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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】

三十二話 「……どう動くか」

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 犬飼家の地下深く。
 呪われた実験場跡で、ドールは佇んでいた。
 日付が六月九日に変わった瞬間、彼は町が霊空間に鎖されたことを察知していた。
 本来であれば、霧夏を散布してから霊空間を発現させるという順序だった筈が、まだ一人の命も奪えていない状態で降霊術が発動されてしまった。
 ドールは計画が狂ったことを嘆くと同時に、自身を出し抜いた子どもたちに怒りを感じていた。

「……まさか、あちら側から町を閉ざすなどという荒業を使ってくるとはな」

 ドールからすれば、各所の事件で駒として使った子どもたちは、降霊術に対して畏れを抱いているとばかり考えていた。
 そんなものを、再び行使することはない筈だと。
 ところが、その考えは甘かったのだ。

「……どう動くか」

 霧夏は散布体制に入っているが、子どもらを殺すためだけに使ってしまっては、その後住民の殺害が出来なくなる。
 少なくとも、一度霊空間が解除されなくては計画の再開は不可能だ。
 今回の術式は、今までのものとは規模が違う。
 呼び戻そうとした霊を浄化したとて、すぐに空間が消え去るとは言い切れなかった。
 動くなら早い方がいいが、自分がここから出ていくのは大きなリスクを伴う。
 なるべくなら、子どもたちが悪霊どもに追われ、浄化せざるを得ない状況になってくれるのが良いのだが……ドールは悩む。

 ――そのとき。

「……ッ!?」

 ふいに、世界が反転するような眩暈に襲われた。
 視界がぐにゃりと歪んだようで、頭の奥に鈍い痛みが生じる。
 それはすぐに収まったのだが……明らかな異常に、ドールは戸惑いを隠せなかった。

「……何だ、今のは……」

 これまでの長い準備期間は、全てドールの目論見通りだった。
 それがここに来て崩れ始めていることに、焦燥を禁じ得ない。
 早く、何とかしなければ。
 ドールは冷たい地の底で、愛しき女性へ捧げる人形をまた、縋るように見つめる。

 ……そんなドールの心の中に。
 彼女らは、飛び込むことに成功した。

 ――潜入成功、といったところかしらね。

 光井陽乃と光井月乃。
 愛する妹に頼まれた役目を果たすため……彼女らは、ドールの記憶世界へ潜り込んでいく……。
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