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Seventh Chapter...7/25
いなくなった者たち
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雨の音で目が覚めた。昨日の激しさのまま、未だに降り続いている。
頭は痛いし、体も重い。起きたての頭に、ザーザーという音はノイズのようで気持ちが悪かった。
「……ううん……」
最近、朝に気持ちよく目覚めることが出来なくなっているのが辛い。早く、心配事が解消されればいいのだが、何を以って解決というのか、正直なところ分からなかった。
着替えを済ませてリビングへ向かい、家族と朝食をとる。何日も満足に寝れていないせいで、体は動いても頭が働いていない感覚だ。勉強はそれなりに頑張ってきたけれど、その成果を発揮できるか不安だった。
今日は折り畳み傘ではなく、大きめの傘を持って家を出る。ひょっとしたら、一日中降り続くのかもしれないと思うと、気分が沈んだが、天候のことはどうにもならない。僕は雨に濡れた道を、ゆっくりとした足取りで学校まで歩いた。
教室に着いたのは、八時十分。僕が一番最初だった。電気を点けて、自分の席に座り、重い瞼を何とか開けて、持ってきた小説を読む。でも、やっぱり内容は入ってこない。
「……駄目だなあ」
すぐに栞を挟んで本を鞄に戻し、僕は机に突っ伏した。ひんやりとした机の感触が、少しだけ心地よいような気がする。
静かな教室。今なら眠れるかもしれないな……。
「おはよ、玄人」
思った途端、龍美がやってきた。まあ、絶対寝る時間なんてないよね、そりゃあ。
「昨日の説明会、まあ予想通りって感じだったね。改めて、おつかれさま」
「うん、おつかれさま。瓶井さん、前回もあんな感じだったんだ?」
「そうね。でも、よくある民話とは違う……そう言ったのは初めて聞いたわ。どうも、最初から諦め調子で永射さんと話してたから、具体的なことは口にするまいとしてたんじゃないかしら。私の勘、だけど」
「龍美がそう言うんなら、そうなんじゃないかな」
僕もどちらかと言えば、その仮定に賛同したい。何を言っても無駄だと思っているのは確実だろうから。
「……にしても、雨は嫌ね。何だか、雨のときにショッキングなことばかり起きてる気がするわ」
「まあ、ね。……昨日、何かあったの?」
「いいえ。……妄想よ、鬼の声が聞こえたとか、そんなくらいの」
「龍美も……」
「……玄人も?」
僕らは、互いに顔を見合わせる。
「やっぱり、祟りってあるのかしらね……」
「そんなこと、有り得るかなあ……」
これが祟りとは、あまり思いたくない。昨日、永射さんがしていた話に、電磁過敏症は思い込みによるストレスが原因だというのがあったが、僕らもそれと同じ状態に陥っているんじゃないだろうか。
鬼に過敏になり過ぎている……。
そう、思いたかった。
「虎牙はどうなのかしらねえ。昨日、説明会には来なかったし」
「あいつの性格からして、当然のことだけどね。来たら、変なことがなかったか聞くだけ聞いてみようか」
「一応、ね」
そう言って、龍美は大きな欠伸をする。彼女もあまり寝れていないのかもしれない。……それにしても、女の子なのにあまり無防備なことをされては、少しどぎまぎしてしまう。
二人で雑談しながら、時間を潰す。その間に、クラスメイトは次々登校してくる。しかし、いつもならやって来てもいい時刻になっても、虎牙は現れない。
そしてとうとう、彼が来ないまま八時半のチャイムが鳴ってしまった。僕と龍美は再び顔を見合わせる。元不良とは言え、あいつは満生台に来てから、よっぽど病気で体調が悪いとき以外は休んだことも遅刻したこともないという。そんな彼が来ていないということは、それほど酷い病気にかかってしまったのだろうか。
だが、やってきた双太さんも、虎牙がいないことに驚いたようだ。休むときは、事前に先生へ連絡を入れるものだし、それがないというのはどうもおかしい。満雀ちゃんも、双太さんのそばで、あれっと小さく呟いていた。
「……玄人くんも、龍美ちゃんも、あの子が来てない理由、知ってる?」
僕らは揃って首を横に振る。双太さんは困った顔で、
「どうしたんだろうなあ……後で、佐曽利さんに連絡とってみるか」
と、溜息を吐いて、仕方なく出欠を取り始めた。
その途中で、奥の方からベルの音が鳴り響いた。どうやら、職員室にある電話が鳴っているらしい。虎牙からの電話かと、双太さんはすぐに教室を出ていった。そのまま数分間、教室はざわざわと微妙な空気に包まれていた。
「……え、ええっと」
帰ってきた双太さんは、虎牙のことを言うのかと思いきや、そんな風に言葉を詰まらせた後、
「試験、なんだけどね……どうしよう」
殆ど独り言のように呟いた。
「双太さん、どうしたんですか?」
気になることがあったらずばっと訊ねる。そういう性格の龍美が誰よりも早く、双太さんに聞く。
「いや、今の電話なんだけど、虎牙くんからではなくて。……どうも、永射さんがいなくなったらしいんだよ」
「え!? 永射さんが?」
そこで思わぬ名前が出て、僕も龍美もびっくりしてしまった。
「そう。所用があって、早乙女さんが永射さんの家を訪問することになっていたんだ。だけど、家に誰もいないらしくてね……鍵は掛かってたから、外出してるんだろうけど、何故外出しているのかさっぱり分からない、と」
早乙女さんからの連絡だった、というわけか。確かに、永射さんという街のお偉いさんが、突然いなくなるのは変だ。急用が出来たとしても、誰かに連絡をとっておくか、言伝でも残していくのが普通のはず。それが出来ない理由でもあったのだろうか。
「外は大雨なのに……」
意外なことに、永射さんは自家用車というものを持っていなかったし、一人で行動しているなら、徒歩でどこかに行った可能性が高い。龍美が心配するように、こんな悪天候のときに朝早くから外に出るのは、それだけでも気がかりだ。
「今、何人かの人が永射さんを探しているみたい。予定通り試験はするけど、終わったら僕もそっちに合流しようと思ってるから……申し訳ないけど龍美ちゃん、帰りは満雀ちゃんに付き添ってあげてくれるかな?」
「了解です。まあ、それまでに帰って来るといいですけどね」
「そうだねー……多分そうなると思うんだけど」
僕たちには印象が薄いものの、永射さんは街のトップと言っていい人物だ。そんな人が、勝手にいなくなったままなんてことは考え難い。何か、抜き差しならない事情があったとしても、必ず連絡くらいは入れてくるだろう。これから何時間も行方知れずのまま、ということは流石にないはずだ。
「まあ、それじゃ試験問題を持ってくるから、もうちょっとだけ待っててね」
そう言って双太さんはまた、職員室に引っ込んで、試験問題の束を持って戻ってきた。
テキパキと全員に用紙を配って、双太さんは開始の合図をする。集中できない要因が多すぎるが、今は試験に向き合うしかない。そう自分に言い聞かせて、僕は問題に目を落とした。
やはり、頭の回転は鈍っているように感じた。
頭は痛いし、体も重い。起きたての頭に、ザーザーという音はノイズのようで気持ちが悪かった。
「……ううん……」
最近、朝に気持ちよく目覚めることが出来なくなっているのが辛い。早く、心配事が解消されればいいのだが、何を以って解決というのか、正直なところ分からなかった。
着替えを済ませてリビングへ向かい、家族と朝食をとる。何日も満足に寝れていないせいで、体は動いても頭が働いていない感覚だ。勉強はそれなりに頑張ってきたけれど、その成果を発揮できるか不安だった。
今日は折り畳み傘ではなく、大きめの傘を持って家を出る。ひょっとしたら、一日中降り続くのかもしれないと思うと、気分が沈んだが、天候のことはどうにもならない。僕は雨に濡れた道を、ゆっくりとした足取りで学校まで歩いた。
教室に着いたのは、八時十分。僕が一番最初だった。電気を点けて、自分の席に座り、重い瞼を何とか開けて、持ってきた小説を読む。でも、やっぱり内容は入ってこない。
「……駄目だなあ」
すぐに栞を挟んで本を鞄に戻し、僕は机に突っ伏した。ひんやりとした机の感触が、少しだけ心地よいような気がする。
静かな教室。今なら眠れるかもしれないな……。
「おはよ、玄人」
思った途端、龍美がやってきた。まあ、絶対寝る時間なんてないよね、そりゃあ。
「昨日の説明会、まあ予想通りって感じだったね。改めて、おつかれさま」
「うん、おつかれさま。瓶井さん、前回もあんな感じだったんだ?」
「そうね。でも、よくある民話とは違う……そう言ったのは初めて聞いたわ。どうも、最初から諦め調子で永射さんと話してたから、具体的なことは口にするまいとしてたんじゃないかしら。私の勘、だけど」
「龍美がそう言うんなら、そうなんじゃないかな」
僕もどちらかと言えば、その仮定に賛同したい。何を言っても無駄だと思っているのは確実だろうから。
「……にしても、雨は嫌ね。何だか、雨のときにショッキングなことばかり起きてる気がするわ」
「まあ、ね。……昨日、何かあったの?」
「いいえ。……妄想よ、鬼の声が聞こえたとか、そんなくらいの」
「龍美も……」
「……玄人も?」
僕らは、互いに顔を見合わせる。
「やっぱり、祟りってあるのかしらね……」
「そんなこと、有り得るかなあ……」
これが祟りとは、あまり思いたくない。昨日、永射さんがしていた話に、電磁過敏症は思い込みによるストレスが原因だというのがあったが、僕らもそれと同じ状態に陥っているんじゃないだろうか。
鬼に過敏になり過ぎている……。
そう、思いたかった。
「虎牙はどうなのかしらねえ。昨日、説明会には来なかったし」
「あいつの性格からして、当然のことだけどね。来たら、変なことがなかったか聞くだけ聞いてみようか」
「一応、ね」
そう言って、龍美は大きな欠伸をする。彼女もあまり寝れていないのかもしれない。……それにしても、女の子なのにあまり無防備なことをされては、少しどぎまぎしてしまう。
二人で雑談しながら、時間を潰す。その間に、クラスメイトは次々登校してくる。しかし、いつもならやって来てもいい時刻になっても、虎牙は現れない。
そしてとうとう、彼が来ないまま八時半のチャイムが鳴ってしまった。僕と龍美は再び顔を見合わせる。元不良とは言え、あいつは満生台に来てから、よっぽど病気で体調が悪いとき以外は休んだことも遅刻したこともないという。そんな彼が来ていないということは、それほど酷い病気にかかってしまったのだろうか。
だが、やってきた双太さんも、虎牙がいないことに驚いたようだ。休むときは、事前に先生へ連絡を入れるものだし、それがないというのはどうもおかしい。満雀ちゃんも、双太さんのそばで、あれっと小さく呟いていた。
「……玄人くんも、龍美ちゃんも、あの子が来てない理由、知ってる?」
僕らは揃って首を横に振る。双太さんは困った顔で、
「どうしたんだろうなあ……後で、佐曽利さんに連絡とってみるか」
と、溜息を吐いて、仕方なく出欠を取り始めた。
その途中で、奥の方からベルの音が鳴り響いた。どうやら、職員室にある電話が鳴っているらしい。虎牙からの電話かと、双太さんはすぐに教室を出ていった。そのまま数分間、教室はざわざわと微妙な空気に包まれていた。
「……え、ええっと」
帰ってきた双太さんは、虎牙のことを言うのかと思いきや、そんな風に言葉を詰まらせた後、
「試験、なんだけどね……どうしよう」
殆ど独り言のように呟いた。
「双太さん、どうしたんですか?」
気になることがあったらずばっと訊ねる。そういう性格の龍美が誰よりも早く、双太さんに聞く。
「いや、今の電話なんだけど、虎牙くんからではなくて。……どうも、永射さんがいなくなったらしいんだよ」
「え!? 永射さんが?」
そこで思わぬ名前が出て、僕も龍美もびっくりしてしまった。
「そう。所用があって、早乙女さんが永射さんの家を訪問することになっていたんだ。だけど、家に誰もいないらしくてね……鍵は掛かってたから、外出してるんだろうけど、何故外出しているのかさっぱり分からない、と」
早乙女さんからの連絡だった、というわけか。確かに、永射さんという街のお偉いさんが、突然いなくなるのは変だ。急用が出来たとしても、誰かに連絡をとっておくか、言伝でも残していくのが普通のはず。それが出来ない理由でもあったのだろうか。
「外は大雨なのに……」
意外なことに、永射さんは自家用車というものを持っていなかったし、一人で行動しているなら、徒歩でどこかに行った可能性が高い。龍美が心配するように、こんな悪天候のときに朝早くから外に出るのは、それだけでも気がかりだ。
「今、何人かの人が永射さんを探しているみたい。予定通り試験はするけど、終わったら僕もそっちに合流しようと思ってるから……申し訳ないけど龍美ちゃん、帰りは満雀ちゃんに付き添ってあげてくれるかな?」
「了解です。まあ、それまでに帰って来るといいですけどね」
「そうだねー……多分そうなると思うんだけど」
僕たちには印象が薄いものの、永射さんは街のトップと言っていい人物だ。そんな人が、勝手にいなくなったままなんてことは考え難い。何か、抜き差しならない事情があったとしても、必ず連絡くらいは入れてくるだろう。これから何時間も行方知れずのまま、ということは流石にないはずだ。
「まあ、それじゃ試験問題を持ってくるから、もうちょっとだけ待っててね」
そう言って双太さんはまた、職員室に引っ込んで、試験問題の束を持って戻ってきた。
テキパキと全員に用紙を配って、双太さんは開始の合図をする。集中できない要因が多すぎるが、今は試験に向き合うしかない。そう自分に言い聞かせて、僕は問題に目を落とした。
やはり、頭の回転は鈍っているように感じた。
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