【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

文字の大きさ
上 下
136 / 176
最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】

六話 「私――マモルくんのことが」

しおりを挟む
 テラスに教えられた通り、マミの眠る客室に辿り着いた私は。
 穏やかな寝息を立てる彼女の傍に、しばらくの間寄り添っていた。
 マミが目を覚ましたのは、陽も傾き始めた午後五時前のこと。
 掛け時計の音がやけに煩く聞こえる部屋の中で長い間待ち続け……ようやくのお目覚めだった。

「……あ……トオル」

 目を覚ますと、すぐ頭上に私の顔があったので、少々驚いたのだろう。
 マミは寝惚け眼ながらも、体をぴくりと震わせた。

「おはよう、マミ」
「……うん」

 私が見つめる中、マミはゆっくりと身を起こして目を擦る。
 そうして一度大きな伸びをしてから、ベッドを離れて椅子に座った。
 私も向かい合うように、反対側の椅子に腰かける。
 今までずっと話してきた筈なのに、こうしてまた二人きりでいられるのが、とても久しぶりな気がしてならなかった。

「……へえ、風見さんに会ったのね」

 マミが寝ている間のことを一通り説明すると、彼女は嬉しそうに表情を緩めた。

「お人好しそうな顔した人だったよ」
「私も会うのが楽しみだわ。今度紹介するって言われてるから……」

 マモルとの話が楽しかったことを暗に仄めかしているのが気に食わなくて、私は返答せずにいた。
 大人げないと思われたのだろうが、マモルのことに関しては、私は理性的な判断がどうしても難しかったのだ。
 ……そして。

「……ねえ、トオル」
「何? マミ」

 この瞬間が、私にとって最も屈辱的で、記憶に残るものになった。
 ああ、当然分かってはいたけれど……口にはして欲しくなかった、彼女の気持ち。

「まだ、ふわふわとしてて曖昧な気持ちだと思うけど……一応、言っておこうと思って」
「……やめてくれよ」
「ううん、聞いて」

 それを直接私に伝えるということが。
 彼女の意思の強さを、物語っていた。
 だからこそ私は、完膚なきまでに打ちのめされたのだ。

「私――マモルくんのことが、好きよ」

 そのときもう、私とマミとの間には。
 埋めようもない溝が……それこそ地割れのような隔たりが、生じていたのだった。





 それから、波出守は夕食も用意して、私たちをもてなした。
 だが、そのあたりのことは最早、曖昧模糊とした記憶だ。覚えていない。
 たった一言、あの言葉が胸に残り続けて。
 私はあまりにも惨めな思いで、ずっと虚空を見つめていた。
 ……マミとマモルは、それから何度も会い、同じ時間を過ごした。
 彼と会うときのマミの顔は、とても幸せに満ちたものだった。
 ……そう。確かに彼は、マミにとって私に代わる存在ではあったのだ。
 ようやく自分というものを認めてくれた人間、だったのだから……。
 二人は惹かれあっていった。
 私の思いを知っていても、それでもなお。
 私たちは――というよりも、マミは度々波出家に招かれた。
 泊まることはなかったが、それでもマミとマモルは、本当の恋人同士のようにみえた。
 いや……恋人同士、だった。

 そして、ある日のこと。
 マミに寄り添うようにして、また波出家に足を運んだ、ある日のことだ。
 破滅の兆しは、突如として姿を見せた。
 そう、それはあまりにも突然に――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら
ホラー
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。 灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。 それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。 。 部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。 前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。 通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。 どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。 封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。 決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。 事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。 ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。 都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。 延々と名前を問う不気味な声【名前】。 10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。 

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

処理中です...