この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗

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Sixth Chapter...7/24

満ち足りた遊び

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 今日の試験は二科目だったので、全て終了したのは十時三十五分だった。まだ雨は降っていないけれど、いつ降り出してもおかしくない空模様だ。僕は折り畳み傘を持ってきているので構わないが、双太さんは大丈夫だろうか。あの人、意外と忘れっぽいところがある。

「嫌ねえ、しばらくは天気悪いみたいだし」
「どうせ外で元気に遊ぶなんてのは無理だけどよ」
「そうは言っても、こういう日って気持ちもジメジメしちゃうじゃない?」
「まあ、それは分かる」

 昔、ネットで見た記憶があるのだが、悪天候が自律神経に影響を及ぼして、体調が悪くなるのは医学的に根拠があるのだとか。太陽光を浴びるのが健康に良いとかは定説だし、天気と健康は密接にかかわっているのだろうな。

「私は雨の日も好きだよ。雨の日の街とか、綺麗に見えたりするところもあるから」
「あ、良いこと言うわね。街の違った姿を見られるって感じかしら。カメラマンっぽいかも」
「えっへん。私は将来、写真家になるぞ」
「おう、満雀にしちゃあでっかい夢じゃねえか」
「夢はいっぱいあるよ。何にだってなってみたい」
「ふふ、流石満雀ちゃんね」

 龍美はそう言って、優しく満雀ちゃんの頭を撫でた。くすぐったそうに、でも嬉しそうに、満雀ちゃんははにかむ。

「さてさて、今日は何のゲームで遊ぼうかしらね」

 龍美はいつも、鞄の中にある程度の盤ゲームを入れてきている。ただ、僕や虎牙、それに双太さんが持ち込んだものもあって、それらは使っていないロッカーにしまいこんであった。少しずつではあるが、その数は増えてきている。
 テレビゲームや携帯ゲームが増えてきている現代で、ボードゲームのプレイ人口はかなり少なくなっているに違いないが、その少数派の中でも僕たちは、かなりの種類を遊んでいる上級者だろうなと自負していたり。
 囲碁や将棋、チェスなど有名なゲームは元より、軍人将棋やモノポリー、バックギャモンやアバロンなどなど……豊富に揃っているように思えるかもしれないが、試験期間中でなくとも遊ぶときは多い。なので、定期的に新しいものを仕入れてこないと、どうしてもマンネリ化してしまうのである。

「最近また、アナログゲーム人気みたいなものも出てきてるけど、ボードゲームというよりはカードゲームが多いわよね」
「だね。ああいうのも、面白そうなのは沢山あるけどなあ」
「ルールは面倒臭そうだけどな」

 簡単なカードゲームくらいなら、そのうち買ってもってこようかな。皆が出来そうなものを、考えて選ばないといけないな。
 今日のところは、どれで遊びたいか多数決をとり、モノポリーで遊ぶことになった。やはりボードゲームが一番やりやすいし、盛り上がる。プレイスタイルも様々だし、誰がどう行動するのかを予想しながら遊べるのも面白い。しょっちゅう遊んでるからこそ、そういう探り合いも要素になるんだろうな。

「あー、何でわざわざそこ買っちゃうのよ!」
「俺の勝手だろーが。買えるときに買うんだよ」
「むぐぐ」

 虎牙と龍美が諍いを起こすのは平常運転、それをスルーして堅実に行こうとするも、何故か不運と踊るのが僕。

「……け、刑務所」
「三回ゾロ目とか、ある意味ラッキーじゃない」
「アンが付く方のね……」

 そして、そんな三人を楽しそうに眺めながら、いつのまにか勝利を引き寄せているのが、満雀ちゃんだ。

「よし、独占したぞー」
「……マジかよ」
「ほらー、虎牙が余計なことしてるから!」

 典型的な展開は、こんな感じだ。無欲なのが一番なのだろうか、満雀ちゃんが勝つ確率が高いのは間違いない。僕は最下位になることがないけれど、一位になることもなくて、龍美と虎牙は順位が変動しまくる。うん、とても個性的だ。
 この日のゲームも、満雀ちゃんの勝利で幕を閉じた。やはりエリア独占の力は強い。というか、単純に支配力が強すぎる。運が良いのか腕前なのか、とにかく気付いたときには、大方のマスが満雀ちゃんの支配下になっていた。後は放っておいても僕らがお金を落とすという、一方的な展開だった。流石は満雀ちゃんだ。

「いやあ、今日も負けたわー。もっと冷静にやらないとね、満雀ちゃんには勝てないわ」
「じゃあ冷静に判断してくれ、頼む」
「あはは……明日は勝てるといいね」

 遊ぶゲームにもよるけれど、相手を邪魔できるようなのだと、二人はいつまでも仲良く喧嘩しそうだなあ、と思ってしまう。
 モノポリーが終わったところで、僕は空模様が少し気になって、窓の方に目をやる。さっきより暗くなってはいるものの、まだ雨は降っていないらしい。外で、お爺さんがゆっくり、傘を差さずに歩いているのが見えた。

「……」
 視線を戻そうとしたとき、満雀ちゃんの姿が目に入った。眠たそうにしているのかな、とも一瞬思ったけれど、外を見つめる彼女の表情は、どことなく物憂げだった。

「どうしたの?」
「ん? ……うゆ、楽しいなって」

 そう答えて満雀ちゃんは、少しだけ眉をハの字にさせて、微笑む。
 それは、普段の満雀ちゃんからはちょっと想像のつかない、大人びた仕草だった。

「もっと色んなこと、皆としたいよ。これからも付き合ってくれたら、私、幸せだよ」
「……そりゃ勿論」

 満雀ちゃんも、自分が病弱なことで、迷惑をかけていると日々感じているのだろう。それは杞憂だけれど、無理もないことだ。

「僕らが、『満ち足りた暮らし』が出来ているのは、きっと満雀ちゃんのおかげさ」
「……あ、ありがとう」

 思いがけない言葉だったのか、満雀ちゃんはそこで、照れたように俯いた。……我ながら、気障すぎたかもしれない。

「あー、玄人が満雀ちゃんにちょっかい出してる!」
「そうか、ロリコンか……」
「え? ちょ、ちょっと……」

 何でこういうときだけ手を組むんだ、この二人は。
 ちょうどそのとき、双太さんが教室に入って来たので、僕は何とか救われた。というか、完全に冤罪なんだけど。

「今日もありがとう。雨が降り出さないうちに帰らなくちゃね。そうそう、今日は永射さんの説明会があるみたいだけど……皆は行くのかな?」
「私と玄人は行くことになってるわ。虎牙は?」
「俺は多分行かねえ。オヤジが行かないっぽいしな」
「佐曽利さんか。まあ、あの人はそういうことに興味がなさそうだ」

 それは僕も同意見だ。佐曽利さんは、さっぱりしているというか、淡泊な性格で、自分の意見を言うことも少ない、寡黙な男性なのである。
 そんな人が、虎牙と同じ家で暮らしているというのは、ちょっと不思議だ。その生活を覗いてみたいような気もする。

「病院で働いてる都合もあって、僕は行かないといけないから。まあ、聞いててもつまらない内容かもしれないけれど、また夜にね」
「寝ないように頑張るわ」
「そ、そうだね」

 龍美がそう言うのなら、よっぽど眠たくなる内容なのだろう。というか、説明会って理解を求める場だから、何回も同じことを繰り返すんだろうな。考えている通りなら、殆どの人がリタイアしそうだ。

「じゃ、ひとまずこれで解散ね。帰りましょ」
「うん。また明日ね、みんな」
「おう。満雀はのんびりしてろよ。どうせ下らねえ会だ」
「あはは、辛辣だね……」

 そんなこんなで、僕らは正午過ぎに下校した。体を動かしたわけではないけれど、遊んだ後はやっぱり、お腹がぺこぺこだった。
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