【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】

二十六話 「久しぶり」

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 ピチョン、ピチョンと水滴の音が耳に届く。
 ミツヤはそこで、自分が冷たい床の上に倒れているのに気付いた。

「……ん……」
「……あ、目が覚めた?」

 痛む頭を押さえながら起き上がると、そこにはハルナがいた。
 彼女はミツヤより幾分か早く目を覚まし、状況確認をしていたようだ。

「……ここは?」
「うん、霧夏邸の実験室みたい」

 霧夏邸。二人がまだ中学生の頃、友人たちとともに忍び込んだ懐かしき邸宅。
 辛く、悲しい思い出ばかりが残る場所だ。
 今はもう、建物自体は取り壊されて影も形もない。
 土地が売りに出されているものの、元所有者の怪しげな噂もあり、買い手はまだ見つかっていないという。

「……なるほど、飛ばされたのか」
「地下に飛ばされるなんて、不思議よね……」

 しみじみとハルナが言う。確かに、地下へ飛ばされる原理は不明だった。
 トンネル効果だのあれこれ考えてみたが、すぐにミツヤも諦める。
 それより、もっと重要なことがあった。

「地下……って、ちょっと待ってくれ。俺が前に調べに来てから、また工事があったよな?」
「そうなの、出口が完全に塞がれてるみたいなのよ」

 直近にミツヤがここを訪れたのは、約一週間前のことだ。そのときは地下への入口に木の板が置かれ、上から軽く土が被せられた程度だった。
 そのすぐ後に再工事が入ったということは、霧夏盗難の事実を恐れた国が、研究室そのものを完全に無くそうと目論んだ可能性はある。
 この地下室も、数日と経たず潰されてしまうのだろう。

「どうしよう、ミツヤくん……」
「……うーむ、まさかこんな事態になるとは」

 出口が埋められているのでは、脱出の方法がない。
 霊の空間によって鎖されているのではなく、物理的に鎖されているのなら……方法は物理によるしかないのだろうが。

「……ああ、やっぱりここに飛ばされてたか」

 そこで、二人しかいない筈の地下室に声が響く。
 驚いて振り返ったミツヤとハルナが目にしたのは……かつての友人の姿だった。

「一発で発見できて良かったぜ……」
「ソ……ソウシ……」

 二人の驚くさまが面白かったのか、ソウシはぷっと噴き出したあと、

「ビックリすることか? こんな空間が出来上がってるのにさ」
「まあ、それは確かにそうだけどよ……」
「はは、久しぶりだな。二人とも」

 三年前、霧夏邸が悲劇の舞台となり。
 その犠牲者となって命を奪われた友人の一人。
 恋人を救い、そして恋人とともに旅立っていった少年。
 ミツヤは事件が終わってから時折、彼の忠告を素直に聞いておけばと思ったものだ。

「ああ、久しぶり。一瞬誰だか分かんなかったぜ」
「ちっ、相変わらず口が悪いなあ」

 別離の期間は長かったが、ミツヤもソウシも、あの頃と同じように軽口を叩き合う。
 しかし、ソウシはすぐに用件を思い出して、

「なあ、二人とも。悪いんだけどよ……ちょっと、マヤのとこまで行ってやってくれねえか」
「は? マヤ……?」
「ああ……俺が連れ出しちまってね。そのせいで怪我しちまったんだよ」
「……マヤくんが……」

 中屋敷麻耶は、ミツヤとハルナから大切な人を奪っていった少年だ。
 霧夏邸事件においてその罪を暴かれ、一時は殺されかけて。ハルナに諭された彼は、自ら罪を認めて少年刑務所へ収容された。
 あれからミツヤたちと顔を合わせることはなかったのだが。

「けど、俺たちが行ってなんとかなるか? というか、あいつ一人にしてないよな……殺されたりしたら寝覚めが悪いぞ」
「ああ、大丈夫。アキノって子がそばにいてくれてるからよ。あいつ、その子を助けようとしたんだよな……何故か」

 マヤが人助けをしたと聞いて、ミツヤはソウシに再会したときよりも驚愕した。

「助け……? 見間違いじゃないか?」
「はは、ひっでえな。ま、言っても信じないだろ? だからマヤに会ってみないかって思って来たわけだよ」

 罪を償ってくると口にし、自分たちの元を去っていったマヤ。
 未だその罪は償っている最中だが……少しは変われているのかもしれないな、とミツヤは思う。

「マヤくんに会う、か。……どうする? ミツヤくん」
「行く行かないは別としてよ。そもそも俺ら、ここから出られないんだ。まずはその問題をどうにかしてからだな」
「ふうむ、なるほど」

 霊体であるソウシは、物理的な障害など気にすることなくすり抜けて来れただろうが、生憎ミツヤもハルナもそうはいかない。
 地下を塞ぐ蓋と大量の土砂。それを何とかしなければ、ここから出ることは叶わないのだ。
 どうしたものかとソウシは顎に手を当てて考える。地下実験室にはもう殆ど道具がなく、外から土砂を掻き出すのも一苦労だ。

「……あ」

 そこでソウシは、とあるものを目にした。
 偶然にも――というより意図的だったのだろうが、それはちょうどソウシがミツヤたちと向かい合うような位置にいたからだった。

「すまん。ちょっと二人とも、出口のところで待っててくれないか? 俺がここの物調べて、何とかならないか考えてみるからよ」
「お前が? ……まあ、いいけど」

 突然のことだったので、訝しみながらもミツヤとハルナは大人しく提案を受け入れる。
 きっと霊ゆえに出来ることもあるのだろう、と適当な解釈をして。

「じゃあ、お願いするね。ソウシくん」
「おう、任された」

 二人はソウシを実験室に残し、古びた扉を抜けて廊下に向かう。
 そこで大人しく、ソウシが何らかの手を打ってくれるのを待つことにした。
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