み出されてしまって、わがままを押し通したせいで家族を傷つけてしまった。でも……その家族の優しさで、最後には自分なりの『答え』を見つけることができて、長い眠りから目覚められたんです。領域は、それがもう必要ないと認識された瞬間に、役目を終えて消えていくものでもあるんじゃないでしょうか」

 まるで、シミュレータを終わらせる終了ボタンのように。
 もうこれで大丈夫、と前に踏み出せたのなら……領域はシャットダウンする。
 その表現はなるほど言い得て妙かもしれない、と真澄は思った。

「六年前、満生台で起きた事件の真相は何なのか。……難題ですが、この三人で解決できることを、僕は信じています」
「……真澄くん」

 杜村は声を詰まらせ、それを隠すように小さく咳をした。そして照れ笑いを浮かべてから、

「僕も、君たちになら全幅の信頼を置ける。いや、もう君たちにしか頼れないんだ。どうか、匣庭の中に囚われ続けている彼女を……救い出してほしい」
「……はい、必ず」

 真澄と明乃は、杜村の目を真っ直ぐに見つめ、頷く。
 それは杜村が歩んできたこの六年間で、最も胸の熱くなる瞬間であった。
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