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★5000文字くらいで分かる匣庭のお話

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 舞台は某県に存在する街、満生台。
 この街は、『満ち足りた暮らし』を掲げ医療センターの設立と最新設備の導入を図り、病気や怪我を抱えた人を受け入れることで、それまで減少一方だった人口を急激に伸ばしていました。
 そんな街で過ごす四人の子どもたち――真智田玄人、仁科龍美、義本虎牙、久礼満雀。
 この四人を中心として、それぞれの視点で匣庭の物語は繰り広げられていきます。

 街の施策は多くの人にとってありがたいことでしたが、古くから住む地元住民からは反発も大きく、特に近々稼働予定の電波塔に対しては、身体への悪影響が懸念されると抗議の声が上がっていました。
 また、かつて三鬼村と呼ばれていた街には名前の通り、三匹の鬼の伝承があって、過度な開発は鬼の怒りに触れかねない。大地主である瓶井史というお婆さんなどは、祟りがあるぞとよく口にしていました。

 電波塔問題を抱えつつも、表面上は穏やかな日々を暮らしていた子どもたち。教員であり医師でもある杜村双太とともに学校生活を営みつつ、四人は山中に秘密基地を構え、そこをよく遊び場にしていました。最近は無線通信装置を工作してみようということになり、大人たちの助けもあって装置は完成、送受信を試せるまでに。

 そして、子どもたちの尽きない興味は山中のとある秘境へも向かいます。曰く、鬼封じの池と呼ばれるその池は、伝承にある鬼を封じた池かもしれないということで、子どもたちはその好奇心ゆえ、病弱で激しい運動の出来ない満雀以外のメンバー三人で探検を決行しました。

 ……ところが。

 鬼の伝承を確かめるため探検に来たはずの彼らは、そこで謎の廃墟を発見します。
 恐る恐る中へ入ってみる三人。残されていた資料などから、昔の図書館だったとか、役所だったなどの仮説を立ててみますが、どれもしっくりこず。不安なまま奥へと進んでいき……そこで衝撃的なものを目撃してしまいます。
 それは、白骨化した遺体でした。
 恐ろしさですぐさま廃墟を飛び出した三人。それぞれに思うところはあったものの、最終的に龍美が、この日の探索を無かったことにしようと言い出し、二人はとりあえず了解するのでした。

 けれど、まるでそれが禁忌の扉だったかのように。
 日常は非日常へと転げ落ちていきます。

 街の実権者、永射孝史郎が開催した電波塔の住民説明会。
 それは結局最後まで紛糾、瓶井は祟りが下ると永射に言い放ち、平行線のまま会は終了します。
 そして、翌日。
 どういうわけか永射は鬼封じの池で水死体となって発見されるのでした。

 第一発見者となったのは玄人。
 彼は、死別した妹とどこか雰囲気の似ている少女、河野理魚が一人で彷徨い歩いているのに遭遇、後を追って池まで辿り着きました。
 そこで、永射の死体に直面したのです。

 前日からの雨もあり、医師であり満雀の父親でもある久礼貴獅はこれを事故だと主張。
 それに対し、事態を知って駆け付けた瓶井はやはり鬼の祟りなのだと言い張ります。
 水鬼、餓鬼、邪鬼という三匹の鬼。これはそのうち水鬼の祟りなのだと。
 そして、鬼が三匹現れたときには、赤い満月が昇ってこの街の全てが狂ってしまうのだと。

 事件と関わってしまった玄人は、せめて何が起きたのか調べたいと、同じく駆け付けていた病院長の牛牧高成とともに周辺を調査。その結果、上流で永射の他にもう一つの足跡があることに気付き、事件性を疑います。
 しかし、久礼は事故という判断を曲げず。警察を呼ぶというのも事態を落ち着ける方便で、実際のところ連絡すら入れていませんでした。
 更に悪いことには、雨の影響で土砂崩れが発生、外部へ繋がる道が塞がれてしまっていました。
 まるでそれは、街全体がクローズドサークルとなったようにも感じられるのでした……。

 これを起点として、玄人、龍美、虎牙の三人は巻き込まれるような形でそれぞれ事件の調査に奔走していくことになり。
 想像もしていなかった、満生台の平和の裏に隠された恐るべき計画を暴いていくことにもなるのです。

 永射が死亡した夜、虎牙は山中で彼と対峙していました。
 実は、虎牙は自身の親代わりである佐曽利功が病院長の牛牧と懇意だったために、病院の裏事情をある程度知る機会があり、以前から病院の医師たちや永射に疑念を持っていたのです。
 そして、永射と貴獅が怪しげなやり取りをしている現場に遭遇、その内容を問い質すため永射に接触したのでした。

 永射孝史郎と久礼貴獅、および医師の杜村双太と早乙女優亜の四人はGHOSTという組織の構成員でした。GHOSTとは『人類の正しき進化』を目指し、非人道的な実験や研究を行い続けてきた、裏社会の機関であり、満生台が発展を遂げた裏にはこの組織の巨大な力が働いていたのです。もちろん、それは慈善事業などではなく、彼らの実験のためでした。

 WAWプログラム。それこそが、GHOSTが満生台で成そうとしている計画。
 永射はこう語りました。
 かつて、三鬼村には旧日本軍の科学研究所があった。
 それが鬼封じの池にある、あの廃墟なのだと。
 そこでは電磁波を兵器として用いる研究がされており、村の伝承はその秘密の隠れ蓑なのだと。
 水難事故も飢餓も、そして赤い満月の狂気も。全ては実験に関係したものなのだと。
 我々の計画は、かつての研究の流れを汲んでいる。ただし、今度は人類の進化のため。
 魂魄の新たな在り方のため、なのだと。

 虎牙は彼の話に恐怖し、また怒りに震えました。
 自分たちの平穏を乱す計画を、止めなければならないと思いました。
 その瞬間、彼の頭にノイズが拡散して。
 永射に掴みかかられた瞬間、彼の意識は掻き消されたのでした。

 虎牙は、意識の無い間に永射が死亡したことを知り、自身に嫌疑が向きかねない状況を理解、逃亡生活を送りながら事件を調べようと決意します。信頼出来る者だけに事実を明かし、協力を得ながら。
 親代わりである佐曽利の他、病院長の牛牧と病院に潜入している探偵の蟹田郁也を味方につけ、それから心配した龍美も半ば押し切られるように協力関係を結ぶことになりました。玄人や満雀には、これ以上巻き込みたくないという理由で接触を避けることとして。

 龍美もまた、交流のあった地質の研究者、八木優を協力者として別方面から事件を調査。八木の知識から、電波が人の精神に干渉する可能性について知ります。
 ルナティック……月からの波長が人を狂わせるという逸話のように、電波が人を狂わせてしまう可能性。もしかすると、WAWプログラムとはそういったものなのではないかと龍美たちは疑惑を強めていきます。
 
 そして、調査を進める中突然に、永射の邸宅跡が何者かに放火されてしまいます。
 計画について知っていた人物の邸宅。何らかの手掛かりがありそうな場所だっただけに、二人はショックを受けます。しかし、それでも証拠を手に入れられないかと焼け跡に忍び込んだ虎牙。そこで彼は、早乙女の姿を認め――背後からの襲撃で気を失い、病院の地下に軟禁されてしまいました。

 蟹田からおおよその事情を聞いた龍美は、救出に向かうという彼を信じ、自身は早乙女から奪取したという鍵を預かって、永射邸跡の探索を敢行。
 被害を免れた地下室内で、WAWプログラムの概要に関する書類をついに発見します。
 持ち帰って内容を確かめようとする龍美。けれど、そこには早乙女がいて、彼女を制止しました。
 全て忘れて帰ってくれ――そう命じる早乙女に反抗する龍美。
 歩み寄って来る早乙女を前に、龍美の頭に激痛が走り。
 彼女もまた、虎牙と同じように意識を失ってしまいます。

 その後――目が覚めた龍美の前にあったのは。
 腹部を大きく裂かれた、早乙女の死体でした。

 狂乱の後、自身もまた虎牙と同様の境遇に陥ったことを理解する龍美。
 彼女は当初からの協力者、八木の元に身を寄せることに決め、実家を離れます。
 手に入れたはずの計画書もいつの間にか無くなっていて。
 龍美の潜入は、早乙女殺害の嫌疑をかけられただけに終わってしまったのです。

 早乙女の死は、明らかな殺人でしたが、久礼はここに至ってもまだ警察を呼びませんでした。
 WAWプログラムを邪魔されたくない。事情を知る者たちは、一様にそう推測をしました。
 一方、瓶井は今回の事件を餓鬼の祟りだと言い、住民たちを扇動します。
 立て続けの事件に、祟りを信じるか否かは別として、住民たちも不信感を強めることとなりました。

 一方、二人から何も伝えられていない玄人も、彼なりに事件を追っていました。
 龍美や虎牙ほどまで街の裏事情を紐解けていなくとも、杜村などの頼れる人を頼りつつ、地道に聞き込みをしていたのです。
 二人を殺した犯人は誰なのか。突如姿を消した親友はどう関わっているのか。
 不安に圧し潰されそうになりながら、玄人もまたずっと戦っていました。
 
 その折、病院にいた玄人は緊急ブザーが鳴り響くのを聞きつけます。
 発生元の病室は蟹田の個室で、駆けつけた玄人は彼の人工呼吸器が外されているのを発見、逃げていく犯人を追って屋上へ向かいます。
 ところが、追い詰めた犯人は何と河野理魚でした。
 彼女は真っ赤に染まった目で玄人を見ながら――柵の向こうへと身を投げ、転落したのです。

 玄人にとって、蟹田が狙われた理由は分かる由もありませんでした。
 しかし、龍美と虎牙には痛いほど分かりました。これは計画を調べる人間に対する警告なのだと。
 それでも今更引くわけにはいかないと、彼らは調査を続けます。
 計画が達成されるXデーが間近に迫る中で。

 龍美たちは、蟹田襲撃事件の際に河野が赤目になっていたことから、脳に異常な負荷がかかっていたと推測。
 電波による精神汚染で、洗脳のような状態に陥ったのではという仮説が浮かび上がってきます。
 その仕組みを知るためには、大元となった軍の研究を知る必要がある。そう考えた二人は、協力者たちとともに再び鬼封じの池にある廃墟を探索することになりました。
 そして、大人たちの知識により、電波による精神汚染は起こし得るという結論に至ったのです。

 Xデーまでに、計画を止めなければならない。そう誓って行動する虎牙たちでしたが、敵は強大でした。
 協力者たちが次々に襲撃され、危険な状況に陥っていったのです。
 八木は土砂崩れに巻き込まれて意識を失い、佐曽利は精神汚染を受けた住民たちに襲われ……孤立してしまった虎牙の前に最後、現れたのは久礼貴獅その人でした。

 WAWプログラムを遂行する最後の一人、久礼貴獅。
 彼の口から、その計画の全てが虎牙に語られました。
 曰く、Waxing and Waning――盈虧計画とも呼べるそれは、満生台という現実世界とそっくりな仮想空間……信号領域なるものを創り上げ、そこに霊体となった生命を住まわせるという、あまりにも非現実的なものだったのです。
 満ち足りた暮らしという理念。どうしても元通りにはならないハンディキャップを背負った人たち。肉体自体が枷にしかならないと悟った久礼は、魂だけになることが真の解放なのだと虎牙に語ります。それが、病弱な娘……満雀を救う唯一の方法でもあるのだ、と。
 けれど、当然ながら受け入れられる話なわけもなく、虎牙は必死で反抗しようとします。
 ですが、用意周到な久礼には立ち向かう術すらありませんでした。
 霊として生きる世界という異常。
 その計画と矛盾するように起きた殺人と洗脳。
 彼は解けることのない謎と己の無力さを嘆きながら、ただ閉じ込められた地下で最期の時を過ごすこととなったのです。

 時を同じくして、玄人は自身の目が赤く染まっていることに気が付き。
 それが鬼の祟りなのかもしれないと恐怖し、逃げ惑っていました。
 やがて目の前に鬼らしきモノが現れて。
 逃走の果て、頭に響く声と激痛により意識を失い……目覚めたときには、全てが終わっていました。

 彼の目の前には、久礼貴獅のバラバラ死体があったのです。

 充血する目。
 その目が赤い満月を映し出して。
 彼は絶望の中、何もかもを手放しました。

 そして、龍美も同時刻。
 血塗れで倒れ込む玄人を見つけ、その足取りを辿って久礼の死体を見つけ。
 もう現実がどうにもならないところまで来てしまったことを理解し。
 最期の時を迎えました。

 二〇一二年八月二日、午後九時。
 WAWプログラムは稼働し、その後満生台は、土砂崩れと津波とに攫われて……全てが消え去ったのでした。


 ……その六年後。
 二〇一八年になり、解かれなかった匣庭の物語を終わらせるため、二人の男女が満生台跡にやって来ます。
 名を、遠野真澄と光井明乃。
 かつてGHOSTと関連した事件に巻き込まれ、今は組織による悲劇を止めるために奔走する者たち。

 二人は、惨劇を生き延びた者たちに宣言します。
 満生台に起きている事象を――記憶世界を解放する、と。

 こうして最後の物語が、幕を開けます。
 解決を任された、探偵たちの手によって。

 
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