上 下
149 / 176
最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】

十九話 「君の真っ直ぐな心を」

しおりを挟む
 マスミがいた病室は四階だったので、中央階段から一階まで下りようと移動する。
 院内に他のメンバーが飛ばされている可能性もあったが、まずは出口まで辿り着いて脱出経路を確認しておきたいと考えたのだ。
 ただ、マスミはすぐに立ち止まらざるを得なくなる。
 何故なら、三階の階段前にはどっしりと構えて動かない悪霊がいたからである。

「……これじゃ通れないな」

 現れた悪霊たちはみな、意思もなく漂うものばかりだったのだが、時たま例外は存在するようだ。とは言え、留まる悪霊にも特段意思はないのだろうが。
 とにかく、進路を塞ぐその悪霊は何とか排除しなくてはならない。マスミはその方法を考え、悪霊の注意を引き付ける物がないかどうか、近くを探してみることにした。
 四階に引き返し、まずは売店へ。様々な商品が陳列されているが、中々いい物は見つからない。ガラス瓶の飲料でもあれば割れた音で気を引けるかもしれなかったが、生憎ここにあるのはペットボトルのものだけだ。
 最悪これを転がそうかとひとまず保留にしてから、マスミは病室のある反対側の廊下へ向かう。
 そして最初に入った部屋で、幸運にも丁度いいアイテムを発見した。
 サッカーボールだ。

「……子どもの患者さんがいたのかな」

 ボールには拙い字で名前のようなものが書かれている。幼い子どもの字なので判読することは出来なかったが、とりあえずボールの持ち主に心の中で謝って、悪霊排除のために借りていくことにした。
 三階に戻り、悪霊の前を横切るようにボールを転がす。すると思惑通り、悪霊はボールに反応してそれを追いかけていった。それなりに勢いをつけていたので、ボールも悪霊も闇の向こうへと消えて見えなくなる。

「……よし」

 これで障害は無くなった。
 マスミは柄でもないと思いつつも、手で小さくガッツポーツをしてから一階まで下りていった。
 一階の受付にも、悪霊たちは彷徨していた。以前の事件で、霊空間と化した三神院を探索したときでさえ、これほどの霊が現れることはなかったので、自分たちが行った儀式の規模にはつくづく驚くばかりだ。
 悪霊の進路上に立たないよう注意は払いつつ、マスミは出入口を目指して進む。
 ――と。

「……あれは……」

 出入口の自動ドア前に、また立ち尽くしている霊がいるのが見えた。
 悪霊か、と一瞬考えたのだが、どうも雰囲気が違っている。
 初老の男性。彼はどうやら悪しき気にあてられていない、健常な霊のようだった。
 一人でいることの不安もあり、情報収集がてら、マスミは男に話しかけてみることにした。幸い、出入口前は他の霊も少なく、多少留まっていても問題はなさそうだった。
 男の霊も、マスミが近づいてくるのを察知して、体をマスミの方へ向ける。

「……君は、どうやら生者のようだね」
「ええ、まあ。ここに飛ばされてきてしまったみたいで」
「迷い込んだ、というわけではなさそうだ」

 マスミの落ち着きようもあってか、男性は彼が只者でないことを見抜いたようだった。
 素性を知られることに抵抗はないので、マスミはこれまでの経緯を簡単に説明する。
 人を探していること、その人を巡る事件が起きていること、事件に関連して降霊術が発動したこと……死者である男性も、降霊術というものの存在は意外だったようで、マスミの話を面白そうに聞いていた。

「なるほど。君やその仲間たちは、町の人々を守るために術を使ったというわけか」
「まあ……そうなります。目指すのは、この事件の解決ですけど」

 解決。長く続いたこの事件は、一体どうなれば解決と呼べるのだろう。
 マスミ自身にもまだそれは分からないが、少なくとも結末が悲劇でないようにとは、祈っている。

「……外に出たいのかい」
「ええ、他のみんなと合流したいので。……院内に、僕以外の生者がいるかが分かったりはしますか?」

 思いつきの質問ではあったが、ありがたいことに男性は首を縦に振った。

「ここには君以外の生気は感じない。私の感覚が正しければ、だがね」
「……ありがとうございます」
「しかし、ここから出たすぐのところには今、悪霊どもが大勢いる。様子を見た方がいいとは思うが」
「いえ、時間がありません。他にも仲間が方々に飛ばされている筈。みんなを危険に晒さないためにも、早く合流したいんです」
「……ふ。中々、勇敢な子だな」

 マスミの言葉に、男性はニヤリと笑った。

「君の真っ直ぐな心を信じることにしよう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

《完結》 世界の終焉に何を思う

くみたろう
ホラー
世界が変わるのは一瞬だった。 つい先程までは、変わらない日常を送っていたのに。 蔓延するのはウィルスが原因なのか、それとも薬品か。 そんなことはわからないけれど、今は人が人を襲い化け物に変える。 わかるのはこれだけ、これだけなのだ。 ホラー、パニック、グロテスクな表現があります。 ゾンビもののお話しで、世界の終焉の始まりのお話し

ホラー短編集

ショー・ケン
ホラー
ショートショート、掌編等はたくさん書いていますが短編集という形でまとめていなかったのでお試しにまとめてみようと思います。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

意味がわかると怖い話

井見虎和
ホラー
意味がわかると怖い話 答えは下の方にあります。 あくまで私が考えた答えで、別の考え方があれば感想でどうぞ。

クリスマス当日の愛妻弁当

三谷朱花
ホラー
クリスマス当日の愛妻弁当。きっと、クリスマスパーティーの残り物が入っているだけだ。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...