この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗

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究明編

GHOSTの系譜

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「話がWAWプログラムまで到達したことだし、ここで僕の経歴も合わせて計画の概要を話させてもらうとするよ。GHOSTは実のところ、一九八五年頃から信号領域を研究の対象とするかどうか検討していたらしい。組織自体が一九八〇年に出来ているから、割と早い段階でのことだ」
「仲間が何とか探り出しましたが、九命会という名称だったとか」
「……よく調べられたね」

 これも仲間同士の情報共有があってこそだ。特に、二〇一六年に鈴音町で発生した事件の関係者たちがもたらした情報は大きかった。
 九という数字をGHOSTは象徴的に扱っているという……。

「僕たちが出張っている今も、別に動いている仲間は結構います。なので、こちらもしっかりと役目は果たさなければ」
「……全く、頭が上がらない」

 心からの言葉なのだろう、杜村の声色と仕草からそれを感じられた。

「ともかく、魂魄を主軸としながら信号領域にもアタリをつけていた組織は、一九八九年にいよいよ研究を開始。翌一九九〇年には閉鎖間際だった児童養護施設を実験の場に選び、丸ごと買収した。それが盈虧院だ。魂魄の構造を解明するにあたって、なるべく純粋な被験者が必要ということで、まだ生まれて間もない幼子を手中に収めようとしたのさ」
「魂魄ゲノムは先天的に決定されているものらしいですが、やはり変化するものもあると?」
「その辺りはまだ結論付けられてはいないようだけれど、少なくとも当時は手探りなわけだから。ノイズは出来るだけ除去したい、という思惑だったんだとね」

 GHOSTの非情な思惑の下、盈虧院の子供たちは自らも与り知らないところで管理されるようになっていた……陰謀論者が嬉々として飛びつきそうな、恐ろしい歴史だ。

「こうして表社会では孤児を護り育てるという慈善的な活動を行いながら、実態としては施設の子どもたちを中心に人体実験を繰り返していた。降霊術、ゲノム解析、魂魄分割に人造魂魄。はは……笑い飛ばしたくなるような言葉の数々だけど、そのどれもをGHOSTは成してしまった。信号領域の分野も徐々にコストをかけるようになっていき、一九九五年には組織をGHOSTと正式に命名した上で、創始者が『魂魄部門』と『領域部門』という二つにセクション分けを行ったんだ。魂魄部門は降霊術や霊体の固着手法、及び魂魄そのものの構造分析。領域部門は信号領域や魂魄の発する電気信号の解析、再現が主な対象になってる。前者は比較的小規模な実験が可能だったけれど、後者は領域という広い範囲を取り扱う都合上大規模になりがちで、実行に移すのには慎重な立案が必要だったようだ」

 真澄たちがこれまで関わってきたのは魂魄部門に係る事件であった。彼らは今回初めて、大規模な実験とされる領域部門の事件に携わることになるのだ。

「WAWプログラム……正確にはそのプロットとなる霊磁ネット計画が立案されたのは二〇〇三年のこと。最初は小規模な孤児のコミュニティで領域を構築できるか試そうとしていたようだけれど、組織内の二人の人物を舵取りに据え、実験範囲をもっと大きくすると方針変更されたらしい。その内の一人は、前年に親からその地位を継いだという永射孝史郎……この街のトップ的人物だね。そしてもう一人は、何故か非公表にされている」
「久礼氏は、そのときはまだ?」
「ああ。彼が論文を著したのは二〇〇七年で、同年にGHOSTへ入組しているから時系列が合わない。身内のコネがあったわけでもないしね。当時既に相応の地位にあった人物なんだろうけど、流石に僕では知る由もないよ」

 二〇〇三年の時点で、永射孝史郎並みに権力のあった者。杜村に見当がつかないのであれば、外野である真澄や明乃にも当然分かるはずがないことだ。
 しかし、そのような人物がいたという事実だけでも、一つの情報にはなる。

「組織が満生台に目を付けたのは確か二〇〇五年。この場所を薦めたのも謎の人物Xだったようだけど、果たしてどう選定したのやら。少なくとも人口二百人前後でインフラも充実しているニュータウン、というのは条件として申し分ない場所だったろう」
「それに、牛牧高成氏もかなり苦心していた頃でしょうしね」

 自らの理想――悔いというべきか――のため造り上げてきた街。しかし頼る当てのない戦いは、勝ち目のないものに違いなかった。
 圧倒的な資金不足により、満生台復興のリーダーであった牛牧高成は、苦肉の策としてGHOSTへの身売りを決定してしまったのだ。

「実際、現実的な部分だけを見るとGHOSTの条件は破格だったみたいだ。医療センターだけでなく牛牧さん個人が背負った負債まで綺麗にし、街の運営も彼の意見を取り入れつつ、病や怪我で苦しむ人たちが『満ち足りた暮らし』を送れるよう尽力する……流石に彼も、頷くしかなかっただろうね」

 ただ、と杜村は続ける。

「そこに一つ、インフラの設置や更新等については一任させてもらうという条件があった。牛牧さんは……というか、一般人はそれに隠された真意なんて掴めるはずもないけれど、組織にとってはこの一点が非常に重要だったわけだ」
「信号領域を研究、実証するにおいて一番大事なものが、電気通信等の設備だから……」
「その通り」

 霊の世界を知らない一般人にとっては、インフラの充実などむしろ願ったり叶ったり、悪い部分などないと考えるのが普通だろう。だからこそGHOSTは、善意の第三者である牛牧高成を丸め込むことに成功したのである。

「そして二〇〇七年に街を買収し、信号領域を生み出す装置の着手にも難なく漕ぎ出すことが出来……WAWプログラムは展開されていったんだ」

 そこから二〇一二年の大災害に至るまで、期間にして実に五年。たった五年で全ては積み上がり、そして崩壊したということか。
 計画で得られたものがGHOSTにとってプラスであったかマイナスであったかなど、真澄たちにとっては無価値だった。ただ、この計画で命を弄ばれた者たちの存在が、あまりにも空しい。
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