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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】
三十八話 「これが、ドールなんだね」
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「どう、マミちゃん。何か面白いものでも見つけたかい?」
「ああ、いえ……ただただ広さに驚いてます。そこが、お薬の研究所ですか?」
「その通り。小さいけど地下室も設けてあって、本格的なことが出来るようになってるんだ」
一階の西廊下で、マミとマモルが話している。
マモルの後ろにある扉の先は薬品の研究所になっているようで、その詳細について彼が語っていた。
「腕の良い研究者がいてね。……風見照(かざみてらす)っていう奴なんだけど。ぼーっとしててドジそうに見えるんだが、その筋ではかなり有名な奴なのさ」
「へえ、風見さん……」
風見照。ようやくその名前が出てきた。
降霊術の基礎を構築したとされる、始まりの研究者。
霧夏邸の事件を皮切りに連続して発生した昏き儀式。
全ての悲劇は、彼が生み出したいわば『プロメテウスの火』から始まっている。
「……これからどうする?」
「そうですね……家の中なのに歩き疲れちゃって。ちょっとだけ、部屋でお休みさせてもらおうかな」
「はは、オッケーオッケー。ゆっくり休んでくるといいよ」
二人は別れ、マミはまた客室へと戻っていく。
ヨウノとツキノも、それに連動して客室へ引き込まれた。
「気疲れしちゃったかな……少し、寝ちゃおう」
マミはまぶたを擦りながら言い、掛け布団を捲る。
そしてベッドに潜り込むと、やがて静かに寝息を立て始めるのだった。
訪れた静寂。傍観者のヨウノたちは、今が情報を整理するのにちょうどいいだろうと話し合う。
それは、二人が感じる『齟齬』の確認でもあった。
「ここまで見てきたわけだけれど……」
「表面上は、恋する大学生の日常……なんだけどね」
「やっぱり、ツキノも変だと思う?」
姉の問いかけに、ツキノは頷いて肯定を示した。
「うん、おかしいよ」
「……ええ」
セピア色をした、記憶の世界。
そこには色彩だけでなく、もう一つ足りないものがあった。
「これはドールの記憶の筈。でも、一体どこにドールらしき人間がいるっていうの?」
そう。
ヨウノが指摘するように、この記憶の中には。
ドール……つまり仁行通の姿がどこにも見えないのである。
名前は何度も出てきているので、ヨウノたちが見ているシーンには偶然登場していないだけかもしれない。
でも、これはドールの深層に眠る記憶なのだから、本来は視点主であるドール自身がいなければおかしいのだ。
「私たちがドール視点の代わり? ……いえ、それでも変だわ」
「今までの全てのシーンで、ドールはいないことになってるもんね」
マミとマモルが、本人がいない前提でドールのことについて話している。
ならば、その場にドールがいなかったことは明白だ。
もしかすると、マミとドールの記憶が何らかの原因で混在しているのだろうか。
否……それでもまだおかしいのだ。
ドールはここまで一度たりとも登場していないのだから。
果たして答えとは何か。姉妹が頭を悩ませていると、ふいに衣擦れの音がした。
マミが寝返りを打ったのかと思ったが……そうではなかった。
彼女は、いつの間にか上体を起こしていた。
目が覚めたのか。……それにしては、彼女の表情は――。
「……こ……これは」
虚ろな目。
感情の消えた顔。
その表情のまま、マミはゆっくりとベッドから抜け出して。
扉を開くと、外へ歩き去っていった。
「……追いかけよう」
二人の心臓は、早鐘を打っていた。
全てに説明がつく、たった一つの解答を眼前にして。
そう……それならば有り得るのだ。
ドールの記憶にドールがいなくとも、間違いではないのだ。
夢遊病者のようにふらふらと、マミは階段を下りていく。
そうして玄関ホールの前までやってくると、一度棒立ちになり、静かにまぶたを閉じた。
数秒間。世界が止まったかのような沈黙の後。
再び開眼したマミは……こう、口にした。
「……中身もご大層なことだなあ」
ぶっきらぼうな、低い声で。
「さて、俺はどうすればいいのやら」
一人称を『俺』に変えて……ホール内部を、そう評したのである。
まるで初めて目にするものかのように。
「とりあえず、誰かいないか見て回るか……。一応俺も、招かれてるらしいしな」
さっきまでとは、歩き方までが違う。
明らかに別人となったマミは……一階の東廊下へと歩いていく。
その背中を見送るヨウノたちには、もう。
明確な解答が、導き出されていた。
「……これが」
思わず。
ツキノの両目から、涙が零れ落ちた。
それは、誰に向けてのものだったか。
マミか、トオルか、いや……きっと全ての者へ。
誰もが被害者でしかなかった、この物語全てへ。
「これが、ドールなんだね」
色を無くした世界に、真実がこだました。
「ああ、いえ……ただただ広さに驚いてます。そこが、お薬の研究所ですか?」
「その通り。小さいけど地下室も設けてあって、本格的なことが出来るようになってるんだ」
一階の西廊下で、マミとマモルが話している。
マモルの後ろにある扉の先は薬品の研究所になっているようで、その詳細について彼が語っていた。
「腕の良い研究者がいてね。……風見照(かざみてらす)っていう奴なんだけど。ぼーっとしててドジそうに見えるんだが、その筋ではかなり有名な奴なのさ」
「へえ、風見さん……」
風見照。ようやくその名前が出てきた。
降霊術の基礎を構築したとされる、始まりの研究者。
霧夏邸の事件を皮切りに連続して発生した昏き儀式。
全ての悲劇は、彼が生み出したいわば『プロメテウスの火』から始まっている。
「……これからどうする?」
「そうですね……家の中なのに歩き疲れちゃって。ちょっとだけ、部屋でお休みさせてもらおうかな」
「はは、オッケーオッケー。ゆっくり休んでくるといいよ」
二人は別れ、マミはまた客室へと戻っていく。
ヨウノとツキノも、それに連動して客室へ引き込まれた。
「気疲れしちゃったかな……少し、寝ちゃおう」
マミはまぶたを擦りながら言い、掛け布団を捲る。
そしてベッドに潜り込むと、やがて静かに寝息を立て始めるのだった。
訪れた静寂。傍観者のヨウノたちは、今が情報を整理するのにちょうどいいだろうと話し合う。
それは、二人が感じる『齟齬』の確認でもあった。
「ここまで見てきたわけだけれど……」
「表面上は、恋する大学生の日常……なんだけどね」
「やっぱり、ツキノも変だと思う?」
姉の問いかけに、ツキノは頷いて肯定を示した。
「うん、おかしいよ」
「……ええ」
セピア色をした、記憶の世界。
そこには色彩だけでなく、もう一つ足りないものがあった。
「これはドールの記憶の筈。でも、一体どこにドールらしき人間がいるっていうの?」
そう。
ヨウノが指摘するように、この記憶の中には。
ドール……つまり仁行通の姿がどこにも見えないのである。
名前は何度も出てきているので、ヨウノたちが見ているシーンには偶然登場していないだけかもしれない。
でも、これはドールの深層に眠る記憶なのだから、本来は視点主であるドール自身がいなければおかしいのだ。
「私たちがドール視点の代わり? ……いえ、それでも変だわ」
「今までの全てのシーンで、ドールはいないことになってるもんね」
マミとマモルが、本人がいない前提でドールのことについて話している。
ならば、その場にドールがいなかったことは明白だ。
もしかすると、マミとドールの記憶が何らかの原因で混在しているのだろうか。
否……それでもまだおかしいのだ。
ドールはここまで一度たりとも登場していないのだから。
果たして答えとは何か。姉妹が頭を悩ませていると、ふいに衣擦れの音がした。
マミが寝返りを打ったのかと思ったが……そうではなかった。
彼女は、いつの間にか上体を起こしていた。
目が覚めたのか。……それにしては、彼女の表情は――。
「……こ……これは」
虚ろな目。
感情の消えた顔。
その表情のまま、マミはゆっくりとベッドから抜け出して。
扉を開くと、外へ歩き去っていった。
「……追いかけよう」
二人の心臓は、早鐘を打っていた。
全てに説明がつく、たった一つの解答を眼前にして。
そう……それならば有り得るのだ。
ドールの記憶にドールがいなくとも、間違いではないのだ。
夢遊病者のようにふらふらと、マミは階段を下りていく。
そうして玄関ホールの前までやってくると、一度棒立ちになり、静かにまぶたを閉じた。
数秒間。世界が止まったかのような沈黙の後。
再び開眼したマミは……こう、口にした。
「……中身もご大層なことだなあ」
ぶっきらぼうな、低い声で。
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その背中を見送るヨウノたちには、もう。
明確な解答が、導き出されていた。
「……これが」
思わず。
ツキノの両目から、涙が零れ落ちた。
それは、誰に向けてのものだったか。
マミか、トオルか、いや……きっと全ての者へ。
誰もが被害者でしかなかった、この物語全てへ。
「これが、ドールなんだね」
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