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Fourth Chapter...7/22
冷たく、白い
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ギイギイと音の鳴る扉を開き、奥へ進む。そこにある部屋は、どうやら更衣室のようで、ロッカーのようなものが規則的に並んでいた。金属製のようだが、すっかり錆び切って、触っただけで体に良くなさそうだ。変な臭いもする。
ロッカーの中には、ぼろきれのようになった鞄や靴、服のようなものがしまわれている。もしここが村役場のようなところだったとしたら、仕事用の正装に着替える部屋だったのかもしれない。
今となっては、ただの廃墟でしかないけれど。
部屋をぐるりと見渡すと、真正面にまた扉があるのが分かった。しかし、今度の扉はこれまでのものとは、設えが違っていて。
「……鉄扉?」
冷たく無機質なその扉は、鉄で出来ているようだった。
「何の意味があって……」
考えることにもう意味はない。それでもやはり、そんな疑問が口をついて出てくる。
痛む頭を緩々と振り、僕はその扉の冷たいノブを握り、ガチャリと下ろす。そして、重い手ごたえを感じながら、ゆっくりと開いた。
薄ら寒く、淀んだ空気。それが一気に流れ込んでくるのを感じる。……嫌な汗が、滲んでくる。懐中電灯で照らしたその先には、
「え……」
深い闇。
真っ直ぐに下る……階段があった。
「か、階段? いや、地下? 何なのよ、これ……」
「俺が知るか。理解できるとまで思ってるわけじゃねえよ。とりあえず、最後まで見てえだけだ」
虎牙は、強がりなのかは分からないが、少しばかり声を荒げてそう言うと、
「……玄人。懐中電灯貸せ。お前、足震えてるぞ」
「……あ、ありがと」
言われるまで気づかなかった。……そりゃあ、怖い。
この先に何があるのか。
もう、探検というよりも、完全に肝試しと化している。それも、とびきり恐ろしい肝試しだ。
でも、ここまで来たのだし、引き返すわけにはいかない。
虎牙の肩を、僕と龍美でそっと掴みながら、三人で固まって階段を下りていく。下に行くほど、空気は冷たくなり、息も苦しくなっていく。壁はコンクリートのままだが、ここにも苔が生えて、じっとりと水滴がついていた。
気の遠くなるような時間、下っていた気がするけれど、実際は二、三分ほどだろうか。ようやく階段が終わると、そこからはしばらく真っ直ぐの通路になり、しばらく歩いた先に再び、鉄製の扉が現れた。
「開くぜ」
そう断ると、虎牙は力強く、重厚な扉を押し開けた。
「……」
地下室は、地上にあった部屋とはまるで装いが違っていた。地下にあるせいで、さっきまでの通路と同じく壁が苔むしているのが当然として、その壁には謎の配線が張り巡らされている。劣化のせいで、縦横に伸びた線は無残に千切れているものばかりで、垂れ下がったそれらが、気味の悪い装飾のようになっていた。
全ての配線は、部屋の右半分に固まっている箱のようなものから伸びているように見える。ということは、この箱は、何かの機械なのだろうか。
「……でも、そんな時代に機械だなんて……」
相応しくない。何というか、ここにあるものは、昔にあったものにしては、時代錯誤な印象を受けるのだ。けれど、確かにこれらは、昔からあったものなのだろう……。
「……訳が分からねえな」
「本当に、別の世界に迷い込んだみたい」
龍美が言う。そう思いたくなる気持ちも十分に理解できる。僕たちは、鬼封じの池に来たときから、あの霧の中に入ったときから、別の世界へと立ち入ってしまったのかもしれない。
かさり、と乾いた音がした。ちょうど僕らの背後からした音だった。ネズミでもいるのか。虎牙は慌てて懐中電灯をそちらへ向けた。
――そこに、それは倒れ朽ちていた。
「――きゃあああああッ!!」
最初に悲鳴を上げたのは、龍美で。その後、僕も情けない声を上げながら、二人して後退り、壁を背に崩れ落ちた。虎牙はと言えば、懐中電灯を向けたそのままの状態で、ただずっと、固まっていた。
だから、光は、その物体を照らし続けていた。
目を背けたいのに、僕らはどうしてか、その物体に釘付けになっていた。
まるで、呪われているように、どうしようもなく。
僕らは。
「……マジかよ……!」
廃屋の地下で眠っていたもの。
それは、最早全体を判別出来ないほど風化してしまった――白骨だった。
「うぅっ」
気付けば、龍美は部屋の端に蹲り、口元を抑えている。あまりの光景に、吐き気を催しているようだ。けど、それは僕も同じ……。
人間の、骨。
瞬間、光に照らされたそれの、何と恐ろしいことか。
頭蓋にぽっかりと開いた、二つの眼窩……その中に、引き摺り込まれそうなほどの魔力があって。
鼓動が痛いほどに激しい。頭が痛い。
ああ、訳が分からない……!
「もう、やだ! 戻りましょ! 来ていいところじゃなかったのよ!」
龍美が、何とか立ち上がりながら、そう訴える。僕もその言葉に、同感だ。
きっと、僕らが来ていいところではなかった――。
――かさり。
また、乾いた音がする。それはきっと、ネズミの蠢く音だったのだろうけど。
「嫌ッ!!」
とうとう限界に達した龍美は、懐中電灯も持っていないのに、一人で出口に向かって走り出してしまった。
だから、僕と虎牙は、萎えかけた足を無理やり動かして、それを追いかけるしかなかった。
そして、そのときふいに、僕は聞いた。
間違いなく、聞いたんだ。
……恐ろしい鬼の、荒い息遣いを……。
ロッカーの中には、ぼろきれのようになった鞄や靴、服のようなものがしまわれている。もしここが村役場のようなところだったとしたら、仕事用の正装に着替える部屋だったのかもしれない。
今となっては、ただの廃墟でしかないけれど。
部屋をぐるりと見渡すと、真正面にまた扉があるのが分かった。しかし、今度の扉はこれまでのものとは、設えが違っていて。
「……鉄扉?」
冷たく無機質なその扉は、鉄で出来ているようだった。
「何の意味があって……」
考えることにもう意味はない。それでもやはり、そんな疑問が口をついて出てくる。
痛む頭を緩々と振り、僕はその扉の冷たいノブを握り、ガチャリと下ろす。そして、重い手ごたえを感じながら、ゆっくりと開いた。
薄ら寒く、淀んだ空気。それが一気に流れ込んでくるのを感じる。……嫌な汗が、滲んでくる。懐中電灯で照らしたその先には、
「え……」
深い闇。
真っ直ぐに下る……階段があった。
「か、階段? いや、地下? 何なのよ、これ……」
「俺が知るか。理解できるとまで思ってるわけじゃねえよ。とりあえず、最後まで見てえだけだ」
虎牙は、強がりなのかは分からないが、少しばかり声を荒げてそう言うと、
「……玄人。懐中電灯貸せ。お前、足震えてるぞ」
「……あ、ありがと」
言われるまで気づかなかった。……そりゃあ、怖い。
この先に何があるのか。
もう、探検というよりも、完全に肝試しと化している。それも、とびきり恐ろしい肝試しだ。
でも、ここまで来たのだし、引き返すわけにはいかない。
虎牙の肩を、僕と龍美でそっと掴みながら、三人で固まって階段を下りていく。下に行くほど、空気は冷たくなり、息も苦しくなっていく。壁はコンクリートのままだが、ここにも苔が生えて、じっとりと水滴がついていた。
気の遠くなるような時間、下っていた気がするけれど、実際は二、三分ほどだろうか。ようやく階段が終わると、そこからはしばらく真っ直ぐの通路になり、しばらく歩いた先に再び、鉄製の扉が現れた。
「開くぜ」
そう断ると、虎牙は力強く、重厚な扉を押し開けた。
「……」
地下室は、地上にあった部屋とはまるで装いが違っていた。地下にあるせいで、さっきまでの通路と同じく壁が苔むしているのが当然として、その壁には謎の配線が張り巡らされている。劣化のせいで、縦横に伸びた線は無残に千切れているものばかりで、垂れ下がったそれらが、気味の悪い装飾のようになっていた。
全ての配線は、部屋の右半分に固まっている箱のようなものから伸びているように見える。ということは、この箱は、何かの機械なのだろうか。
「……でも、そんな時代に機械だなんて……」
相応しくない。何というか、ここにあるものは、昔にあったものにしては、時代錯誤な印象を受けるのだ。けれど、確かにこれらは、昔からあったものなのだろう……。
「……訳が分からねえな」
「本当に、別の世界に迷い込んだみたい」
龍美が言う。そう思いたくなる気持ちも十分に理解できる。僕たちは、鬼封じの池に来たときから、あの霧の中に入ったときから、別の世界へと立ち入ってしまったのかもしれない。
かさり、と乾いた音がした。ちょうど僕らの背後からした音だった。ネズミでもいるのか。虎牙は慌てて懐中電灯をそちらへ向けた。
――そこに、それは倒れ朽ちていた。
「――きゃあああああッ!!」
最初に悲鳴を上げたのは、龍美で。その後、僕も情けない声を上げながら、二人して後退り、壁を背に崩れ落ちた。虎牙はと言えば、懐中電灯を向けたそのままの状態で、ただずっと、固まっていた。
だから、光は、その物体を照らし続けていた。
目を背けたいのに、僕らはどうしてか、その物体に釘付けになっていた。
まるで、呪われているように、どうしようもなく。
僕らは。
「……マジかよ……!」
廃屋の地下で眠っていたもの。
それは、最早全体を判別出来ないほど風化してしまった――白骨だった。
「うぅっ」
気付けば、龍美は部屋の端に蹲り、口元を抑えている。あまりの光景に、吐き気を催しているようだ。けど、それは僕も同じ……。
人間の、骨。
瞬間、光に照らされたそれの、何と恐ろしいことか。
頭蓋にぽっかりと開いた、二つの眼窩……その中に、引き摺り込まれそうなほどの魔力があって。
鼓動が痛いほどに激しい。頭が痛い。
ああ、訳が分からない……!
「もう、やだ! 戻りましょ! 来ていいところじゃなかったのよ!」
龍美が、何とか立ち上がりながら、そう訴える。僕もその言葉に、同感だ。
きっと、僕らが来ていいところではなかった――。
――かさり。
また、乾いた音がする。それはきっと、ネズミの蠢く音だったのだろうけど。
「嫌ッ!!」
とうとう限界に達した龍美は、懐中電灯も持っていないのに、一人で出口に向かって走り出してしまった。
だから、僕と虎牙は、萎えかけた足を無理やり動かして、それを追いかけるしかなかった。
そして、そのときふいに、僕は聞いた。
間違いなく、聞いたんだ。
……恐ろしい鬼の、荒い息遣いを……。
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