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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】
五話 「それが君の、偽らざる気持ちか」
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「……ふうむ、なるほど」
研究室で、テーブルを挟み向かい合って座った私とテラスは、互いの自己紹介を続けていた。
本当ならマミの居場所を聞くだけで済まそうと考えていたのだが、彼の人柄に関心を持ってしまったせいか、マミが寝ていると聞かされたせいか、とにかく私は彼と話をする気になった。
だから、彼の仕事場である研究室へとやって来たのだった。
「君とマミさんの……いわゆる馴れ初め、とでもいえばいいのかな。それは、そういうものだったというわけだ」
「……え、ええ。そうです」
不思議な気持ちだった。今まで他人に、自分とマミの関係性を話したことは一度もなかったからだ。
それを打ち明ける気になったのには、マミの気持ちが離れていることも理由としてあったが、やはりテラスの雰囲気も大きく影響していたと思っている。
「幼馴染の俺が、あの時を境に、一緒にいてやることにしたんです。それがあの子を救うことになるんだと思って」
「……優しい性格なんだね、君は」
「いえ、そんなことは」
「……そして、意思が強い」
「いえ……」
私はその日の内に、いつの間にか多くのことを彼に語っていた。
私とマミが如何にして出会い、共に生きるようになったかということについて。
――マミは、幼少期に父親から虐待を受けていた。
マミはそれを誰にも口にせず、一人ただずっと、痛みを受け入れ、耐え続けていた。
彼女の母親は、それを知らなかったわけではないだろう。
しかし、自らの夫に逆らうようなことはできなかったのか、見て見ぬふりをし続けていた……。
そんな彼女の元に現れたのが、私だった。
彼女の幼馴染だった、私。
まだ残されていると信じていた愛を求め、必死に耐えてきた彼女を知って、私は手を差し伸べた。
そんな風に耐え忍ぶ必要なんてもう、ないのだと。
マミの父親はすぐに蒸発した。二度と戻ってはこなかった。
しかし、あれだけ暴力を振るった父親を、それでもマミは父親なのだと、忘れることはできなかった。
最後までもらえなかった愛を欲し、彼女は泣いた。
だから私は、決めたのだ。
これからどんなことがあろうとも、彼女の傍に寄り添っていてあげよう、と――。
「……マミちゃんにとってのヒーローであり、大切な存在でもありたい。それが君の、偽らざる気持ちか」
私たちの繋がりを聞いて、テラスさんはそう訊ねてきた。
ヒーローと言うワードはあまり考えたことがなかったが、そう取られてもおかしくないなと気付かされた。
「別に、そこまでのことは思っていませんけど……ただ、嫌だったんです。突然のこのこ近づいてきた男に、突然彼女が、彼女の気持ちが少しでも、奪われるということが……」
「……そうだろうね」
何を言ってるんだろうなと恥ずかしくなったけれど、本心は口を衝いて出てきてしまった。
まるでテラスという男が心理カウンセラーのように思えたほどだ。
「あの、もう……いいですか?」
これ以上話していると、もっと深い部分まで曝け出してしまいそうで。
それは少し怖くなったので、私は話を打ち切った。
テラスという男が嫌になったわけではない。
むしろ好感を持ったからこそ……今はここまでにしておきたかったのだ。
「ああ、ごめん。色々話してもらってるとつい。ありがとう、話してくれて」
テラスも私を引き止めることはしなかった。マモルの客人なのに長い間話し込んでしまったと、反省しているようだった。
とりあえず立ち上がったものの、そこで私は動けなくなる。
マミがどこで寝ているのか、まだ聞いていなかったのだ。
「えっと、マミはどこにいるんでしたっけ……」
「あ……ああ! ええとね、確かマミさんは二階の客室にいたんじゃないかな。奥側の客室」
「分かりました。こちらこそ、ありがとうございました」
私はテラスに礼を言い、研究室を出ていく。
その去り際、背中を向けたまま……私は一言、テラスに残していった。
「話したかったのは、誰かに言わないと辛かったからかもしれません」
「……そっか」
どういたしまして、と笑うテラスの声が、ずっと頭に残り続けた。
研究室で、テーブルを挟み向かい合って座った私とテラスは、互いの自己紹介を続けていた。
本当ならマミの居場所を聞くだけで済まそうと考えていたのだが、彼の人柄に関心を持ってしまったせいか、マミが寝ていると聞かされたせいか、とにかく私は彼と話をする気になった。
だから、彼の仕事場である研究室へとやって来たのだった。
「君とマミさんの……いわゆる馴れ初め、とでもいえばいいのかな。それは、そういうものだったというわけだ」
「……え、ええ。そうです」
不思議な気持ちだった。今まで他人に、自分とマミの関係性を話したことは一度もなかったからだ。
それを打ち明ける気になったのには、マミの気持ちが離れていることも理由としてあったが、やはりテラスの雰囲気も大きく影響していたと思っている。
「幼馴染の俺が、あの時を境に、一緒にいてやることにしたんです。それがあの子を救うことになるんだと思って」
「……優しい性格なんだね、君は」
「いえ、そんなことは」
「……そして、意思が強い」
「いえ……」
私はその日の内に、いつの間にか多くのことを彼に語っていた。
私とマミが如何にして出会い、共に生きるようになったかということについて。
――マミは、幼少期に父親から虐待を受けていた。
マミはそれを誰にも口にせず、一人ただずっと、痛みを受け入れ、耐え続けていた。
彼女の母親は、それを知らなかったわけではないだろう。
しかし、自らの夫に逆らうようなことはできなかったのか、見て見ぬふりをし続けていた……。
そんな彼女の元に現れたのが、私だった。
彼女の幼馴染だった、私。
まだ残されていると信じていた愛を求め、必死に耐えてきた彼女を知って、私は手を差し伸べた。
そんな風に耐え忍ぶ必要なんてもう、ないのだと。
マミの父親はすぐに蒸発した。二度と戻ってはこなかった。
しかし、あれだけ暴力を振るった父親を、それでもマミは父親なのだと、忘れることはできなかった。
最後までもらえなかった愛を欲し、彼女は泣いた。
だから私は、決めたのだ。
これからどんなことがあろうとも、彼女の傍に寄り添っていてあげよう、と――。
「……マミちゃんにとってのヒーローであり、大切な存在でもありたい。それが君の、偽らざる気持ちか」
私たちの繋がりを聞いて、テラスさんはそう訊ねてきた。
ヒーローと言うワードはあまり考えたことがなかったが、そう取られてもおかしくないなと気付かされた。
「別に、そこまでのことは思っていませんけど……ただ、嫌だったんです。突然のこのこ近づいてきた男に、突然彼女が、彼女の気持ちが少しでも、奪われるということが……」
「……そうだろうね」
何を言ってるんだろうなと恥ずかしくなったけれど、本心は口を衝いて出てきてしまった。
まるでテラスという男が心理カウンセラーのように思えたほどだ。
「あの、もう……いいですか?」
これ以上話していると、もっと深い部分まで曝け出してしまいそうで。
それは少し怖くなったので、私は話を打ち切った。
テラスという男が嫌になったわけではない。
むしろ好感を持ったからこそ……今はここまでにしておきたかったのだ。
「ああ、ごめん。色々話してもらってるとつい。ありがとう、話してくれて」
テラスも私を引き止めることはしなかった。マモルの客人なのに長い間話し込んでしまったと、反省しているようだった。
とりあえず立ち上がったものの、そこで私は動けなくなる。
マミがどこで寝ているのか、まだ聞いていなかったのだ。
「えっと、マミはどこにいるんでしたっけ……」
「あ……ああ! ええとね、確かマミさんは二階の客室にいたんじゃないかな。奥側の客室」
「分かりました。こちらこそ、ありがとうございました」
私はテラスに礼を言い、研究室を出ていく。
その去り際、背中を向けたまま……私は一言、テラスに残していった。
「話したかったのは、誰かに言わないと辛かったからかもしれません」
「……そっか」
どういたしまして、と笑うテラスの声が、ずっと頭に残り続けた。
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