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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】

四十二話 「誰が、殺させるかよ」

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 光が消え、土埃が晴れたとき。
 ドールの体はバラバラに破壊されていた。

「……マ、ミ……」
「ドールううぅうッ!」

 ミツヤが叫び、彼の元へ駆け寄ろうとする。
 しかし、マスミが腕を伸ばして制止した。

「いけない……!」

 直前までドールが立っていた場所。
 そこに今、壁のようなものが出来ていた。
 否……壁にすら思える巨大さの、怪物が顕現していた。

「マ……マミ、さんが……」

 ドールの歪んだ思いが結実し。
 数々の事件で収集した肉体を使った継ぎ接ぎ人形を依代に。
 邪悪なる怪物が今、降臨した。
 それは今までに現れたどの怪物よりも醜悪で――そして凶悪だった。
 どろどろと溶け落ちる赤黒い肌。
 顔は三つで、眼窩にはぽっかり穴が空いている。
 背中からは羽が生えているのかと思ったが、それは手だった。
 無数の手が背中から突き出し、グロテスクな羽状になっているのだ。

「と、とんでもねえ……!」

 まともに相対して、敵う相手ではなかった。
 ミツヤもマスミに止められて良かったと心から思う。
 しかし……こうなった以上、打つ手はたった一つしかない。

「ハルナ、遺骨は!」
「あ、あそこに……!」

 怪物となったのはマミの魂だ。
 彼女の遺骨は、ハルナの服ポケットから滑り落ち、怪物の足元に転がっていた。
 清めの水はまだギリギリストックがある。
 だが、遺骨を回収出来ねば意味がない。

「ど、どうしたら……」

 怪物は、四本の脚でジリジリと近づいてくる。
 三つの口が、裂けるように開いていく。
 それらは、マスミたちを喰らい尽くすためのもの。
 肉体も、魂も。
 全てを喰らって消滅させるためのもの……。
 
「うおぉおおッ!」

 誰かが叫んだ。
 マスミがちらと隣を見ると、ミオが我武者羅に駆け出していた。
 怪物は、集団の方に意識をとられ、ミオへの反応が一瞬遅れる。
 だから、ひょっとしたら成功するかも――そう過信した。

「うわあッ!」
「ミオッ!」

 まるで意思が独立しているかのように、脚だけが動いてミオを蹴り飛ばす。
 鈍重な一撃を喰らったミオは、忽ちマスミたちのところまで吹き飛ばされ、地面を這いつくばった。

「……げほッ」

 すぐに立ち上がるところを見ると、大事には至っていないようだが……今の突撃に反応されてしまうのなら、もう。
 誰もが、万策尽きたかと絶望する。

「……こんな、終わり方で……」

 ミオが、握り締めた拳を震わせる。
 降霊術の悲劇を食い止めたい。その思いで、ここまでやってきた彼は。

「終わらせたくなんかないのに……!」

 絶体絶命の状況に涙を流し――そして、目を閉じた。

 ――ハッ。

 声が、聞こえたような気がした。
 いつまでも、死は訪れなかった。

「え……?」

 誰かの驚く声も、続けて聞こえる。
 再び目を開いたミオが見たものは……信じられない光景だった。

「……ケイ?」

 赤と黒の怪物が、暴走したマミを食い止めていた。
 それだけではない。
 迫りくる前脚のうち左右二本を、その触手ですっぱりと両断していたのだ。
 だが……その代わりに。
 ケイの体には、大きな風穴が開いていた。

「……まさか……」

 ミオだけでなく、マスミやアキノも突然の彼の出現に驚きを隠せなかった。
 何故? 今の行動は、明らかに自分たちを助けるものだ。
 復讐を目的としてきたケイの理念からは、完全に逸脱したものだと、マスミたちには思えたのだが。

『……誰が、殺させるかよ』

 怪物の肉体がボロボロと消失し。
 代わりに、霊体のケイが姿を現す。
 だが、その霊体も既に限界が来ており。
 足先から少しずつ、塵のように消滅を始めていた。

『俺の復讐が……果たせなくなってたまるかよ……』

 相変わらずの口調と笑みで、ケイはミオたちに告げる。
 そう、これは自分の復讐なのだと。
 彼の行動理念は、彼からすれば一貫していたのだ。
 自分の手で、復讐を成し遂げる。
 ただ、それだけだった。

「ケイ……お前」

 彼らを救ったように見えたのは、あくまで結果論。
 ケイにはきっと、そのような善意など全くない。
 けれども、彼らは確かに。
 ケイの介入により、命を繋ぐことが出来た。

『ドール……お前は俺をロキだとか呼んでたよな。……そうだ、俺は散々引っ掻き回してやる……そして、俺の望みは必ず……果たすのさ……』

 物語のトリックスター。
 誰にも縛られず、自分だけのために生き、そして死ぬ。
 それこそが――黒木圭。

『……いいか……俺は必ず』

 既に体は半分以上が消滅している。
 片側だけ残った腕を上げ、ケイはミオたちを指差した。

『必ず……復讐を遂げてやる』

 その腕が消え、胴体が消え、全てが消えていく。
 それでもケイは……最後まで突き刺さるような視線を、彼らに送っていた。

『……お前たちの、ところへ……必ず這い戻って、みせる――』

 そして。
 黒木圭という存在は、塵と消えた。
 肉体も魂も。
 永遠に還らぬ運命に、沈んだのだった。

「……馬鹿な、ヤツ……」

 呟いたのは、ミオだった。

「……最期まで、ホント最低の……」
「ミオ……」

 そっと、マスミが肩に手を置く。
 ミイナも隣で、そっと体を寄せていた。

「……二度と、戻ってくるな。絶対に、許してなんかやるもんか……」

 もう、帰ってくる筈もない。
 ミオにも誰にも、それは理解出来ていた。
 魂の消滅。
 それは、黒木圭に相応しい最期に違いなかった。
 それでも……身勝手な奴だと、ミオは思う。
 許されない道を最後まで選び続けた彼に。
 許してやると言うことなど、もう出来ないのだから。
 ミオたちの中で黒木圭は、永遠に許されない存在として、残り続けるしかないのだから……。

「……ハルナ」
「あ……うん!」

 半ば放心状態のミオたちの代わりに、ミツヤは近くのハルナに指示して、マミの遺骨を回収してもらう。
 怪物は、ケイの一撃により前脚を失って倒れ、動けなくなっていた。

「今、救ってあげます――!」

 ハルナはマミの遺骨に、清めの水を振り撒き。
 そして、純粋なる祈りを捧げた。
 どうか、救いあれ……と。
 祈りは、光となり。
 世界はもう一度、眩い光に満ち満ちた。
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