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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】

四十話 「皆が、幸せになれるように」

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「……

 全員の顔を見回しながら、ミツヤは語る。
 波出家の門の前。突入前に集合した一同は、ミツヤとハルナから、事件の真相について説明されていた。
 マモルとテラスから確認した、当時の出来事。
 ある意味ではおさらいのようなものだったが、当事者にしか分からないリアルな部分はマモルたちによって初めて分かったものだ。

「要するに二重人格ってやつだな。三神院でマスミさんが担当医から聞いたように、マミさんの中には、もう一人の人格が宿っていたんだよ」
「それが……仁行通。ドール、だったと」
「……うん」

 確認するようにマスミが問うのに、ハルナが頷く。

「マミさんの両親は、当初は仲睦まじい夫婦だったらしいわ。でも、ある出来事をきっかけに壊れていった。……実は、マミさんは双子だったみたいで、もう一人の赤ちゃんが男の子だったんだけど、そちらは死産だったそうなの」
「父親は、息子ができるのを心待ちにしていた。その息子の方が、死んだ。残ったのは、女の子の赤ん坊だけ……それが、きっかけだったんだ」

 マミが父親から受けていた暴力の原因。
 それは、父親が男児を心待ちにしていたからという、理不尽な理由だった。

「そんな……そんな差別的なこと……」

 あまりにも酷い真実を聞き、アキノを始め他の者たちも嘆く。
 慈しむべき実の子を虐げる……有り得てはならないことだった。

「酷い父親だ。そいつは、娘しか生き残らなかったことが嫌でたまらなかったのさ」
「だから……彼女を虐待したと」

 ミオが言うのに、ミツヤはそうだ、と短く答えた。

「どうして女のお前が。きっと、彼女はそう言われ続け、虐待され続けたんだと思う。そんな彼女が、自分の心が壊れるのを防ぐために生み出したものが、男の人格である仁行通……」

 マモルやテラスから直接聞いてきた話であり、ハルナの言葉は紛れもない真実だった。
 犬飼真美は、女である自身を否定されたがゆえに仁行通という男を生み出したのだ。

「マミという主人格を助けるために生まれたもう一つの人格。それがドールの、正体だったんですね……」

 アキノが嘆息を吐く。その肩に、姉たちはそっと手を置いて慰めた。

「……最初は、ただのイマジナリーフレンドだったらしい。母親がくれた男の子の人形に『とおる』という名前をつけて、遊んでいたんだ」
「日記の始めのページには、ちゃんとそう書いてあったんだけど、いつしかその『とおる』は、彼女の中で一人の人間になっていったワケだな」

 犬飼家に侵入し、日記を拝借してきたミツヤとソウシが順番に語る。
 その日記は光井家を発つ前に確認しており、それを見て全員が、マミという人間の乖離をダイレクトに感じとっていた。
 とても幼い頃から、マミとトオルは『共存』してきたのだ。

「男人格『トオル』は、主人格のマミを守るため、父親に抵抗し始めた。そこで初めて両親は、彼女に起きた変化を知った」
「そして父親は怖くなって蒸発、か……酷いね、本当に」

 マスミがそう吐き捨てる。実際、どうしようもなく残酷な話だった。
 彼女の人格が乖離してしまうのも無理からぬことだったのだ。

「流刻園で、彼女が近寄りがたい存在だったというのも、二重人格のせいだったんですね」
「一人で喋っていたように見えたのは、実際は自分の中の『トオル』くんと話していたからだったんだよね……」

 ミイナとミオの言葉を、ミツヤは肯定する。
 別に高校時代だけの話ではない。マミは学校という小さな社会に出たそのときからもう、トオルというイマジナリーフレンドの存在ゆえに、誰からも相手をされなかったのである。
 救いだったのは、それを理由にしたいじめが起きなかったことくらいか。

「マモルさんとテラスさんは、別に二人の仲を引き裂くつもりなんてなかったのさ。何故なら、そもそも二人は愛し合うことなんかできない者同士だったんだから。マミさんもそれは分かっていた」

 知らなかったのは、トオルという人格だけ。トオル一人だけが、大きな錯覚をしていたのだ。
 自分が一個の肉体を有しない、いわば『意識』だけの存在であるという事実を、認識していなかった……。

「……テラスさんは、降霊術の研究の過程で、ある仮説を立てていたみたいで。『魂』というのが、人間の情報が詰まったエネルギー体じゃないかという仮説なんだけど。つまり、多重人格者は、一つの体にその人格分の魂があるっていうことでね? 術によって魂を放出できれば、多重人格は治すことが出来るんじゃないかと考えていたらしいの……」

 テラス本人から聞いたことを、ハルナはそのまま説明する。それにはマスミが、

「確かに、その文献は見たことがある。そういうことも書かれていたな……」

 と、三神院でちらと見かけた書籍を思い出して呟いた。

「……で、彼らは『トオル』人格をマミの体から抜き出そうとしていたわけだけど。抜き出して終わりじゃなくて、ちゃんとトオルのことも考えてあげていたんだ。それが、今のあいつの体……関節人形。そう、あれはトオルが一つの生命として何とか生きていけるよう、用意してあげたものだったんだよ……」

 マモルという男は、愛した女性の全てを理解し。
 その上で、彼女に宿るもう一つの精神を引き離して。
 ちゃんと『一個の存在』として生きられるよう、してあげようとしていたのだ。
 だから、テラスに協力を仰いで必死に研究を行い、あの日を迎えた……。

「皆が、幸せになれるように考えてた。でもそれは……最悪の結果になってしまったんですね」
「アキノちゃんの言う通りだと思う。でも、そう……どこかで迷う気持ちがあったのかもしれない。それで、儀式は失敗してしまったのかな……」

 ミオの言葉に、全員が等しく沈黙するしかなかった。
 過去の悲劇には、被害者しか存在しなかったのである。

「……とりあえず、マモルさんとテラスさんの浄化は成功して、マミさんの骨箱も無事手に入れてきたんだが……二人は来られなかった。どうも、死亡して月日が経つほどに、現実との結びつきも弱まるみたいだ。それに、この空間は元々二人の暴走と引き換えに起こしたものだから、その力が無くなるとまずいことになる」

 だから、マモルとテラスはミツヤたちに思いを託し……その場に留まることを決めたのだ。
 浄化された身で、刻限ギリギリまでこの空間を維持することが、自分たちの戦いであると。

「俺たちは、二人から頼まれたよ。どうかトオルを……救ってくれと」

 救ってほしい。
 たとえドールが非道な行いに手を染めているとしても。
 その原因が自分たちにあると彼らは悔やみ……そして願ったのだ。
 ドールの救済を。

「優しい人たち、だったんだろうな……」
「うん……とても後悔してた。だから、その気持ちを晴らしてあげるためにも……必ずドールを救ってあげなくちゃ」
「……ですね」

 ハルナの力強い言葉に、ミイナも覚悟を決めたように頷いた。
 それを見て、ミツヤもニヤリと笑う。
 全員、既に決意は十分だ。

「……こんな直前で長話になっちまった。よし、いよいよ突入しようぜ」
「だね。……皆、行こう!」

 おう、という掛け声とともに、彼らは向かう。
 降霊術を巡る戦いを締めくくる、最後の場所――波出家へと。
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