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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】
三十一話 「俺たちが辿り着いた仮説」
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町を南下し、ミツヤとソウシは犬飼家に辿り着く。
ソウシにとっては初めてだが、ミツヤは霊空間を発生させるため、数時間前にここまで来ていた。
そのときに、表札だけは確認していたのだが、犬飼真美が死亡してから恐らく二十年以上は経っているのに、未だ『犬飼』という表札がかけられていた。
残されたのは、彼女の母親だけだ。生死はともかく、母親はこの家を手放さずに管理し続けたのだろう。
「ようし、ちょっと待ってろよ」
玄関扉の前に立ち、ソウシが袖を捲る。
それからすうっと扉の向こうへ消えていくと……程なくしてカチャリという、解錠音が鳴った。
「よし、オッケーだ」
「べ……便利だな、おい」
「へへ、連れてきてよかっただろ。そう何度も出来るもんじゃないけどな」
ソウシ曰く、霊体が現実の物体に働きかけるのは結構なエネルギーを消費するらしい。
体を実体化させているというより、エネルギーをぶつけるというのが正確な表現のようだが、難しいことはソウシもミツヤもハッキリとは分かっていなかった。
そもそもが超常的なことなのだ。
ともあれ、ソウシの力で難なく犬飼家へ侵入出来たので、二人はマミの私室を目指した。
家の中は、どこもかしこも埃だらけだ。もう随分、ここに人が立ち入っていないことが分かる。
もしかしたらここも、場合によっては取り壊されたりするかもしれないとミツヤは考えた。
マミの部屋は、廊下の右手に並んだ三つの扉の真ん中だった。『マミ』というプレートが扉に付いている。
二人は顔を見合わせ互いに頷くと、部屋の中へ入っていった。
……犬飼真美の部屋。ここも他の場所と同じく、埃が積もっている。
ただ、それ以外はよくある女の子の部屋、という印象だった。
目立っているのは、勉強机の上に置かれた人形くらいか。
「……可愛らしい人形だな。これ、犬飼真美って子のものなんだろうな」
「その子の部屋だってんなら、きっとそうだろ」
「んー、この人形以外は特に何も見当たらないんだよなあ……」
人形は既製品のようだが精巧な作りで、着せられている服だけはお手製に見えた。
赤毛の男の子。恐らくは海外製なのだろうが、日本でも十分子どもに気に入られそうな外見ではある。
一応人形を調べてみたが、ボロボロになるまで遊んでいたであろうことくらいしか分からなかった。二人は人形を元の場所に戻し、他の場所を調べてみることにする。
「本棚とか机の引き出しとかに、日記とかあったりしねえか?」
「ああ、ありえるな。ハルナだって日記書いてたくらいだし」
「後で俺が伝えたら、怒られそうだな」
「おい、それはマジでやめろよ」
日記を書いているのは、ハルナにとっていわば乙女の秘密だ。
もしもソウシが、自分から聞いたと告げ口をしたら……ミツヤはその先を考えて身震いした。
ソウシのことだから、冗談でしかないだろうが。
「ん……。これ、日記かもしれないな」
探し始めてすぐに、目当てのものは見つかった。
本棚の端に差し込まれた薄いノート。
にっきちょう、とひらがなで記されたそのノートは、犬飼真美が幼少期につけていた日記のようだった。
「まさか本当に書いてるとは……」
「どれどれ」
ミツヤとソウシは、勉強机の上にノートを置くと、適当なところまでページを捲った。
中には幼い子どもらしく拙い字で、マミの日々が綴られていた。
今日もとおるくんとあそんだ。
とおるくんは、どんなあそびもいっしょにしてくれる。
だいすき。
とおるくんは、わたしにやさしくしてくれる。
でも、ダメなところはダメっていってくれる。
すてきな人。
これを書いたのは、小学校に入学する前後くらいだろう。
簡単な漢字はちらほら使われているが、殆どがひらがなとカタカナだ。
「……とおるくんってのが多分、ドールのことなんだろうな」
「マミって子も、ドールのことが好きだったんだ」
「まあ、これはだいぶ幼い頃の日記みたいだけど」
ただ、この頃から既に父親の虐待は始まっていた筈。
日記にトオルのことしか書かれていないのは、そういう事情もあるのかもしれない。
トオルと遊んだと書かれているが、言い換えればそれは、トオルとしか遊べなかったということではないか。
ミツヤはそんな風に穿った見方をする。
……と、そこで。
「……な」
とあるページを開いたところで、そこに書いてある内容に、ミツヤは言葉を失う。
「……なんだよ、それ」
「どうした?」
「こ、このページ……日記の最初の方のページに、こんなことが書かれてるんだよ……!」
ミツヤの焦りように只ならぬものを感じ、ソウシもすぐノートに視線を落とす。
そして書かれている文章を見……同じように、絶句した。
「……まさか……これは」
「考えられる、可能性としては……」
二人は、互いに同じ結論に至ったことを確信する。
それが恐らくは真実であることも。
「とりあえず、これを持っていって皆に話してみよう。俺たちが辿り着いた仮説があり得そうかどうかも、皆に考えてもらわないといけない……」
「だな……」
マミのノートを手に、ミツヤとソウシは犬飼家から脱出する。
そして、この事実を他のメンバーに伝えるため、光井家へと戻っていくのだった。
ソウシにとっては初めてだが、ミツヤは霊空間を発生させるため、数時間前にここまで来ていた。
そのときに、表札だけは確認していたのだが、犬飼真美が死亡してから恐らく二十年以上は経っているのに、未だ『犬飼』という表札がかけられていた。
残されたのは、彼女の母親だけだ。生死はともかく、母親はこの家を手放さずに管理し続けたのだろう。
「ようし、ちょっと待ってろよ」
玄関扉の前に立ち、ソウシが袖を捲る。
それからすうっと扉の向こうへ消えていくと……程なくしてカチャリという、解錠音が鳴った。
「よし、オッケーだ」
「べ……便利だな、おい」
「へへ、連れてきてよかっただろ。そう何度も出来るもんじゃないけどな」
ソウシ曰く、霊体が現実の物体に働きかけるのは結構なエネルギーを消費するらしい。
体を実体化させているというより、エネルギーをぶつけるというのが正確な表現のようだが、難しいことはソウシもミツヤもハッキリとは分かっていなかった。
そもそもが超常的なことなのだ。
ともあれ、ソウシの力で難なく犬飼家へ侵入出来たので、二人はマミの私室を目指した。
家の中は、どこもかしこも埃だらけだ。もう随分、ここに人が立ち入っていないことが分かる。
もしかしたらここも、場合によっては取り壊されたりするかもしれないとミツヤは考えた。
マミの部屋は、廊下の右手に並んだ三つの扉の真ん中だった。『マミ』というプレートが扉に付いている。
二人は顔を見合わせ互いに頷くと、部屋の中へ入っていった。
……犬飼真美の部屋。ここも他の場所と同じく、埃が積もっている。
ただ、それ以外はよくある女の子の部屋、という印象だった。
目立っているのは、勉強机の上に置かれた人形くらいか。
「……可愛らしい人形だな。これ、犬飼真美って子のものなんだろうな」
「その子の部屋だってんなら、きっとそうだろ」
「んー、この人形以外は特に何も見当たらないんだよなあ……」
人形は既製品のようだが精巧な作りで、着せられている服だけはお手製に見えた。
赤毛の男の子。恐らくは海外製なのだろうが、日本でも十分子どもに気に入られそうな外見ではある。
一応人形を調べてみたが、ボロボロになるまで遊んでいたであろうことくらいしか分からなかった。二人は人形を元の場所に戻し、他の場所を調べてみることにする。
「本棚とか机の引き出しとかに、日記とかあったりしねえか?」
「ああ、ありえるな。ハルナだって日記書いてたくらいだし」
「後で俺が伝えたら、怒られそうだな」
「おい、それはマジでやめろよ」
日記を書いているのは、ハルナにとっていわば乙女の秘密だ。
もしもソウシが、自分から聞いたと告げ口をしたら……ミツヤはその先を考えて身震いした。
ソウシのことだから、冗談でしかないだろうが。
「ん……。これ、日記かもしれないな」
探し始めてすぐに、目当てのものは見つかった。
本棚の端に差し込まれた薄いノート。
にっきちょう、とひらがなで記されたそのノートは、犬飼真美が幼少期につけていた日記のようだった。
「まさか本当に書いてるとは……」
「どれどれ」
ミツヤとソウシは、勉強机の上にノートを置くと、適当なところまでページを捲った。
中には幼い子どもらしく拙い字で、マミの日々が綴られていた。
今日もとおるくんとあそんだ。
とおるくんは、どんなあそびもいっしょにしてくれる。
だいすき。
とおるくんは、わたしにやさしくしてくれる。
でも、ダメなところはダメっていってくれる。
すてきな人。
これを書いたのは、小学校に入学する前後くらいだろう。
簡単な漢字はちらほら使われているが、殆どがひらがなとカタカナだ。
「……とおるくんってのが多分、ドールのことなんだろうな」
「マミって子も、ドールのことが好きだったんだ」
「まあ、これはだいぶ幼い頃の日記みたいだけど」
ただ、この頃から既に父親の虐待は始まっていた筈。
日記にトオルのことしか書かれていないのは、そういう事情もあるのかもしれない。
トオルと遊んだと書かれているが、言い換えればそれは、トオルとしか遊べなかったということではないか。
ミツヤはそんな風に穿った見方をする。
……と、そこで。
「……な」
とあるページを開いたところで、そこに書いてある内容に、ミツヤは言葉を失う。
「……なんだよ、それ」
「どうした?」
「こ、このページ……日記の最初の方のページに、こんなことが書かれてるんだよ……!」
ミツヤの焦りように只ならぬものを感じ、ソウシもすぐノートに視線を落とす。
そして書かれている文章を見……同じように、絶句した。
「……まさか……これは」
「考えられる、可能性としては……」
二人は、互いに同じ結論に至ったことを確信する。
それが恐らくは真実であることも。
「とりあえず、これを持っていって皆に話してみよう。俺たちが辿り着いた仮説があり得そうかどうかも、皆に考えてもらわないといけない……」
「だな……」
マミのノートを手に、ミツヤとソウシは犬飼家から脱出する。
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