4 / 86
Prologue
欠け落ちた匣庭の中で
しおりを挟む
――そうして世界は、闇と静寂とに包まれる。
満ち足りた暮らし。それを旗標としていたはずの小さな匣庭は、けれどいつかの時点で日常を逸脱し、坂道を転がり落ちるように破局へと進んでいった。
あの電波塔を一種の象徴として、その完成となる二〇一二年八月二日の夜……全てが崩壊するに至ってしまったのだ。
満生台――私たちが過ごした、愛しき箱庭。私たちはただ安穏と過ごすばかりで、箱の中身が真実何であるのかを確かめようとはしなかった。
無理もない。私たちは所詮十五、六歳の少年少女だったのだから。けれども、何か一つでも違っていれば……もしかすれば、あの終局を回避することは出来ずとも、生きて箱の外へ逃げ延びることくらいは可能だったのかもしれない。一切合切が飲み込まれていく中でも、命の灯を繋ぐことは出来たのかも。
未来。輝かしいばかりの希望を、その糸を……掴みたい。
嗚呼、私はきっとそんなことを考えていた。
狂乱、鳴動、暗黒……そして静寂。何もかもが終わりを迎え、光も音も亡き空間を漂った私。
しかし――いつの間にかこの私は、当然のようにいつもの肉体を以て自室にいることに気付いたのだ。
そう、それが最初のループだった。
メビウスの輪とはよく言ったもので、二週間前に時を遡った私は、戸惑いの中で同じような日々を過ごし、またしても同じ終局を迎えた。すると意識を失った後、再び二週間前に戻った自身を見つけるのだ。
繰り返される世界。
悲劇が喜劇となったように、世界は巻き戻り、死者は生き返った。一体自身に何が起きているのか……事実はハッキリしているのに、それを受け入れることができず私はしばらく狂乱の中にいた。
だって、そんな奇跡のようなことが起こり得るなど、考えたこともない。誰だってそうだろう。
二度の絶望を味わい、三度目の七月十九日へと戻り。私はそこでようやく、為すべきことを理解した。
八月二日に定められた終焉が待ち、そこへ至るたびに世界が巻き戻るというのなら……私はその終焉を回避しなければならない。でなければこのループは終わらず、私は未来永劫この二週間に囚われたままになってしまうに相違ない。
ここは鍵の掛かった箱庭だ。
心は既に疲弊していた。それでも、やらなければならなかった。私が進まない限り、この世界もまた永久に進み続けないならば。
私はこの、幾度も命を弄ぶ拷問に――打ち克たなければならないのだ。
さあ、戦おう。たとえこの心が擦り切れても、いつか無間地獄の終点に辿り着く希望だけは、失わず。
私は踠く。そう――この欠け落ちた匣庭の中で。
満ち足りた暮らし。それを旗標としていたはずの小さな匣庭は、けれどいつかの時点で日常を逸脱し、坂道を転がり落ちるように破局へと進んでいった。
あの電波塔を一種の象徴として、その完成となる二〇一二年八月二日の夜……全てが崩壊するに至ってしまったのだ。
満生台――私たちが過ごした、愛しき箱庭。私たちはただ安穏と過ごすばかりで、箱の中身が真実何であるのかを確かめようとはしなかった。
無理もない。私たちは所詮十五、六歳の少年少女だったのだから。けれども、何か一つでも違っていれば……もしかすれば、あの終局を回避することは出来ずとも、生きて箱の外へ逃げ延びることくらいは可能だったのかもしれない。一切合切が飲み込まれていく中でも、命の灯を繋ぐことは出来たのかも。
未来。輝かしいばかりの希望を、その糸を……掴みたい。
嗚呼、私はきっとそんなことを考えていた。
狂乱、鳴動、暗黒……そして静寂。何もかもが終わりを迎え、光も音も亡き空間を漂った私。
しかし――いつの間にかこの私は、当然のようにいつもの肉体を以て自室にいることに気付いたのだ。
そう、それが最初のループだった。
メビウスの輪とはよく言ったもので、二週間前に時を遡った私は、戸惑いの中で同じような日々を過ごし、またしても同じ終局を迎えた。すると意識を失った後、再び二週間前に戻った自身を見つけるのだ。
繰り返される世界。
悲劇が喜劇となったように、世界は巻き戻り、死者は生き返った。一体自身に何が起きているのか……事実はハッキリしているのに、それを受け入れることができず私はしばらく狂乱の中にいた。
だって、そんな奇跡のようなことが起こり得るなど、考えたこともない。誰だってそうだろう。
二度の絶望を味わい、三度目の七月十九日へと戻り。私はそこでようやく、為すべきことを理解した。
八月二日に定められた終焉が待ち、そこへ至るたびに世界が巻き戻るというのなら……私はその終焉を回避しなければならない。でなければこのループは終わらず、私は未来永劫この二週間に囚われたままになってしまうに相違ない。
ここは鍵の掛かった箱庭だ。
心は既に疲弊していた。それでも、やらなければならなかった。私が進まない限り、この世界もまた永久に進み続けないならば。
私はこの、幾度も命を弄ぶ拷問に――打ち克たなければならないのだ。
さあ、戦おう。たとえこの心が擦り切れても、いつか無間地獄の終点に辿り着く希望だけは、失わず。
私は踠く。そう――この欠け落ちた匣庭の中で。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【毎日更新】教室崩壊カメレオン【3月完結確定】
めんつゆ
ミステリー
ーー「それ」がわかった時、物語はひっくり返る……。
真実に近づく為の伏線が張り巡らされています。
あなたは何章で気づけますか?ーー
舞台はとある田舎町の中学校。
平和だったはずのクラスは
裏サイトの「なりすまし」によって支配されていた。
容疑者はたった7人のクラスメイト。
いじめを生み出す黒幕は誰なのか?
その目的は……?
「2人で犯人を見つけましょう」
そんな提案を持ちかけて来たのは
よりによって1番怪しい転校生。
黒幕を追う中で明らかになる、クラスメイトの過去と罪。
それぞれのトラウマは交差し、思いもよらぬ「真相」に繋がっていく……。
中学生たちの繊細で歪な人間関係を描く青春ミステリー。
【恋愛ミステリ】エンケージ! ーChildren in the bird cageー
至堂文斗
ライト文芸
【完結済】
野生の鳥が多く生息する山奥の村、鴇村(ときむら)には、鳥に関する言い伝えがいくつか存在していた。
――つがいのトキを目にした恋人たちは、必ず結ばれる。
そんな恋愛を絡めた伝承は当たり前のように知られていて、村の少年少女たちは憧れを抱き。
――人は、死んだら鳥になる。
そんな死後の世界についての伝承もあり、鳥になって大空へ飛び立てるのだと信じる者も少なくなかった。
六月三日から始まる、この一週間の物語は。
そんな伝承に思いを馳せ、そして運命を狂わされていく、二組の少年少女たちと。
彼らの仲間たちや家族が紡ぎだす、甘く、優しく……そしてときには苦い。そんなお話。
※自作ADVの加筆修正版ノベライズとなります。
表紙は以下のフリー素材、フリーフォントをお借りしております。
http://sozai-natural.seesaa.net/category/10768587-1.html
http://www.fontna.com/blog/1706/
この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか――
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。
鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。
古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。
オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。
ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。
ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。
ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。
逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
支配するなにか
結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣
麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。
アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。
不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり
麻衣の家に尋ねるが・・・
麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。
突然、別の人格が支配しようとしてくる。
病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、
凶悪な男のみ。
西野:元国民的アイドルグループのメンバー。
麻衣とは、プライベートでも親しい仲。
麻衣の別人格をたまたま目撃する
村尾宏太:麻衣のマネージャー
麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに
殺されてしまう。
治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった
西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。
犯人は、麻衣という所まで突き止めるが
確定的なものに出会わなく、頭を抱えて
いる。
カイ :麻衣の中にいる別人格の人
性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。
堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。
麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・
※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。
どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。
物語の登場人物のイメージ的なのは
麻衣=白石麻衣さん
西野=西野七瀬さん
村尾宏太=石黒英雄さん
西田〇〇=安田顕さん
管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人)
名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。
M=モノローグ (心の声など)
N=ナレーション
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
残響の家
takehiro_music
ミステリー
「見える」力を持つ大学生・水瀬悠斗は、消えない過去の影を抱えていた。ある日、友人たちと共に訪れた廃墟「忘れられた館」が、彼の運命を揺り動かす。
そこは、かつて一家全員が失踪したという、忌まわしい過去を持つ場所。館内に足を踏み入れた悠斗たちは、時を超えた残響に導かれ、隠された真実に近づいていく。
壁の染み、床の軋み、風の囁き… 館は、過去の記憶を語りかける。失踪した家族、秘密の儀式、そして、悠斗の能力に隠された秘密とは?
友人との絆、そして、内なる声に導かれ、悠斗は「忘れられた館」に隠された真実と対峙する。それは、過去を解き放ち、未来を切り開くための、魂の試練となる。
インクの染みのように心に刻まれた過去、そして、微かに聞こえる未来への希望。古びた館を舞台に、時を超えたミステリーが、今、幕を開ける。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる