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究明編
二〇一八年の夏
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二〇一八年八月一日。
その日の空もまた、六年前と同じく雨雲が過ぎ去った後の好天を見せてくれていた。満生台跡に注ぐ陽光は、草に、水に、そして朽ちた建物に反射して煌めく。
かつては方々から注目を集めていた先端医療の街、満生台。けれどもその地は、今となっては見る影もない災厄の地と成り果てていた。
古くからこの地に住んでいた者の木造住宅のみならず、移住者の建てた鉄筋コンクリート造の家屋や街の最重要施設である医療センターまでもがその姿を留められずに崩れ落ちている。まるで人類が死に絶えた後の荒廃した世界……そう形容したくなるような光景からも、この場所で如何に悲惨な災害が起きたのかが容易に理解できるのだった。
半分より上階が失われ、骨組の剥き出しになった満生総合医療センター跡。窓枠に僅かながら残ったガラスもくすみ、今も駐車場は飛び散ったガラス片がキラキラと光を反射している。コンクリートを割って成長した雑草は力強く伸び、湿りを帯びた風に靡いていた。
その、医療センター跡の地下。誰にも知られることなく造られていた空間には今、四人の男女が。一人の男は椅子に腰かけ、一人の女は眠り、残る二人の男女は身を寄せ合って立つ。何もかもが死に飲み込まれたはずの場所で、それはまさに奇跡の邂逅と呼ぶべきものであった。
「――君たちの噂は僕の耳にまで入っているよ。遠野真澄くん、そして光井明乃さん」
使い古された眼鏡をくいと上げ、青年は二人に言葉を投げかける。今年で三十歳を迎える彼はしかし、その境遇ゆえだろう、もっと年老いて見えた。
「それは……ありがたいとは言えないでしょうけどね」
名を呼ばれた二人のうち、男性の方――遠野真澄はそう言って苦笑する。するとすぐ、女性の方――光井明乃も、
「逆にGHOSTは手強すぎます。杜村双太という名前も、久礼貴獅経由で何とか拾えたくらいですから」
と、同じように苦笑した。
「僕の場合は、その努力に対してありがとうと感謝しなければならない。……本当に」
瘦せこけた青年――杜村双太は弱々しく笑みを浮かべる。嘘偽りのない笑顔ではあったが、それはここに至るまでの辛苦でいつ消え失せてもおかしくないほどに儚いものだった。
そして、残る一人。機械装置だらけの無機質な部屋に一つだけ据え付けられたベッドで、静かに横たわる眠り姫。
久礼満雀……あの大災害の中生き残ったもう一人の人物こそが、事件の中心地ともいえる少女なのだった。
「ふふ。お互い、大抵の事情は分かっているでしょうが……まずは認識の共有を図るべきでしょうか」
「そうだね。自己紹介も一応必要かな」
数奇な運命の下、歩む道を交わらせた者たちは、情報だけでは埋められないもののために、今一度過去を語らうこととする。
用意された椅子へ静かに腰掛け、まず真澄が言葉を紡ぎ始めた。
「では簡潔に僕たちから。僕と明乃の二人は、過去に起きたGHOST絡み……まあ正確に言うと首謀者は無関係ですが、その事件に巻き込まれて降霊術という超常現象を知り、またGHOSTという組織についても知るようになりました」
「私にとっては家族を喪うことになって、私自身も色んな人を傷つけてと、心を深く抉られたような事件でしたけど……それをきっかけとして開いた道があったからこそ、無かったことにはできないものです」
降霊術。死者の魂を呼び戻すという非科学的な儀式。世間一般の人間に話したとて、果たしてどれだけの人間が真摯に受け止めるだろう。恐らくは九十九パーセント以上の人々が、一笑に付すのではないか。
だが、その術は実在した。遠野真澄と光井明乃、他にも多くの少年少女たちが、非現実を目の当たりにし、或いは自らの手で創り上げ、その術がもたらす悲劇と戦うことになったのだ。
Genetic Hazard Observation Structure……遺伝危機監査機構。その頭文字を取りGHOSTと呼ばれるその組織は、名称の通り表向きは生物や植物の遺伝について調査したり、また各種事業への投資活動を行っていたりという成果を公表――ただしそれすらネット検索でも殆どヒットしないほど情報操作されている――しているが、その裏では先述の降霊術や、或いは魂魄そのものに対する研究、実験を行っていた。
そんな領域に踏み込むなど、神に挑戦するかのような所業であろうが、GHOSTは目覚ましいと言っていいほどの成果を上げていた。降霊術の手法は確立され、魂魄が持つゲノム構造を把握し、更には魂魄を人工的に創り出すという、それこそ神を冒涜するような技術にまで辿り着いたのだ。
その日の空もまた、六年前と同じく雨雲が過ぎ去った後の好天を見せてくれていた。満生台跡に注ぐ陽光は、草に、水に、そして朽ちた建物に反射して煌めく。
かつては方々から注目を集めていた先端医療の街、満生台。けれどもその地は、今となっては見る影もない災厄の地と成り果てていた。
古くからこの地に住んでいた者の木造住宅のみならず、移住者の建てた鉄筋コンクリート造の家屋や街の最重要施設である医療センターまでもがその姿を留められずに崩れ落ちている。まるで人類が死に絶えた後の荒廃した世界……そう形容したくなるような光景からも、この場所で如何に悲惨な災害が起きたのかが容易に理解できるのだった。
半分より上階が失われ、骨組の剥き出しになった満生総合医療センター跡。窓枠に僅かながら残ったガラスもくすみ、今も駐車場は飛び散ったガラス片がキラキラと光を反射している。コンクリートを割って成長した雑草は力強く伸び、湿りを帯びた風に靡いていた。
その、医療センター跡の地下。誰にも知られることなく造られていた空間には今、四人の男女が。一人の男は椅子に腰かけ、一人の女は眠り、残る二人の男女は身を寄せ合って立つ。何もかもが死に飲み込まれたはずの場所で、それはまさに奇跡の邂逅と呼ぶべきものであった。
「――君たちの噂は僕の耳にまで入っているよ。遠野真澄くん、そして光井明乃さん」
使い古された眼鏡をくいと上げ、青年は二人に言葉を投げかける。今年で三十歳を迎える彼はしかし、その境遇ゆえだろう、もっと年老いて見えた。
「それは……ありがたいとは言えないでしょうけどね」
名を呼ばれた二人のうち、男性の方――遠野真澄はそう言って苦笑する。するとすぐ、女性の方――光井明乃も、
「逆にGHOSTは手強すぎます。杜村双太という名前も、久礼貴獅経由で何とか拾えたくらいですから」
と、同じように苦笑した。
「僕の場合は、その努力に対してありがとうと感謝しなければならない。……本当に」
瘦せこけた青年――杜村双太は弱々しく笑みを浮かべる。嘘偽りのない笑顔ではあったが、それはここに至るまでの辛苦でいつ消え失せてもおかしくないほどに儚いものだった。
そして、残る一人。機械装置だらけの無機質な部屋に一つだけ据え付けられたベッドで、静かに横たわる眠り姫。
久礼満雀……あの大災害の中生き残ったもう一人の人物こそが、事件の中心地ともいえる少女なのだった。
「ふふ。お互い、大抵の事情は分かっているでしょうが……まずは認識の共有を図るべきでしょうか」
「そうだね。自己紹介も一応必要かな」
数奇な運命の下、歩む道を交わらせた者たちは、情報だけでは埋められないもののために、今一度過去を語らうこととする。
用意された椅子へ静かに腰掛け、まず真澄が言葉を紡ぎ始めた。
「では簡潔に僕たちから。僕と明乃の二人は、過去に起きたGHOST絡み……まあ正確に言うと首謀者は無関係ですが、その事件に巻き込まれて降霊術という超常現象を知り、またGHOSTという組織についても知るようになりました」
「私にとっては家族を喪うことになって、私自身も色んな人を傷つけてと、心を深く抉られたような事件でしたけど……それをきっかけとして開いた道があったからこそ、無かったことにはできないものです」
降霊術。死者の魂を呼び戻すという非科学的な儀式。世間一般の人間に話したとて、果たしてどれだけの人間が真摯に受け止めるだろう。恐らくは九十九パーセント以上の人々が、一笑に付すのではないか。
だが、その術は実在した。遠野真澄と光井明乃、他にも多くの少年少女たちが、非現実を目の当たりにし、或いは自らの手で創り上げ、その術がもたらす悲劇と戦うことになったのだ。
Genetic Hazard Observation Structure……遺伝危機監査機構。その頭文字を取りGHOSTと呼ばれるその組織は、名称の通り表向きは生物や植物の遺伝について調査したり、また各種事業への投資活動を行っていたりという成果を公表――ただしそれすらネット検索でも殆どヒットしないほど情報操作されている――しているが、その裏では先述の降霊術や、或いは魂魄そのものに対する研究、実験を行っていた。
そんな領域に踏み込むなど、神に挑戦するかのような所業であろうが、GHOSTは目覚ましいと言っていいほどの成果を上げていた。降霊術の手法は確立され、魂魄が持つゲノム構造を把握し、更には魂魄を人工的に創り出すという、それこそ神を冒涜するような技術にまで辿り着いたのだ。
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