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第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】

二十四話 正体

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 急いで教室を出ると、廊下の向こう側からのそのそと歩いてくる巨体が見えた。
 まるで最初の再現だ。虚ろなる怪物が今、こちらに向かって歩いてきている……。

「……リク」
「あれ、が……?」

 ミイちゃんとミイナちゃんが、同じように驚く。母と娘だけあって、本当にそっくりだ。
 だがまあ、そんなことに感心している場合ではない。

「怪物みたいな姿になってるけど、リクの筈だ。あいつをどうにかできれば、全部終わる……」

 消去法で考えれば、あの怪物がリクで間違いないだろう。
 オレの肉体を奪い、オレの幸せを享受し、そして最後の最後に、誰にも渡すまいと全てを壊そうとした男。
 如何に友人であったとしても、それを良しとすることなんて、到底出来はしなかった。

「怪物にも、清めの水は効いてたな。……なら、地下の研究室まで誘導して……突き落としてやる」

 ミイちゃんのために水は使ってしまったので、取り得る作戦としてはそれしかなかった。
 大丈夫だ。動きはかなり鈍いし、恐らく思考能力も殆どゼロになっている。
 怪物というより、今のリクはただのデカブツだ。

「行くぞ……!」

 後ろの二人に待機を命じて、オレは怪物の脇を走り抜けようと、走り出す。
 そして、怪物とまさにすれ違おうという、瞬間だった。

 ――

「……えっ……?」

 ……何だ、今の声は?

「待って、ユウサクくん!」

 遠くから、オレを呼ぶ声がした。
 弾かれるように視線を上げると、そこにはミオさんと……確か、吉元詠子という女生徒がいた。
 二人とも表情には焦燥の色がありありと浮かんでいる。
 しかし、待てと言われてもこの状況で一体どうすれば――。

「……うわッ!?」

 それは完全に不意打ちだった。
 怪物からの一撃ではない。怪物はむしろ、どういうわけかその場で動かなくなっている。
 オレが驚いたのは、ガラス片だった。
 ポケットに入れていたガラス瓶が突如として砕け散ったのだ……!

「何だ……!?」

 ガラス瓶の中には、消えかけの魂が入っていた。
 オレたちはそれを、息子のユウキだとばかり思っていた、けれど――。

 ――ハハ……ハハハハ……!

 脳髄に突き刺さるような、高笑いが反響した。
 この声の主……オレは、ハッキリと憶えがあった。

「その声、まさか――」

 ――馬鹿な奴だよ……お前は!

 間違えようもない。
 この声こそ、オレから全てを奪っていったあいつ――リクの声だった。
 瓶が割れるのと同時に、明滅する魂がオレのズボンのポケットから滑り出て。
 戻り始めていた生命力で、生前の姿を形作った。

「……リク……!」
『僕に力を取り戻させてくれてありがとう……』

 そうか……そういうことだったのだ。
 こいつは、無害な魂と思わせておいて、オレたち生者と行動を共にすることで、少しずつ生命力を吸収し。
 そして人の姿をとれるまでに回復したところで、正体を現したのだ。

「お、お母さんッ!?」

 ミイナちゃんの困惑した声が聞こえた。
 背後を振り返ると、ミイちゃんが無理矢理こちらへ吸い寄せられるのが見えた。
 そこで一瞬だけ、意識が遠のく。
 何かと思えば次の瞬間――オレが宿っていたユウキの体が、ドサリと地面に倒れた。
 つまり――肉体と霊体との接続が切れたのだ。
 オレは霊体に戻っていた。
 それだけではない。オレのすぐ近くにいた怪物も、いつのまにかその姿を失っている。
 地面には、大人になったオレの体があった。

「ユウサクくんッ!」

 ミオさんが、必死に駆け寄りながら手を伸ばす。
 しかし、もう全てが手遅れだった。
 リクはさっきのように高笑いをしながら、オレとミイちゃん、それにユウキの魂を吸い寄せる。
 オレは必死にもがいたのだが、それは全く無駄な努力だった。

『――さよなら、だ』
『うあああああぁぁあッ!!』

 全身が千切れそうな痛みが、襲う。
 そしてそのまま、世界が暗闇に染まっていく。
 聞こえるのは、砂嵐のような雑音と、近付いてくるミイちゃんの悲鳴だけ。
 ……意識が消え去るほんの直前。
 いくつもの魂が、重なり合うのを感じて。
 歩んでこなかった沢山の思い出に圧し潰されたオレは、果たして自分が何者なのかという疑問に苛まれながら……闇へと落ちていった。
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