この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗

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Fifteenth Chapter...8/2

その目が

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 この暑さで、体はすっかりだるいけれど、僕はもう一ヶ所、行ってみようと考えている場所があった。住民の人たちが集まる、反対者集会の様子を見ておきたかったのだ。
 そっと影から様子を伺う以上のことは、僕には出来そうもない。しかし、それでも街の人たちの思いがどんなものなのか、知っておきたかった。
 集会場が、深刻な雰囲気に包まれていなければいいのだが。
 目的地へ向かって歩く間にも、お爺さんやお婆さんが、ゆっくりと同じ方向へ歩いているのに遭遇した。軽く会釈だけしたのだが、皆どこか余裕のない感じで、反応を返してくれた人は少なかった。やはり、ピリピリと張りつめているようだ。
 僕はご老人方と横に並ばないよう気をつけながら、少し後ろを歩いていく。分岐路では他の人も合流したりして、集会場に着くころには、前を歩く人は五人に増えていた。集会場の中には、もっと多くの人が既に集まっているのだろう。
 入ってみようか、止めておこうかと離れたところで迷っていると、集会場から出ていく人がいるのに気づいた。他の人は入っていくばかりなので、帰る人がいるのは珍しい。そう思ったのだが。
 目を凝らしてみると、それはどうやら羊子さんのようだった。しかも、もう一人誰かが、羊子さんに肩を貸しているように見えた。……どうしたんだろう。
 しっかり確認したかったのだが、羊子さんの姿は家々の向こうへ消えてしまった。調子が悪そうな様子だったが、大丈夫なんだろうか。……そもそも、電波塔の反対者集会を行っている場所に来ていたというのは、どういうことなのか。批判の的になるのは火を見るよりも明らかなのに。
 ……集会場で、何かおかしなことでも起きているのだろうか。
 気になってしまったので、僕はとりあえず、一度集会場の中に入ってみることにした。あまり深入りはせず、状況を確認したらすぐに帰ればいいのだし。
 お年寄りたちに紛れ、何食わぬ顔をしつつ中に入る。一週間ちょっと前には、電波塔稼働に関する住民への説明会が、永射さんによって催された場所。それが今、電波塔に反対する者が訴えを起こすため集まる場所に変わっているなんて、皮肉なものだ。
 ホールに誰もいないのを確かめてから、会場の扉を細く開けて、そこから中の様子を覗いてみる。見る限り、結構な人数が集まっているようで、彼らは部屋の中央あたりで固まって話し合っていた。

「一体何のことを言うとったんじゃ、あやつは……」
「私らがそんなことするはずないじゃないか、ねえ」
「儂らを悪者扱いしたくて仕方ないんじゃろう」

 話の流れからすると、どうやら羊子さんは闖入者だったらしい。それも、彼らに対して良からぬことを口走ったようだ。
 悪者扱い……か。何か、羊子さんにとって嫌なことでも起きたのだろうか。

「……しかし、満雀ちゃんのことは確かに心配じゃのう。何の罪もないあの子にまで、鬼の祟りがあったらと思うと」
「そうですな……何事もなければいいのですがな」

 ……満雀ちゃんのことが心配? それは一体、どういうことだろう。鬼の祟りを持ち出すのは相変わらずといったところだが、満雀ちゃんの名前が出てきたのはとても不安になる。
 羊子さんが、どんな用件でここへ乗り込んできたのか。それを直接聞きたかったけれど、やはり何十人といる抗議者たちのところへのこのこ現れて、そんなことを訊ねるだなんて、想像しただけでも怖かった。
 そう、彼らはこれから抗議活動を行おうとしている、過激な人たちなのだ。
 ……ふと。
 中にいた内の一人と、視線があったような気がした。僕は慌てて顔を扉から離す。
 ……もしかして、バレてしまったのだろうか。
 気のせいかもしれない。そう思って、僕は恐る恐る、また顔を扉に近づけた。
 ……その先にいた、お爺さんの顔。
 その目。
 その目が……赤くて。
 どうしようもなく、赤くて……。

「ひっ……」

 何故だ。
 どうして、あの人はあんな目をしているんだ。
 どうして、あの人はあんな、恐ろしい顔をしているんだ――。
 足が震えるのを自覚しながら、僕はじりじりと後退る。そして、入口の自動ドアが開くと、全速力で逃げ出した。
 追いかけてこられるのではないかという恐怖が、僕の身体を突き動かして、鈍い感覚の足を、只管に前へ進める。息が上がっても、限界になるまでは、必死に走り続けた。何度も後ろを振り返りつつ、走り続けた。
 決して暑いからだけではない汗が、全身から噴き出している。心臓はバクバクと早鐘を打っている。……あの赤い目が、今でもこちらを見ているような妄想に囚われて、どうしても気持ちを落ち着けられなかった。
 昨日、家を訊ねてきたお爺さんの目が充血していたと、父さんは口にしていた。その人も、あんなに赤く血走った目をしていたのだろうか。……理魚ちゃんと同じだ。そう、まるで鬼の目のような……。
 鬼の目。それは、鬼に祟られてしまったゆえのものだというのか。三鬼の一匹、最後に現れる鬼である邪鬼は、狂気をもたらすと瓶井さんは話した。ならば、邪鬼が人々を狂気に陥れた結果、あのような目になってしまったというのだろうか。
 理魚ちゃんも、電波塔に反対する人たちも。
 狂気に冒されていって、そして、過激な行動を引き起こす。
 そんな……そんなことが、あるのだろうか。
 でも、あの赤い目だけは、確かな事実だった。
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