この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗

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究明編

匣庭の少女

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 凍り付いた世界。
 胸が痛くなるほどの夕焼けに、この世界は染められたまま静止している。
 梢の一つ、そよぐ葉の一つさえ、そのままの形で止まり。
 住む人々もまた、営みの最中を切り取った写真のように硬直しているのだった。
 何度目のループかは、既に覚えていない。数えることも馬鹿馬鹿しくなって久しい。
 昔ならばもっと、心動かされる光景だったのだろうか――と考える。

「もう、歳かしらね」

 そんな冗談を言い、独りで哂ってからすぐに空しくなる。
 この体はいつまでも十五歳のまま、成長を止めているというのに。
 心もまた、この世界と同じく巻き戻り、繰り返したのなら。
 老いたように摩耗することもなかったのだろう。
 いや、最早老いるよりも酷い有様か。

「さて……」

 鈍った体をゆっくりと動かして、私は街並みを歩いていく。
 見知った顔ぶれ。あちらはさして関りを持たないとしても、こちらはより多くのことを知っている。
 そんな住民たち。
 世界はほとんど誤差なく、同じ二週間を繰り返すけれど、違う時間、違う場所を覗き込めば、他者より沢山のことを知れた。
 つまり、ある意味で私は、二週間の世界のほぼどこにでも存在できることになる。……ループ前に眠っていて、意識のなかった時間を除いては。

「綺麗な夕焼けね。この瞬間を、玄人が山の中腹で見ている。龍美は病院へ行く道中だし、虎牙はその病院で検診を受けてるところ」

 誰が何をしているところか、もう大体は覚えてしまった。始まりの瞬間は印象的だし、だからこそ念入りに調査を行った時間帯でもある。
 ……やっぱり、考えてしまうのは彼らのこと。どれだけ心が擦り切れても、縋ってしまうのは気の置けない仲間たちだ。
 信用ならない親よりも、頭の中を占めている時間は多くて当然だった。
 そう――最も信用ならないのは、父親だ。彼こそが私を苦しめることになった元凶の一つだとは、既に分かっている。
 仲間たちが二週間の内に暴こうとした計画は、この無限の匣庭に生きる私にしっかりと伝わっていた。
 まあ、彼らは私を心配させまいとあえて距離を取っていたわけだが、特異な状況下にある私には関係がなかった。
 私は皆の織り成すドラマのような日々を、傍観者として眺め続けていた。

「WAWプログラム……」

 父親である久礼貴獅が主導となり、満生台で進められた計画。現実世界の別テクスチャとして魂魄のみが存在できる世界を構築し、そこで住民たちが『満ち足りた暮らし』を送れるようにするという、狂気の計画だ。
 非科学的なことこの上ないが、裏社会で暗躍する組織に支えられ、構築された理論を下に、父は計画を完遂した。その結果が――どういうわけか、このループする世界だった。
 時間の歪曲。魂魄という常識の埒外の存在を扱うのだから、いくら理論付けしようとイレギュラーは発生するものだろう。
 この匣庭化現象は、父にとっても組織にとっても想定外のはずだ。
 もしもこれが成功だというのなら、父は喜んで私や母に成果を報告するに違いない。だが、実際はどうだ。あの人自身もまたループに巻き込まれ、同じ二週間を繰り返すだけに成り果てている。
 全く、笑えない話だ。
 他の住民たちも等しくループしているために、私が頼れる人間はいない。
 この境遇を語ろうとも、言葉はノイズに搔き消され、誰にも届かない。
 閉ざされ、変化を拒む『記録』のような世界。
 幾度も繰り返す内、こう考えてしまってはお終いだ、というような仮定は出たものの……やはり私は、諦められなかった。
 ここで築いた幸せを、僅かでも未来に繋ぎたいと。

「そう、私は諦めない」

 現実が斯様に過酷でも。
 光明が未だ見えているのなら、絶対に。
 その一心で、私も再び繰り返される世界の一員となる。
 そのための、歩みを進める。
 満生総合医療センター、私の存在する場所。
 扉を擦り抜け、地下へと向かい、厳重にロックされた長い廊下を抜けて。
 巨大な機械装置が幾つも設置され、ケーブルがまるで血管のように張り巡らされた異様な部屋へと辿り着く。
 中央に置かれた大きなベッド。機械装置は全て、このベッドに――正確にはそこで眠る者へと接続される。
 ならば、私は――。

「……ふう」

 一つ息を整え、腰を下ろす。それから緩やかに体を倒して……ベッドに横たわった。
 瞬間、電流が走るような感覚とともに、世界は揺らぐ。
 堰き止められていた水が、流れ出すように。
 止まっていた時間が、また変わらず動き始める。

 ――体調はどうだ、満雀。

 始まりを告げる、最初の台詞が聞こえた。
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