【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】

三十九話 「そんな馬鹿なことが」

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「……な……何なのだ、この記憶は」

 突如として蘇った記憶。
 今まで自身が認識していた記憶との齟齬に、ドールは混乱した。
 おかしい。
 昔思い出した記憶には、確かに自分が存在していた。
 それなのに、降って沸いたように出てきた新しい記憶に、自分の居場所は無かった。

「何だというのだ、この訳の分からない記憶は……!」

 ドールは焦燥する。
 間違いなく彼は、あの日あの場所にいた筈だ。
 マミに向けて話した言葉。その場所の色や匂い。
 その全ては頭の中にある。
 マミの記憶が混在している? そんなわけもない。
 マミも自分も、確かに同じ場所にいたのだから。

「そんな馬鹿なことが、ある筈がないッ!」

 混濁する記憶の中を、ドールは探し続ける。
 そこに、自分の姿があると信じて。

「……あ、ああ。そうか、君がトオルくんだね」

 風見照が、マミに向けてトオルと名を呼んでいる。
 マミが俺、という一人称を使うのに反応したように見えた。

「あ……ああ! ええとね、確かマミさんは二階の客室にいたんじゃないかな。奥側の客室」

 マミがマミの居場所を訊ねている。テラスはそれに戸惑いつつも、理解を示して答えている。
 このときテラスと話していたのは私の筈。
 それがマミに取って代わられている異常。
 客室に戻ってからのマミも、魂が抜けたようにブツブツと何かを呟き続けるだけ。
 ドールの姿は――無い。
 場面は急速に展開し、運命の日が再び映し出される。
 地下に作られた魔法円。
 マモルとテラスに案内される――マミ。
 そこにもドールは存在しなかった。
 
「……これ、は……魔法円……?」
「そうだ、トオルくん。これは儀式に必要な魔法円さ」

 マミに向かって、マモルはトオルと口にする。
 聞き違いではない。確実にマモルは、マミを指してトオルと呼んでいる。

「……テラス」
「大丈夫。……やりましょう」
「……これが、私たちにとって最良の方法、なんですね?」
「……ああ、そうだ」

 過ぎていく言葉。
 しかしそれはドールの耳に入らない。
 彼が見ているのは、認めがたい光景だけ。
 三人しか存在しない、地下研究所の光景だけ……。

「だから……少しの間だけ、この円の中に入ってくれるかい」

 マミが頷く。
 それからガクリと首が項垂れ……口だけが動く。

「い、嫌だと言ったら?」

 低い声。
 それまでのマミとは、違う声。

「……君は、断れないと思うよ」
「え――」

 俯いたまま、マミは歩く。
 魔法円の中へと、ゆっくり進んでいく。
 その様子を見届けたマモルは、高らかに叫んで。

「いいぞ、テラス!」
「……ごめん、トオルくん」

 そして、儀式は発動された。

「――さあ、御霊よ、解き放たれよ!」

 拡散と収束を繰り返し。
 光と闇が折り重なり。

 ――いよいよ、救済の時。

 マモルの目から、一筋の涙が零れ落ちるのを、ドールは確かに垣間見た。

 ――マミの体から乖離せよ!

 それが、最期の言葉だった。
 それが、ドールの真実だった。
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