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Second Chapter...7/20
満生総合医療センター
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「……はい、もう下げていいよ。ま、いつも通り問題なしだね」
「ありがとうございました。正直、定期健診なんてしなくてもいいんじゃないかって思いますけど」
僕は居住まいを正して、双太さんに向き直る。
「はは、これが満生総合医療センターの方針だからね。むしろ、満生台の方針かな。どんな人でも、定期的な検診は欠かさない。医療は満ち足りた暮らしの根幹だという認識なんだよ」
「でしょうね。それは感じてますよ」
根幹でなければ、この医療センターはこんなに大きくないだろう。とは言え、今の人口からすれば大きすぎる気がしなくもないけど。
この病院の規模が、丁度いいと言える人口には、いつなるのかな。
「お父さんたち、頑張ってるんだよ」
「そうだね。病院長は牛牧 さんだけど、実際に診察を受け持ってるのは、殆ど満雀ちゃんのお父さんだもんなあ」
「ちょっと寂しいけど、私のためにも皆のためにも、一生懸命だから」
そう言って胸を張る満雀ちゃんに、僕は静かに微笑んだ。
「久礼さんは凄腕の医師だよ。僕も尊敬してる。しかし、奥さんも病気がちだし、満雀ちゃんも病弱だし、辛いことが重なってしまっているのは、ね」
「私がもっと、龍美ちゃんくらい元気だったらな」
「それは満雀ちゃんのせいじゃないよ。何かが悪いんだとすれば、きっと神様って言うしかないんだ」
生まれもってのことなら、実際そういうほかないと、僕も思う。誰のせいでもないのだ。
双太さんは、しばらくキーボードを叩いて、ふう、と小さく息を吐くと、
「よし。これで診察はお終い。次もまた二週間後くらいにしようか」
「ええ、お願いします」
僕は軽く頭を下げる。
「そういえば、双太さんがパソコンでつけてるの、電子カルテってやつですよね?」
「うん? そうだよ。満生台は、情報面で最先端の技術を目指してるみたいだからね。結構早くから、電子カルテを採用してるんだ」
「へえ……まだ比較的新しいシステムなんですか?」
「んー、厚労省が推進してるから、もう普及はしてきてるみたいなんだけど、それでも導入率は今、二十パーセントくらいなのかな。この医療センターは、四年くらい前から採用してるから、早い方だった筈だよ」
そう話す双太さんは、少しだけ誇らしげだ。しかし、コンピュータが一家に一台になりつつある現代で、電子カルテの普及率がまだそれくらいだという事実にも、ちょっと驚いた。
「いずれは電子カルテによって、どの病院に行っても、病院側が患者のデータを取り寄せて適切な治療が出来るようになっていくというビジョンなんだ。と言っても、まずは電子化の普及と、それに伴ったデータ保護の取組が進んでいく段階を踏まないとだけど」
「先は長そうですね」
技術は進んでも、その普及が追いつくとは限らない。それは当然のことなのかもしれない。
「まあね。でも、先んじて技術を取り入れていくことは、その技術が広まった後に最も効率良く利用出来る可能性が高い。だから、満生台はこのまま発展していけたなら、理想の街のモデルケース的なものになるんじゃないかとも、想像したりね」
まだ二十五歳だというのに、そんなことまで考えているとは、全く双太さんには頭が上がらない。
単純な言い方になってしまうが、この街には、凄い人が多いな。
「ただ、満生台ならではの問題もあって、そこは昔の住民達とまだ交渉していかないといけないんだろうけど」
「って言うのは、やっぱりあれなんですか?」
「そう。今の問題は電波塔だろうね」
「瓶井 さんが、ずっと怒ってるんだ」
そこで、口を挟まずにはいられなかったのか、満雀ちゃんが話に入って来た。
「瓶井さん?」
「山の方におっきい家があるでしょ。あそこに住んでるおばあちゃん。元から住んでる人の中で、一番偉い人なんじゃないかなあ。玄人くんは知らないっけ」
「いや、何度か見たことはあるよ。そっか、祟りがどうこうって言ってるのは瓶井さんなんだ」
「あ、知ってるんだね」
満雀ちゃんは目をぱちくりさせると、
「鬼がまた現れるとか、祟りがあるとか言ってた。そう言われると、流石に怖いや……うゆ」
「その、鬼って言うのを僕はよく知らないんだよなあ。満雀ちゃんは知ってるの?」
「私もあんまり。その昔、満生台には三匹の鬼がいて、人々を苦しませてて。村の名前も、その三匹の鬼から、三鬼村ってついてたんだって」
「三鬼村……か。それはちょっと怖いね」
みつきという、同じ読みでも、満生と三鬼ではその印象は百八十度違ってしまうな。
「……瓶井さんの言い分も、分かるんだ。医療センターが出来てから、満生台は変わり、昔の名残が無くなっていってる。良いことの方が多かったけれど……それを瓶井さんも認めているけれど、それでもこれ以上はという一線が、あるわけだね」
「鬼の伝承を持ち出すのは、無くしてはいけないものを守るため、ですか。なるほど……」
「本当に信じてるみたいにも見えたけどね。瓶井さん、怖い顔してたもん」
「きっと、子供の頃から聞かされてきたからだと思うよ。言い伝えだと分かってても、幼少期に感じた気持ちって、変わらなかったりするからさ」
「うーん、確かに悪さしたときとか、鬼が来るぞってずっと脅かされてたら、大人になっても鬼に良い印象は沸かないね。そういうことかあ……うゆ」
それは、その通りなのだろう。嫌な記憶は、乗り越えるとか忘れるとか言うけれど、もしまた思い出すようなことがあれば、少なくとも好きになっていることはない筈だ。
僕だって、そう。そんなものだ。
「先生、そろそろ蟹田さんのところに」
看護師の、確か 早乙女優亜さんが、カーテンの向こうから顔だけを出して双太さんに声を掛けてきた。次の診察が控えているようだ。
「ああ、そうだね」
「なんか、長々とお話してしまってすいませんでした。僕、まだこの街の新参者で、色々気になってるところもあって。……面白い話が聞けて良かったです」
「どういたしまして。ね、満雀ちゃん」
「えっへん」
なぜそこで威張る。……ただまあ、可愛らしいので許そう。双太さんも笑顔で許しているし。
「じゃあ、また来週、学校で。あ、満雀ちゃんは明日、虎牙が借りに来るのでよろしくお願いします」
「ああ、了解。でも、あんまり遠くで遊んじゃ駄目だよ」
「いつも言ってますけど、大丈夫ですって。……それじゃ」
「はーい、また明日ねー」
「またね、玄人くん」
二人の言葉に笑顔を返し、僕は診察室を後にする。
そして、受付で診察料を払って、病院を出た。
その頃にはもう、空はすっかり赤い色に染まっていた。
「ありがとうございました。正直、定期健診なんてしなくてもいいんじゃないかって思いますけど」
僕は居住まいを正して、双太さんに向き直る。
「はは、これが満生総合医療センターの方針だからね。むしろ、満生台の方針かな。どんな人でも、定期的な検診は欠かさない。医療は満ち足りた暮らしの根幹だという認識なんだよ」
「でしょうね。それは感じてますよ」
根幹でなければ、この医療センターはこんなに大きくないだろう。とは言え、今の人口からすれば大きすぎる気がしなくもないけど。
この病院の規模が、丁度いいと言える人口には、いつなるのかな。
「お父さんたち、頑張ってるんだよ」
「そうだね。病院長は牛牧 さんだけど、実際に診察を受け持ってるのは、殆ど満雀ちゃんのお父さんだもんなあ」
「ちょっと寂しいけど、私のためにも皆のためにも、一生懸命だから」
そう言って胸を張る満雀ちゃんに、僕は静かに微笑んだ。
「久礼さんは凄腕の医師だよ。僕も尊敬してる。しかし、奥さんも病気がちだし、満雀ちゃんも病弱だし、辛いことが重なってしまっているのは、ね」
「私がもっと、龍美ちゃんくらい元気だったらな」
「それは満雀ちゃんのせいじゃないよ。何かが悪いんだとすれば、きっと神様って言うしかないんだ」
生まれもってのことなら、実際そういうほかないと、僕も思う。誰のせいでもないのだ。
双太さんは、しばらくキーボードを叩いて、ふう、と小さく息を吐くと、
「よし。これで診察はお終い。次もまた二週間後くらいにしようか」
「ええ、お願いします」
僕は軽く頭を下げる。
「そういえば、双太さんがパソコンでつけてるの、電子カルテってやつですよね?」
「うん? そうだよ。満生台は、情報面で最先端の技術を目指してるみたいだからね。結構早くから、電子カルテを採用してるんだ」
「へえ……まだ比較的新しいシステムなんですか?」
「んー、厚労省が推進してるから、もう普及はしてきてるみたいなんだけど、それでも導入率は今、二十パーセントくらいなのかな。この医療センターは、四年くらい前から採用してるから、早い方だった筈だよ」
そう話す双太さんは、少しだけ誇らしげだ。しかし、コンピュータが一家に一台になりつつある現代で、電子カルテの普及率がまだそれくらいだという事実にも、ちょっと驚いた。
「いずれは電子カルテによって、どの病院に行っても、病院側が患者のデータを取り寄せて適切な治療が出来るようになっていくというビジョンなんだ。と言っても、まずは電子化の普及と、それに伴ったデータ保護の取組が進んでいく段階を踏まないとだけど」
「先は長そうですね」
技術は進んでも、その普及が追いつくとは限らない。それは当然のことなのかもしれない。
「まあね。でも、先んじて技術を取り入れていくことは、その技術が広まった後に最も効率良く利用出来る可能性が高い。だから、満生台はこのまま発展していけたなら、理想の街のモデルケース的なものになるんじゃないかとも、想像したりね」
まだ二十五歳だというのに、そんなことまで考えているとは、全く双太さんには頭が上がらない。
単純な言い方になってしまうが、この街には、凄い人が多いな。
「ただ、満生台ならではの問題もあって、そこは昔の住民達とまだ交渉していかないといけないんだろうけど」
「って言うのは、やっぱりあれなんですか?」
「そう。今の問題は電波塔だろうね」
「瓶井 さんが、ずっと怒ってるんだ」
そこで、口を挟まずにはいられなかったのか、満雀ちゃんが話に入って来た。
「瓶井さん?」
「山の方におっきい家があるでしょ。あそこに住んでるおばあちゃん。元から住んでる人の中で、一番偉い人なんじゃないかなあ。玄人くんは知らないっけ」
「いや、何度か見たことはあるよ。そっか、祟りがどうこうって言ってるのは瓶井さんなんだ」
「あ、知ってるんだね」
満雀ちゃんは目をぱちくりさせると、
「鬼がまた現れるとか、祟りがあるとか言ってた。そう言われると、流石に怖いや……うゆ」
「その、鬼って言うのを僕はよく知らないんだよなあ。満雀ちゃんは知ってるの?」
「私もあんまり。その昔、満生台には三匹の鬼がいて、人々を苦しませてて。村の名前も、その三匹の鬼から、三鬼村ってついてたんだって」
「三鬼村……か。それはちょっと怖いね」
みつきという、同じ読みでも、満生と三鬼ではその印象は百八十度違ってしまうな。
「……瓶井さんの言い分も、分かるんだ。医療センターが出来てから、満生台は変わり、昔の名残が無くなっていってる。良いことの方が多かったけれど……それを瓶井さんも認めているけれど、それでもこれ以上はという一線が、あるわけだね」
「鬼の伝承を持ち出すのは、無くしてはいけないものを守るため、ですか。なるほど……」
「本当に信じてるみたいにも見えたけどね。瓶井さん、怖い顔してたもん」
「きっと、子供の頃から聞かされてきたからだと思うよ。言い伝えだと分かってても、幼少期に感じた気持ちって、変わらなかったりするからさ」
「うーん、確かに悪さしたときとか、鬼が来るぞってずっと脅かされてたら、大人になっても鬼に良い印象は沸かないね。そういうことかあ……うゆ」
それは、その通りなのだろう。嫌な記憶は、乗り越えるとか忘れるとか言うけれど、もしまた思い出すようなことがあれば、少なくとも好きになっていることはない筈だ。
僕だって、そう。そんなものだ。
「先生、そろそろ蟹田さんのところに」
看護師の、確か 早乙女優亜さんが、カーテンの向こうから顔だけを出して双太さんに声を掛けてきた。次の診察が控えているようだ。
「ああ、そうだね」
「なんか、長々とお話してしまってすいませんでした。僕、まだこの街の新参者で、色々気になってるところもあって。……面白い話が聞けて良かったです」
「どういたしまして。ね、満雀ちゃん」
「えっへん」
なぜそこで威張る。……ただまあ、可愛らしいので許そう。双太さんも笑顔で許しているし。
「じゃあ、また来週、学校で。あ、満雀ちゃんは明日、虎牙が借りに来るのでよろしくお願いします」
「ああ、了解。でも、あんまり遠くで遊んじゃ駄目だよ」
「いつも言ってますけど、大丈夫ですって。……それじゃ」
「はーい、また明日ねー」
「またね、玄人くん」
二人の言葉に笑顔を返し、僕は診察室を後にする。
そして、受付で診察料を払って、病院を出た。
その頃にはもう、空はすっかり赤い色に染まっていた。
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