上 下
123 / 176
第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】

二十八話 断片

しおりを挟む
 ボロボロの廊下を二人、並んで歩く。
 出来ればずっと、このまま歩きたいという思いにも駆られたが、ここにいられる時間は僅かしかない。
 廊下はすぐに途切れる。
 二年二組の教室経由で道は繋がっているようなので、オレたちは方向転換し、教室へ入った。
 そこに、また黒いもやが漂っていた。
 やることは同じだ。オレは万が一にももやが逃げないよう、音を立てず慎重に近づいていき……そして、手をかざした。


 次は、ユウキの記憶だった。

「……ごめんね、エイコちゃん。俺も……その思いは一緒なんだ」

 屋上の前。誰も近寄らない暗い場所で膝を抱えながら。
 ユウキはエイコちゃんへの思いを、独り呟いていた。
 オレの記憶ではないけれど。記憶世界の中で一緒になっているからか、そのときの気持ちも流れ込んでくる。
 喜びと苦しみの葛藤の中……ユウキは確かに、希望を見出そうとしていた。

「だから……必ず。この怖さを越えて……今度は、俺から伝えるから」

 ユウキは拳を握りしめ。

「どうか、待ってて――」

 祈るように強くまぶたを閉じて、そんな風に呟くのだった。


 切ないけれど、とても純粋で温かな記憶。
 それをオレの中へと取り込んで、ゆっくりと目を開ける。
 するとそこに、未だ会えていないユウキの姿が浮かんで見えた気がした。
 オレに向かって、照れ臭そうに微笑んでくれている気がした。

「ユウキ……」

 景色が一緒に映ったのかもしれない、ミイちゃんも愛おしそうに息子の名前を呟く。
 その顔だけは、オレの知らない母の顔だった。
 もしもあのとき、ドールが現れていなければ。
 今のミイちゃんと同じような顔を、オレも浮かべていたのだろうか。
 浮かべていたかったな、と苦しくなる。

「……次だ」

 オレの記憶、ユウキの記憶。現れ出てくるのが一つずつなら、これでもう半分が終わった。
 残っているのは、ミイちゃんとあいつのものだけ。
 この空間も、流刻園の二階部分しか再現されていないようなので、道のりも丁度あと半分というところか。

「……あ」

 殆ど距離を置かず、また記憶の断片がオレたちの傍に現れる。今度の断片には、ミイちゃんが敏感に反応した。
 何か感じるものがあるのだとすれば、これは恐らく。
 手を差し伸べ、もやに触れる。流れ込んでくる記憶は予想通り、ミイちゃんのものだった。
 いつかの下校途中の光景。今のように、二人仲良く並んで歩いた光景だった。


「今日ねー、風見照(かざみてらす)さんを見かけたんだよ。しかも、この近くで」

 他の生徒たちに混じって、玄関から校門に向かって歩いている途中。
 嬉しそうにミイちゃんがそう切り出した。

「カザミ……って、誰だそりゃ」
「えー。たまにメディアとかで、悲劇のハンサム研究者とかで出てるんだよ? 本業が忙しいみたいで、あんまり沢山出てはいないけど」

 やたらと肩書の多い人なんだな、と心の中で思ったのは、今でも憶えている。

「何か、ちょい胡散臭いな」
「ま、最近取り組んでる研究も、幽霊がどうとからしいんだけどね」
「うわー……そりゃ胡散臭い」

 当時はそんな一言で済ませていたものだが、今にして思えば風見照という人物は、結構な重要人物だったのかもしれない。
 幽霊についての研究。それは即ち、降霊術にも繋がるものだからだ。
 ドールという男と関係があるのかは分からないが、降霊術に関しては、風見照は何かを知っていた気がする。
 だから、流刻園なんかに訪れたのではないだろうか。

「有名人に会えて嬉しいのは分かるけど、あんまりそういうのに夢中になるなよ?」
「へへ、分かってますよーっ」

 記憶の中のオレたちは、そんなやりとりをしながら仲良く帰っていく。
 オレはその背中が遠のいていくのを、最後まで眺めているしかなかった。


 取り込んでから、この記憶はミイちゃんが触れるべきだったかとも思ったのだが、最終的にオレがリクを追い出す力を得ておく必要がある。
 だから、とりあえずリク以外の全ての記憶をオレが取り込んでおいて問題は無い筈だ。

「……こんな日もあったね」
「だな。オレはともかく、ミイちゃんも憶えててくれてたんだ」
「勿論だよ! ユウくんとの時間は、ちゃんと憶えてる」

 オレとの時間、か。
 それはオレがオレでなくなった後も、なのだろうか。
 色を失った時間も全て、彼女はそれでもと憶えてくれていたのだろうか。

「ミイちゃん……」

 名前を呼んだとき。
 廊下の奥――突き当りのところに、最後の断片が現れた。
 これまでで一番不安定で、そして黒々とした記憶。
 絶望に染まった魂の欠片。

「……これが、お前の記憶なんだな」

 お前が抱いた思いの根源。
 嫉妬の日々がきっと、この中には詰まっている――。


 ある時は、同じ教室の中で。
 ある時は、体育館で。
 そしてある時は、友人たちと遊んでいる中で。
 リクは何度も、オレの方に目を向けていた。

 ――僕ももっと話し上手なら。
 ――僕ももっと頭がいいなら。
 ――僕ももっと運動が出来るなら。

 リクの心の声が、わんわんと谺する。
 そう、あいつはオレの傍にいながら、ずっと比べ続けていたのだ。
 そして、勝手に結論を出してしまっていたのだ。
 自分が劣った存在なのだと。決して勝てない存在なのだと。
 表向きは仲良く話しながらも……その実、劣等感からの嫉妬は、日に日に増すばかりだったのだ。


「……ミヨちゃん」

 移動中の廊下で、ミイちゃんの背中を見つめながら、呟くリクがいた。

「ミヨちゃんには、ユウサクが相応しいよ。……相応しいからこそ」

 ――僕は、あいつが。

 歯を食い縛り、拳をぐっと握り締めて、湧き上がる悔しさに耐えている。
 ……なあ、リク。
 それでもさ。……それでも、オレは。

「おい、何寂しそうに突っ立ってるんだよ!」

 記憶の中のオレが、リクの背中をバンバンと叩いていた。

「わっ、びっくりするなあ、もう……」

 言いながら苦笑する彼に、元気出せよと励ますオレ。
 そう、オレはいつだって。
 お前のことを親友だって、思っていたんだよ――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

ラビリンス~悪意の迷宮~

緑ノ革
ホラー
少年、空良が目を覚ますと、そこは不思議で不可解な迷宮だった。 迷宮から生きて出ること。 それが空良に与えられた唯一の目的だった。 果たして空良は、悪意ある存在から逃れ、無事に迷宮から出ることはできるのか……? 注意・主人公はマイナス思考のメンタル激弱引きこもりです。精神的に弱い主人公が苦手な方は読まないことをおすすめ致します。

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

二月のお祀り

六道イオリ/剣崎月
ホラー
「ごめん!いま地獄にいて、お祀りに間に合いそうにないから、今回だけ頼みます!」 参考サイト 警視庁Webサイト:https://www.npa.go.jp/index.html 裁判所:https://www.courts.go.jp/index.html 内閣府:https://www.cao.go.jp/ 熊谷さとるのホームページ【移転版】:https://dusklog.fc2.net/

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

みえる彼らと浄化係

橘しづき
ホラー
 井上遥は、勤めていた会社が倒産し、現在失職中。生まれつき幸運体質だったので、人生で初めて躓いている。  そんな遥の隣の部屋には男性が住んでいるようだが、ある日見かけた彼を、真っ黒なモヤが包んでいるのに気がついた。遥は幸運体質だけではなく、不思議なものを見る力もあったのだ。  驚き見て見ぬふりをしてしまった遥だが、後日、お隣さんが友人に抱えられ帰宅するのを発見し、ついに声をかけてしまう。 そこで「手を握って欲しい」とわけのわからないお願いをされて…?

処理中です...