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第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】
八話 紐解
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「流刻園には今、合わせて七つの不思議が揃っているわ。その内の幾つかは中身の伴わない単なる噂話だけど、別の幾つかは……ホンモノなの。どこの怪談話だってそう、殆どが虚飾だけれど、その中のほんの一つ二つは真実の話だったりするもの……」
長い髪を弄びながら、『音楽室の少女』は七不思議を紐解き始めた。
「……まず一つ目は『プールに伸びる手』。大体察しはつくでしょうけれど、これは深夜に誰かが忍び込んで泳いでいただけね」
それはあまりにも馬鹿馬鹿しい話だ。同時に納得できる話でもある。
昼だろうが夜だろうが、そこに手が伸びていたなら誰か人がいたのに違いない、ただそれだけの話なのだから。
「……そして二つ目の『寄り添う首吊り死体』。これはその昔、複雑な事情を抱えた恋人同士が多目的室で首を吊っていたのが起源ね。その実話から、今でもあそこにはその霊が出るのだという噂が広まっていったのよ。……さらに、その話を模倣した第二の首吊りも起きてしまったため、噂は強固なものとなった……」
そう、首吊りの話はミイちゃんから聞いたことがあったものの一つだ。
ただ、首吊りが二回もあったというのは覚えていない。直近で起きた事件が二度目の首吊りだったのだろうか。
「三つ目の『像に触れた者は死ぬ』というものなんて、偶然にしか過ぎないわ。ただ像を清掃することを欠かさなかった人物が死んでしまったというだけで、そこにはきちんとした理由がある。霊の仕業だとか、そういうものではないのよ……」
像に触れた者は死ぬ。それもさっき思い出した七不思議。これについては校長先生の娘さんが病死したという明確な経緯があるし、彼女の言葉も単純にそれだけということを裏付けしてくれていた。
「そして、ここからがようやく霊の関係するちゃんとした七不思議」
ちゃんとした……というのも変な話だが、口は挟まないでおく。
彼女の言うように、ここからが本題だ。
「まず『屋上に現れる仮面の男』。四つ目の不思議である彼については、実在する人物であることはもう分かっているでしょう? でも、そうね……。彼という存在は、本当に霊的なものだと思ってくれていいかもしれない。そう……霊的な」
そこで彼女は、ちらりとオレの方を見つめた気がした。相変わらず前髪で目が隠されているので、あくまで気配だけだが。
あなたも見たでしょうと、目で訴えているのかもしれない。
「五つ目の『深夜四時四十四分の用具室に異界の扉が開く』については……彼、ドールが関係しているわ。ドールはこの流刻園を一つの実験場として考えていたようだから。その秘密については、見に行けばすぐに分かるはずよ」
異界の扉が開くという不思議も、どうやら記憶の通りちゃんと存在したらしい。ドールの実験場というからには、異界ではなくその実験場に繋がるルートでも校内に存在するのか。
安穏と暮らしていた筈の学校に、そんな秘密の施設があるだなんて信じられないが。
「……そして、六つ目の不思議は私『音楽室の少女』。そう、私もまた本物の霊であり、七不思議と称されるべき存在なんでしょう。尤も、私自身がそうしてほしいと思ったことは一度もないけれど。……私は確かにピアノが好きだった。生徒たちが帰った後は、度々ここを訪れるくらいにはね。だけど、何も私はここにしかいられないわけじゃない。行こうと思えばきっと、どこへだって行けるはず。まあ、その思いが今の私には欠けているのだけどね」
白い腕を虚空へ伸ばしながら、彼女は言う。口元だけでも分かる、儚げな笑みだ。
ここではない彼方へ。そんな思いが、彼女にはまだない。
……それにしても。
「ピアノが好きな……」
ピアノ好きの女性。生徒たちが帰ったあとに、時折演奏をしている。
それがまた、記憶の片隅で引っ掛かった。
何だろう。オレは彼女の生前に、心当たりがある……?
「……さ、いよいよ最後の七つ目ね」
オレの思案をよそに、彼女は淡々とした口調で続けた。
七不思議、最後の話を。
長い髪を弄びながら、『音楽室の少女』は七不思議を紐解き始めた。
「……まず一つ目は『プールに伸びる手』。大体察しはつくでしょうけれど、これは深夜に誰かが忍び込んで泳いでいただけね」
それはあまりにも馬鹿馬鹿しい話だ。同時に納得できる話でもある。
昼だろうが夜だろうが、そこに手が伸びていたなら誰か人がいたのに違いない、ただそれだけの話なのだから。
「……そして二つ目の『寄り添う首吊り死体』。これはその昔、複雑な事情を抱えた恋人同士が多目的室で首を吊っていたのが起源ね。その実話から、今でもあそこにはその霊が出るのだという噂が広まっていったのよ。……さらに、その話を模倣した第二の首吊りも起きてしまったため、噂は強固なものとなった……」
そう、首吊りの話はミイちゃんから聞いたことがあったものの一つだ。
ただ、首吊りが二回もあったというのは覚えていない。直近で起きた事件が二度目の首吊りだったのだろうか。
「三つ目の『像に触れた者は死ぬ』というものなんて、偶然にしか過ぎないわ。ただ像を清掃することを欠かさなかった人物が死んでしまったというだけで、そこにはきちんとした理由がある。霊の仕業だとか、そういうものではないのよ……」
像に触れた者は死ぬ。それもさっき思い出した七不思議。これについては校長先生の娘さんが病死したという明確な経緯があるし、彼女の言葉も単純にそれだけということを裏付けしてくれていた。
「そして、ここからがようやく霊の関係するちゃんとした七不思議」
ちゃんとした……というのも変な話だが、口は挟まないでおく。
彼女の言うように、ここからが本題だ。
「まず『屋上に現れる仮面の男』。四つ目の不思議である彼については、実在する人物であることはもう分かっているでしょう? でも、そうね……。彼という存在は、本当に霊的なものだと思ってくれていいかもしれない。そう……霊的な」
そこで彼女は、ちらりとオレの方を見つめた気がした。相変わらず前髪で目が隠されているので、あくまで気配だけだが。
あなたも見たでしょうと、目で訴えているのかもしれない。
「五つ目の『深夜四時四十四分の用具室に異界の扉が開く』については……彼、ドールが関係しているわ。ドールはこの流刻園を一つの実験場として考えていたようだから。その秘密については、見に行けばすぐに分かるはずよ」
異界の扉が開くという不思議も、どうやら記憶の通りちゃんと存在したらしい。ドールの実験場というからには、異界ではなくその実験場に繋がるルートでも校内に存在するのか。
安穏と暮らしていた筈の学校に、そんな秘密の施設があるだなんて信じられないが。
「……そして、六つ目の不思議は私『音楽室の少女』。そう、私もまた本物の霊であり、七不思議と称されるべき存在なんでしょう。尤も、私自身がそうしてほしいと思ったことは一度もないけれど。……私は確かにピアノが好きだった。生徒たちが帰った後は、度々ここを訪れるくらいにはね。だけど、何も私はここにしかいられないわけじゃない。行こうと思えばきっと、どこへだって行けるはず。まあ、その思いが今の私には欠けているのだけどね」
白い腕を虚空へ伸ばしながら、彼女は言う。口元だけでも分かる、儚げな笑みだ。
ここではない彼方へ。そんな思いが、彼女にはまだない。
……それにしても。
「ピアノが好きな……」
ピアノ好きの女性。生徒たちが帰ったあとに、時折演奏をしている。
それがまた、記憶の片隅で引っ掛かった。
何だろう。オレは彼女の生前に、心当たりがある……?
「……さ、いよいよ最後の七つ目ね」
オレの思案をよそに、彼女は淡々とした口調で続けた。
七不思議、最後の話を。
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